第22話「思惑絡む夜」
覚悟を問われて、第二王子は首を縦に振ることができなかった。
それは意気地なしと言われたような、勇気のない臆病者と馬鹿にされたような屈辱が全身を蝕む。
怪しい占い師のくせに、王族に目をかけられた価値を知らずに反抗した。あまりにも不敬な態度は、生かすに値しない。
聖女も、占い師も。
思う通りに動かない駒ならば不要だ。
今までは聖女の力の弱さを隠すために、様々な理由を後付けして浄化の仕事を遠ざけていた。
魔法使い百十人程度の力。神子は魔法が使えるのではなく、浄化の力が異常に突出しているだけ。
魔物や武器に対する抵抗力はほぼなし。そこに力を上回る瘴気をぶつけてしまえば、どう足掻いても誰も助けられないまま死亡する。
一人目の神子は教会が手を下したが、二人目は第二王子の管轄。
隠すためにもいかに自然に見せるかが重要だ。できれば肉体の破片すら残らずに消えてほしい。
下手に肉体が残れば実験材料として使われて、痕跡から辿り着かれてしまう。異世界人という物珍しさで、弱みを握られるなんてまっぴらごめんだ。
しかし怪我する場所にスライム水袋をつける奇行で、実際に怪我を防いだ占い師の占術が厄介だ。
スライム愛好家など、どう考えても気持ち悪い。俗世から離れていたのではなく、弾かれていたに違いない。
魔導騎士に守られて、背中を突き飛ばされた時に受け身を取れなかった。ならば身体能力は平均か、それ以下と見ていいはず。
下手に万全を重視すれば、占術で見破られる可能性。
こればかりは占い師の実力がわからないため予測しようがない。
ならば想定外も含めた物量作戦で押し潰すのが得策か。
可能性と勝機を並べて、ほくそ笑む。
戦争は遠い昔の話。だが戦乱の世の中であれば、確実に第一王子よりも活躍できただろうという自信。
聖女を消すことで有能さを証明する。誰にも認められなくてもいい。自分だけが理解していれば、それで満足なのだから。
第二王子は月を見上げながら酒を呷る。
天の女神が人類を見下していることも知らないままに。
カラカラと糸車が回る。紡がれる糸が、ゆらゆらと揺れていた。
――それでどうするの?
笑いながら問いかけてくる声は、客間のあちらこちらを楽しそうに飛び回っている。そのせいで音が反響し、視線で追いかけるのも疲れてしまう。
ふかふかのベッドに慣れていないスライムは、部屋の角に背中を預けてだらんとしていた。手足を投げ出し、床に溶けていくような姿勢だ。
青い瞳も虚ろな状態。廃人と思われても仕方ない様子だが、人型スライムにとってこれが普通の生き方だった。
水分を求めるだけでいい生き方。ぷるぷると震え、恐怖も歓喜もなかった穏やかな日々。
それが狂ったのは全て女神による転生失敗のせいだが、こうやって人の形を得た後では文句を言うのも面倒だった。
――ちょっとぉ。ちゃんと手助けしてあげたでしょう?
いつだってうるさく、ああだこうだと口出ししていただけのくせに。
しかし洋燈の糸は中々便利だった。新たな混乱を招くことも多かったので、差し引きゼロと言えるだろうが。
――私の信徒だって貴方のために動いたんだからね。
あれは勝手に仕事を与えてきたにすぎない。おかげで聖女に手っ取り早く近づくきっかけにはなったかもしれない。
だがこの女神。下手に褒めると調子に乗りすぎてやらかすので、沈黙が金である。これでよく運命を握っているものだ。
男神も大変だったに違いない。今は世界のために働いていることが、逆に彼の安らぎになっている可能性が大きい。
――あと少し。楽しみでしょう?
