第34話「敵の正体」

 ジャルネット村付近に到着するまでの間、新たな襲撃は起こらなかった。

 聖女の馬車には若侍女のエリと護衛騎士のヒィヤが乗るようになったため、人型スライムは魔導騎士の馬に相乗りという形になっていた。

 非戦闘員用の馬車に乗せてスライムとバレるのを防ぐためとはいえ、男二人が長時間密着状態でいる。

 

 こそこそと噂をする者達を睨むのも疲れた魔導騎士は、重い息を吐く。

 図太いのかどうでもいいのか、人型スライムは魔導騎士に背中を預けてすやすやと寝ていた。

 落ちないように支えつつ、重いと不満そうな馬を宥める。子供を母親一人で育てる姿を想像し、実際にその環境で働く者に敬意を示したくなる。

 

 婚約者にあらゆる貞操を奪われる予定となってしまった魔導騎士への視線は、どうにも妙に生温かい。

 見守るような、面白がるには不憫すぎるといった様子である。

 いっそのこと笑い者にしてくれた方がスッキリする方法はいくらでもあるのだが、それさえも封じられている状況だ。

 

「……」

 

 聖女への襲撃とローブマントの贈呈者が第一王子であることから、裏で動いているのは第二王子である可能性が高くなった。

 しかし第二王子も聖女の服装を見ているはずだ。城塞のような防御を誇る衣服を前に、無駄な襲撃をするとは思えない。

 あらゆる複合要素により魔力すら持っているローブマント。だが魔導騎士の目には、襲撃後にそれが減っているのが見えた。

 

 時間経過で回復しているようだが、それは人間の魔力回復よりも断然遅い。

 生物とそうでない物の明かな違いが存在し、剣という物理攻撃で削られた点を考慮していく。

 一度に多重の攻撃を与えられた場合、ローブマントは普通の衣服のようになってしまうことを敵は知ったのである。

 

 聖女襲撃は牽制や威嚇ではなく、索敵行為だった。

 

 だから魔導騎士一人に対して、四人という数的有利を持ちながらも即時撤退した。

 そして人型スライムに対して胸を刺すという致命傷を負わせたことから、襲撃者の顔を見たかと確認した。

 曰く「暗闇の中で鼻上まで黒い布地で隠していた」とのこと。骨格や顔の輪郭も不明という徹底ぶりから、準備は入念に行われている。

 

 第二王子が黒幕ならば、殺害対象に人型スライムが入っていてもおかしくない。

 誇り高いと言えばそうだが、自尊心が強い彼にとって人型スライムの発言は癪に障るものだったはずだ。

 殺すのが簡単だと狙われたことは否定できない。だが致命傷を受けても生きていることで、警戒させてしまったようだ。


 聖女のローブマントについて耐久力の確認を行い、胸を刺した者が生きていることから様子見に移ったのだろうと予測する。

 第二王子は浄化遠征には同行していない。現場での状況判断は雇われた者達がやるとして、総数と指示役の手がかりが掴みたい。

 かなり冷静な行動から経験豊富に思える。しかし第二王子に与することから、王宮騎士団関係か。ローブマントの耐久力を測るには、魔法使いのような魔力を感じ取る力が必要。

 

 浄化遠征の隊列は長いが、その先頭を歩くのは王宮騎士団の第三隊の隊長であるハナヤ・カーナという男だ。

 魔導騎士団は小規模な騎士団なため、ケイジが二十二歳の若さで隊長に就任できた。しかし貴族の子息達が夢見る王宮騎士団の隊長就任最年少記録は三十二歳。

 その記録を作り上げたのがハナヤという騎士である。ただしそれは戦火に乗じた強引な功績で駆け上がった記録であり、五十六歳になった今もその気質は変わっていない。

 

 冷徹に、容赦なく。獲物を狙う獅子のように静かで血気盛ん。

 熱と氷を同居させたような戦術は、騎士の間では英雄譚として語られるほどだ。三十年前の戦争は、血と炎で大地が赤くなったことから血焼け戦争と呼ばれているのに。

 戦争にそれほど興味がないケイジだったが、ハナヤの実力は認めている。年老いても衰えない剣術は、荒々しくも人を惹きつける。

 

