第24話「聖女のローブマント」
聖女の姿を前に、騎士達は次々と目元を隠した。
太陽のように輝いて見えるから眩しい……などではない。
膝上のプリーツスカートに、黒のハイソックス。膝頭や太腿が見えてしまう女子高生らしい服装。
青春を謳歌する少女の格好は、男社会で生きている騎士達には刺激が強すぎる。
思わずじっくり見そうになるのだが、あまりにも不躾な視線を送れば訴えられてしまうかもしれない。
聖女の背後には第二王子。本人が望んでいるかは別として、王族が後ろ盾であることは騎士達にとって脅威だ。
そんなことも気づかずに詰め所の廊下を歩く聖女は、楽しそうに周囲を見回していた。
王城や王宮しか知らなかった世界。時間が経った木の匂い、ぎしりとたわむ靴裏の感覚。それは高校にあった旧校舎の探検を思い出させて、遊園地に入った気分で楽しむ。
その後ろを楚々としつつも早足で追いかける若侍女と、周囲の警戒を忘れない冷や汗騎士。そのさらに後ろはいつもより倍の侍女長と護衛達。
「ケイジさんの執務室どこかなー」
ぴゅーっと風のように移動する聖女はあっという間に部屋前を通り過ぎていき、ケイジの部下達が次々に扉から顔を覗かせた。
そして扉の淵を掴んでいた手で目を隠すと、自重に負けて波のように倒れていく。その音に気づくと、聖女は反動をつけながら止まる。
振り向けば山のように倒れた騎士達を乗り越えて、人型スライムと魔導騎士が廊下へ出て来たところだ。
「あ、いた!ケイジさーん、ライムさーん」
そう言って両手を振りながら駆け寄ってくる聖女は満面の笑みを浮かべており、ふわりと揺れたローブマントの華やかさを引き立てさせる。
栗色の髪は妖精のようなショートボブで、同じ色の瞳は楽しさで輝いている。無邪気に喜ぶ様は、子供らしい明るさを伴っていた。
そのまま抱きつこうとしてきたのを、魔導騎士はさっと避ける。人型スライムも躱そうとしたが、動きが鈍すぎて足を引っかけることに。
「あ」
間抜けな声を出して転びそうになった聖女の肩を、そっと伸ばされた手が優しく掴む。
「危なかったね。怪我はない?」
一括りに結んだ赤い髪が揺れて、緑色の猫目が優しく細められる。
これだけで何人の女と夜遊びの世界に誘ったか数知れず、冷や汗騎士だけでなく魔導騎士も危機を感じる中。
「すごい!ナンパだ!」
能天気な聖女の発言で、全ての雰囲気は崩れ去っていく。
楚々とした動きで静かに聖女と軽薄騎士を遠ざけ、若侍女は自身を盾にしてゆっくりと微笑む。
「女性の好みをお聞きしても?」
「子供は対象外でーす」
身の危険を感じ取った軽薄騎士は、百点満点中八十五点の答えで回避。
それに満足した若侍女はすぐさま聖女の背後へと立ち位置を正すが、追いついた侍女長達がジロジロと値踏みする。
昔は凛々しく美しかった老女達に囲まれたハーレム状態を、軽薄騎士は今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「助けてくれてありがとうございます!ちなみに婚約者とかは?」
「貴族なのでお察しでいける?」
「いけまーす!私も対象外です」
さらりと振られた軽薄騎士が爽やかに笑い流せば、侍女長達もそそくさと去っていく。
侍女達の服は聖女の知識ではクラシックメイド服なのだが、八方に去っていく様は大きな台所の虫代表を思わせた。
しかし年老いた侍女達は憎らしげに若侍女を睨んでおり、その気配を読み取ったナハトが軽やかに提案する。
「ケイ、そこに倒れてる腑抜け達にお茶の用意させろよ」
「それもそうだな。整列!」
鋭い声に、床に倒れていた騎士達が即座に直立姿勢。ゴンっ、と作った拳を鎧の胸当てを叩く。
魔導騎士達の鼓舞。上官を前に鳴らす敬意の音。心臓の鼓動を表現するための動作も、二十人も揃えば圧倒的な震えとなる。
体をびりびりと痺れさせる音に、侍女長の数人は腰を抜かす。しかし若侍女だけはびくともせず、驚いた聖女の背中をそっと支えていた。
