第33話「秘密守り隊」
「つまりライムさんんって女神様の使命を与えられたけど、転生に失敗しちゃったスライムってことなんですか?」
真実かを確かめるように状況を説明した発言となっていたが、人型スライムは否定することなく頷いていた。
魔導騎士としても初めて聞く内容が含まれていたが、聖女からしてみれば全てが衝撃の内容だったらしい。
最近流行しているタイプのやつだぁ、となぜか親近感を抱いている。魔導騎士にはその意味は全くわからないものだった。
「どうして失敗したんですか?」
「……」
両耳を塞いで口を一文字に引き結んだ人型スライムは、眉間の皺がこれ以上ないくらい深くなっている。
聖女は首を傾げていたが、魔導騎士はようやく一つの仮説を思いついた。
「お前、もしかして神言が聞こえるのか?」
「なんですか、それ?」
「神々が人類に話しかける際に放つ言の葉。それは特定の者しか聞こえないというが……」
女神の使命。それを与えられて終わるだけならば、人型スライムはきっと真面目にこなさないだろう。
監視と注意。元魔物が役目を全うするために必要なものは、天の女神による周囲に悟られない接触。
本来は石板などで交信を行うのだが、ごく稀に天啓として受信してしまう事例は報告されていた。
「今もうるさい。他の奴らを相手にする時は静かでいいのに」
「人間であれば神言が聞こえるだけで上級神官の地位を確保できるんだが……」
「魔物は駄目なんですか?」
神言を聞いたという事例において、その言の葉は美しい鐘のように頭に響くという。
カラーンやシャーンといった形で、聞くだけで心が洗われるように透き通っているという話だが……。
ベッドの上で頭を抱えてうずくまっている人型スライムを見ると、ガランガランくらいの勢いで反響しているのかもしれない。
「教会は魔物撲滅を志しておりますので」
「素材として産業を支えているのに?」
聖女は元の世界で教育が当たり前に充実していると言っていたが、今の発言だけでそれが高等であることがわかってしまう。
大昔は魔物はただの脅威であった。しかし有用性に気づいてしまった後の歴史は、凄まじい勢いで文明を発展させる資源と捉えた面も強い。
瘴気がある限り絶滅することはない。安定的な確保は難しく、畜産も不可能ではあるが、今はまだ文明に必要なものである。
「聖女様。魔物が人の言葉を話し、神の使命を受けているのは大問題なんです」
「なんでですか?」
「……」
どうやってわかりやすく説明すればいいのか、言葉に詰まってしまう。
魔物は危険なものだと魔導騎士は骨身に沁みているが、聖女の世界で似たような脅威はなかったのだろうか。
「人を襲った熊の仲間が、人語を話して官職につくのは平気なのか?」
「あ、そういう感じですか!?ごめんなさい、怖いですね!」
女神の神言で助けてもらったのか。人型スライムの話によって、聖女はようやく異常性に気づいたらしい。
「でもライムさんは優しいし、ワンチャンあるんじゃないかなーって」
途中の言葉は&&%%$といったように魔導騎士には聞こえなかったが、独自すぎる造語のせいで人型スライムにも理解できない類である。
ただ聖女の楽観には二人揃えて息を吐き、魔導騎士が渋々といった様子で話を続ける。
「聖女様。俺はまだライムの目的を知りません」
「それは女神様の使命を叶えるとか……」
「女神が与えた使命も、こいつは口にしていません」
はっきりと告げる。抱え続けた違和感を、容赦なく吐き出す。
人型スライムも否定することなく、静かに耳を澄ましている。ただし指先が洋燈に繋がる銀の鎖へと伸びていた。
聖女に真正面から向き合っているため、人型スライムに背中を見せている。無防備ともいえる姿勢に、ふとした引っかかり。
「俺が信じたいのは、こいつが聖女様を助けると言ったことです」
指が止まる。鎖まであと少しの位置。
第二王子を前に、それが叶わなくてもいいと告げたはずなのに。
「それが間違っているなら、この命を捧げる覚悟でここにいます」