 彼は第二王子の戦術指南として教師であった男だ。


 王子も彼を大層気に入っており、ハナヤ自身も第二王子が王になるべきだと公言しているほどの入れ込みである。

 ハナヤは一時期魔法についても探究した経歴から、魔力を見ることができるはずだ。多くの騎士も、彼のためならば動くだろう。

 条件が全て揃っている男との距離は遠い。ケイジは聖女の教師役だったとはいえ、隊列の後ろ側なのである。

 

「おい、ライム」

「むー……」

「先頭の男、黒い髭が整った奴の縁を見れるか?」

 

 眠そうに目元を擦る人型スライムが、とろんとした青い瞳でぼんやりと眺める。

 次第に視線が鋭くなっていき、瞳があらゆる線を辿るように激しく動き始めた。腰に下げている洋燈を手にし、白炎越しにハナヤを見つめる。

 

「あれが糸の中心だ」

 

 蜘蛛の巣状に広がる悪意の糸。その真ん中に魔導騎士が指摘した男がいる。

 どれだけの糸が張り巡らされても、それが多数に集まればわかりやすい。集まった糸の密集度が強すぎて、表情を見ることすら難しいくらいだ。

 そして糸は新たに作り出されては切れていき、点滅の強弱で目が痛くなるくらいだ。常に思考を切り替えて、最適な方法を模索している。

 

 聖女を殺す適切な手段。

 

 一本だけ異様に太い糸がある。

 それは首を絞める縄のようで、真っ黒だ。

 聖女が乗っている場所に伸ばされており、見ているだけで吐き気がする色合いである。

 

 殺意の糸はナハトの悪女五人衆騒動の時にも目撃した。

 あの糸が可愛く見える。戸惑いや恨み、困惑といった様々な色を混ぜた薄気味悪いほどの黒は、まだ優しい。

 純粋な黒。曇りもなく、ただ殺すという意志。情など存在しない。

 

「仲間はわかるか?」

「奴の周辺五人くらいだな」

「親衛隊の側近か。特徴をわかる限り」

 

 小声で会話を交わし、敵を把握する。人型スライムの縁が見える力が、このように役立つ時が来るとはケイジも考えていなかった。

 しかしおかげで最悪な内容ではあるが、知ることができた。浄化遠征の中心人物であり、全体指揮を担う遠征隊長が敵である。

 

「強そうだが、勝てるのか?」

 

 人型スライムからしても、遠征隊長の放つ覇気を感じ取ったのかもしれない。

 

「負けるとは思わない」

 

 魔導騎士は迷わず答える。勝てるとは約束しないが、勝利を掴む機会を作り出すことは可能だ。

 歴戦の老兵が相手だが、小規模の魔導騎士団とはいえ隊長職なのだ。敵を前に負けるかもしれない、と口にすることだけは意地でも言わない。

 

「そうか。任せた」

「は?」

「戦闘は興味ない。聖女の助けに集中させろ」

 

 若干偉そうではあるが、もしかして照れ隠しなのだろうか。

 とりあえず深くは追求しない。荒れた道によって馬が苛立ち始め、寂れた周辺の様子に緊張が広がったからだ。


 瘴気によって衰退と荒廃を余儀なくされた土地。

 ジャルネット村付近は人の気配どころが、動植物の気配すらもとある境目から途絶えている。

 そして境目は霧のように揺れては、じわりと広がっている。黒と紫を混ぜたような霞が大地を這うように覆っていた。

 

「……」

 

 馬車の中からその光景を眺める若侍女エリの横顔は、冷たいくらいに無機質だった。

 悲しみすぎて涙も出てこない。胸が苦しすぎて言葉も出ない。つらいと感じると壊れそうだから、現実を切り離すように思考を乖離させる。

 それは幼い頃に大きな地震を経験したことがある聖女が、テレビの中で何度も見てきた表情と同じだった。

 

 慰めなんて力にならない。

 助けたいけれどどうしていいかわからないし、迷惑になるのも嫌だ。

 やり切れない気持ちを抱えて、拳を作る。聖女はようやく理解する。

 

 瘴気の噴出は、災害だということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る