「総員、客人の茶菓子を用意せよ!」
『はっ!!』
男達の野太い声は眩暈がするほど大きく、年齢を重ねた侍女達には刺激が強すぎたようだ。
その日の詰め所治療室は老女達が大勢運び込まれる珍事に大慌てとなるのだった。
聖女と人型スライムもクラクラとしていたが、騎士や護衛達は動じずに自らの務めを遂行していた。
ケイジの部下達も聖女が気になって仕方なかったが、護衛や上司の視線が怖かったので書類仕事を真面目にこなすことを心に決める。
しかし聖女の要望で冷や汗騎士を含めた護衛達は仕切り板の外で待機。ケイジの執務室という名前の空間には五人しかいない。
「第二王子が許可を出してくれたので、ヒィヤさんには感謝です」
「そうか」
仕切り板の外側にいる冷や汗騎士を思い出し、ケイジは裏事情は話さない方がいいだろうと判断する。
結局聖女の手紙や詰め所内で授業する許可願いを第二王子に渡したのは、魔導棋士のお手柄である。人型スライムの言葉に返事できなかった彼に、一方的に押しつけて逃げ去ったのが事実ではあるが。
それでも聖女の望みは叶えられたようで、冷や汗騎士は護衛の筆頭となったのだろう。いざという時の弱みを握れたのならば結果は上々、ということにするのだった。
「聖女ちゃん、そのローブマントはどうしたの?」
「鎧代わりにって貰いました!こんなに可愛いのに、何言ってるんでしょうね?」
服飾に目敏い幼馴染の発言で注目したところ、魔導騎士も目を丸くする素材が使われている。
一見はフード付きのローブマント。魔法使いが愛用する服を、少女に似合うように仕立てており、色は桃色真珠のような光沢が美しい質感の布地。
女神の使い蟲と呼ばれる水晶蚕の絹糸に、妖精の鱗粉で染色。赤いボタンは火吹き竜の鱗を加工したもの。この時点で王族ですら滅多に着ることができない特級品の服だ。
金の刺繍は一流の魔法使いによる加護が宿っており、並大抵の攻撃では彼女を傷つけることはできない。
一番は胸元の琥珀翡翠の飾りだ。瘴気に満ちた洞窟の琥珀獣の爪。それが太陽の光を受けると、美しい翡翠色に変化することから昇華の象徴とされている。
王冠にも使われる素材としても有名で、瘴気に近づくと色が濁ることで危機感知にも有用な宝石だ。
鎧代わりなんてとんでもない。
どんな鎧よりも強い防御で聖女を守る服である。
第二王子からというのは違和感が大きいが、聖女に渡せるのは彼くらいだろうと他の選択肢は考えないことにした。
首元を飾る赤と黄色の縞模様リボンや白シャツ、紺色のプリーツスカートに黒のハイソックス。これらは聖女が召喚された時に来ていた服とそっくりだった。
しかし靴は動きやすいブーツを履いており、貴族の令嬢であれば失神するような外観だが異世界では普通らしい。
「これはいい服だな」
「ライムさんが褒めてくれた!?熱あります?」
酷い言い草だが、魔導騎士も同感だった。
誰かを褒めるから縁遠いような魔物。服にもあまり興味を示していなかったはずなのに、聖女のローブマントは別のようである。
「スライムの素材が使われていない」
「そんな気持ち悪い生き物がいるんですか!?」
気持ち悪い魔物の素材を使った騎士服を着ている全員にグサリと刺さったが、一番落ち込んだのは人型スライムである。
確かにぶよぶよと動く様を気味が悪いと罵る者もいるが、本物を見ていないはずの聖女にも伝わっているのは奇妙だった。
「あ、もしかしてこの世界では『僕は悪いスライムじゃないよ』的なやつですか?」
地の底まで頭がめり込みそうなほど落ち込む人型スライムを慰めようとしているのだが、その内容が通じる相手は誰もいなかった。
ケイジだけがなんとなく「そういえばライムも似たようなこと言っていたな」と、ぼんやり思い出すくらいである。
とりあえず第二王子にも告げた出まかせであるスライム愛好家を、もう一度吐く羽目になる魔導騎士だった。
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