命を賭けるような内容ではない。これは使命の一つ。
女神が紡ぐ大きな枠組みの中に詰め込まれた、達成されなくてもいい要素。
気まぐれのような慈悲で、異世界の少女を助けようというだけの些事だ。
「正体を知った今、聖女様も胸に留めてください」
「……」
「こいつはちょっと変な魔物なんです」
「おい」
扱いが妙に雑だったので、人型スライムも流石に口を挟んだ。
もう少し魔物に対して心を許すなとか、絶対に油断するな等の言葉を投げられると思っていたのに。
期待外れもいいところだった。指は布団の布地を掴み、鎖からは離れていた。
「……ライムさん、さっき襲って来た人達はなんですか?魔物ですか?」
震える声で尋ねる聖女は、願うように両手を組んでいる。
ひるがえる黒衣や銀の剣を目撃しているはずなのに。間違っていてほしいと一縷の望みをかけている。
「いいや、人間だ」
「っ、どうして……」
浄化遠征で期待をかけてくる人々と出会った。長い旅路に付き合って、気遣ってくれる護衛達とも一緒にいる。
だからこそ成功させなくてはいけないのに。死ぬのは失敗するのと同義だ。
なにより生まれて初めての「殺される」という状況が、心の底から恐ろしくなってしまう。
「聖女様。そのローブマントはどなたから頂きましたか?」
「これは第一王子が、浄化遠征の成功のためって」
桃真珠色のローブマントを見下ろして、聖女は恐々と呟く。
予想外の名前に魔導騎士は多少狼狽えたが、それを表に出すことはしない。
「第二王子と仲悪いって聞きましたけど、それだけ浄化って大事な仕事なんだって思ったんです」
「このローブマントならば何度でも聖女様の命を守ってくれるでしょう」
「そんなにすごいんですか!?」
「ええ。今の貴方は最強の防御に守られています」
剣による三連撃をくらったことをすっかり忘れるほど、聖女の体には異常がない。
斬られた際にも痛みは全くなく、ただ頭が状況に合わせて思考の負荷を軽減するために意識を落としたことを自覚していないのである。
改めて服の裾を掴み、艶やかな布地の光沢を感心したように眺めていた。
「不届き者達は必ず捕まえます。しかし今は浄化遠征成功のため、ローブマントを信じて頑張っていただけないでしょうか?」
「でも……私……」
「お願いします」
深く頭を下げる魔導騎士は、幼い少女に酷いことを言っている自覚はあった。
良心は痛む。しかしそれだけですまないことが、今もジャルネット村では起き続けているのだ。
命が失われたら、何倍もの心が痛む。それに比べれば魔導騎士の良心に痛みが走ることなど、いくらでも我慢できるものだった。
普段は背が高くて見れない魔導騎士の頭上。
さらりと落ちる黒髪のつむじまで確認することができるほど、直角の綺麗なお辞儀を向けられるのは初めてかもしれない。
体の横に添えた手。それが拳を作っており、力を込めすぎて震えているのがわかった。
「私、心底怖いんですよ」
「……」
「だから絶対に守ってください。こちらこそお願いします」
お辞儀を返す。体全体が恐怖で震えるが、どうにか抑えつけていく。
成功しなくてはいけないと決めたのである。人型スライムにも聖女には関わりないことだときつく言われたが、口に出したことを軽々しく撤回したくない。
なにより魔導騎士が初めて見せてくれた心からの誠意と決意を、無碍にしたくなかった。
「秘密守り隊として、三人で遠征成功をやり遂げましょう!」
『なんだその珍妙な名前は!?』
気合いを入れた聖女から不安は消えたようだ。意気揚々と若侍女の元へ戻ると言い、あっという間に扉から出ていってしまう。
しかしよくわからない奇妙な仲間名に困惑した二人は、声を揃えた後にやはり二人目の聖女は頼りなさそうだと再認識する。
なお運よく深夜遅くに出歩く者と遭遇しなかったらしく、占い師もいる魔導騎士の宿泊部屋から聖女が帰還したという悪評は避けられたのであった。
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