楽しみではない。けれど人類が愚かに突き進んだ先、こちらが予測している結末を手繰り寄せたのならば。
正解する時、どんな表情になるのか。それを見た人類は、どう思うのか。
だから一刻でも早く。
聖女をこの世界から助けないといけない。
残念ながら彼女は愚かな人類に「含まれない」のだから。
無縁の聖女。
天の女神が紡ぐ紬糸すら結ぶことができない。
ただ確信した。全ての縁が彼女に結べないわけではなかった。
だから女神の目論見は完遂できる。
問題は機会がいつ訪れるか。聖女が狙い通りに動くか。
愚かな人類。けれど全てがそうではない。
全員が愚直であれば楽だったのに、魔導騎士のような予想外は面倒だ。
善人は必要ないのに。悪人が集まって、己が利益を貪るために他者を害するだけならば、こんな遠回りにはならなかった。
――早く反省してくれるといいわよね。
嬉しそうに笑う声は、天高く届きそうなほど澄み渡っている。
愚かな人類を見下すに相応しい天の女神の哄笑を、「うるさい」と人型スライムは一蹴するのだった。
父や執事と共に、小型の女神像へ祈りを捧げる。
ドラコー家は代々女神信仰であり、特に熱心なのが執事のバトラである。今の道を進んだ理由に関わっているらしいが、深く聞いたことはない。
ケイジは普段よりも熱心に願う。これ以上、変な厄介事は持ち込まないでほしい。できれば人型スライムに大人しくしてほしい。
なんだかんだでケイジの屋敷に住む流れになっており、どうやら執事が裏で手を回しているようだ。
見張る必要があるため助かってはいるが、同じ家に人間に擬態した魔物がいるのは安心に欠ける。
父や執事にも明かせない秘密。それを抱え続けていることに、心身に過大な負荷がかかっている。
だからといって野放しにするのが一番怖かった。
目的が判明していないのに、聖女には助けると告げた。けれど聖女に会えなくなったとしても問題なく、相応しい結末が訪れることを確定だと第二王子へ喧嘩を売る。
今にも暗殺者がやってきてもおかしくない。そのせいでスライムだとバレてしまえば、魔導騎士の責任問題として死刑前提の裁判が待っているだろう。
それだけ人型スライムという前代未聞の魔物を、あまりにも傍に置きすぎた。
しかも幼馴染や婚約者も目撃している。どんなに足掻いても関係性は否定できず、場合によっては大事な二人にも被害が及ぶ。
聖女も頼りにし始めている面も含めると、共に行動するのが最善となってしまった。
祈り終えた執事が女神像へ深々と礼をする。
それを合図に父と共に崇拝部屋を出た。物置と言われてもいいくらい小さな部屋だが、執事が常に綺麗にしているため清々しい空気に満ちている。
悪竜退治に挑んだ祖先が女神の導きで首級を勝ち取ったことから、ドラコーという家名を授かった。
幼い頃から何度も聞いていたが、まあ伝説の類は誇張されるものだろうと一定の年齢からは信じなくなったが――女神の紬糸を見てしまった。
「浮かない顔をしているねぇ?」
「父上……」
「参考程度に僕とヒルダさんの夜の営みを聞くかい?」
「絶対に嫌です」
父の耳にもキトラの願望や性癖が届いてしまったのだが、寛容なのか頭が花畑なのか……貴族の間では普通だよぉと慰められてしまった。
常に優位にいるせいで、時折遊びで弱者の気分を味わいたくなる。美しい女王様の足裏で弛んだ肉を弄ばれたい等、余計な知識が日々増えていく。
どうやら父にもその気があるらしく、母とのそういった面について教えたがるのだが、それは墓まで持っていってほしい。
「でもキトラちゃん相手なら、ケイジくんも嫌じゃないでしょう?」
返す言葉もなかった。正直ちょっといいかもしれないと考え始めている。
だがその側面を見せた瞬間、爛れた奈落に落とされる。呑気な父に「母が帰ってきたら洗いざらい話す」と脅迫し、そそくさと自身の寝室へと向かうのであった。
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