ミルフィーユ
詰みソフトが増えたので、家を作る事にした。
雪国の家・イグルーを参考に、ソフトを輪ゴムで束にまとめて詰んでみた。結果、成功。4畳半の小さな部屋が完成した。同じくツミゲリストの妻藤に見せると、嬉しいことにややうけした。それから暇なとき、イグルーの中でゲームをするのが俺たちの定番となった。
「そういえば、少し前までお前、熱心にやってた作品があったろ。あれどうなったんだ?」
妻藤は、満を持して挑んだボスに予想外に負けて項垂れていたが、ふと思い出したように顔を上げて聞いてきた。あの作品というのは、恐らくインディーズゲームの『GRASS ROAD』の事だろう。
「あー、グラド?」略称を出す。「そうそれ」
「あれなー、もうほぼやり込んじゃって。8周はしたし。あとは追加版が無ければもう多分……」
低確率出現ダンジョンの奥の、ハードルートを超えた先に超低確率で出現するアイテムをやっとゲット。セーブをしてガッツポーズをとる。「っうし!!」
「えっ何何何やった?とった!?」興奮気味に起き上がった妻藤に、ドヤ顔でサムズアップを向ける。「すげえ!!まじか!えっ!?マジでとったの!?やべえ!!」
「無論チート無しだ」片手間にゲームを進めながら、更に言う。
「すっげ……ちょっと見せて。」
「おう、ほら」インベントリを開いて画面を妻藤に向ける。『ジャックス・タルトの銀行印』。ゲーム作者の名前を冠したアイテムだ。装備品だが、何の効果もないし、使える場所がある訳でもない。防具屋にて0ゴールドで売れる。このアイテムのために2週間も費やした。
「現実でチート無しでとったやつ初めて見たわ。すげえ。本当に何の効果もない。」
『もっといい時間の使い方をしよう』と記されたアイテム説明欄を、にやにやと眺めていると、遅れてトロフィー獲得の通知が来た。ブロンズトロフィー『これであなたも実質ジャックス』。すかさずスクリーンショットを撮る。あとでSNSにあげよう。
「確か、非公式日本語パッチだと、アイテム説明のメッセージ違うんだよな?『少年老い易く、学成り難し』だったか。」
「へえ、なんというか……耳が痛いな」
言った辺りで、2週間の疲れがどっと来た。ぼんやりと壁に持たれ掛かろうとする。
「あっ」妻藤が叫ぶ。すぐに気付いたが、もう遅かった。
濃灰色の壁は、俺の体重に耐え切れなかった。カラフルな断面を露わにし、隙間から外界の光が差し込み、その穴を中心にブロックが崩れていく。そうして間もなく、イグルーは全壊した。
暫く、あまりにも驚いて動けずにいたが、そのうち妻藤がソフトの山をかき分け始めて、やっと俺も瓦礫から這い出した。
「……ごめん……」覇気のない声が出る。
「いや、まあ、大丈夫だけど」妻藤も動揺した様子で、瓦礫を眺めていた。少しの沈黙の後、妻藤が口を開く。
「えーっと……また作る?」
「いや……まあ、いいだろ。もう……」
「だな。」お互いに苦笑する。
「とりあえず、片付けは後にしよう。腹が減った。」
「賛成。じゃあどうしようか。」「コンビニでいいんじゃ?」
そんな風に話しながら、二人が部屋を出て行った。放置されたソフトの山の中、ソフトが一つ、ケースから出て落ちている。プラスチックの体はひび割れて、もう遊ぶことはできないだろう。剥がれかけたラベルには、『GRASS ROAD』と書かれていた。
エクレア/ミルフィーユ (2022.3) くじら(イトピナヨス) @kujira-itp74s
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