第21話「スライム運試し」
ちょうどいいが、魔導騎士としてはいささか嫌な予感を覚える声かけだ。
第二王子の視線が人型スライムに向けられている。魔導騎士への用事ならば命令だけで済むところを、足を使っての登場だ。
王子の背後だけでなく横も守る王宮騎士団の面々は、鋭い視線で睨み続けている。
「そこの占い師。聖女の名前を発音できるな?」
「ハルカのことか?」
人型スライムとしては、普通に呼んだつもりなのだろう。
しかし魔導騎士たちの耳には「△△のことか?」としか届かず、発音や聞き取ることさえ困難な音が混じっている。
だが聖女が都度繰り返していた音と似ている。かろうじて名前の音という違いは判別できるようになった。
「やはり。なんと素晴らしい!」
両腕を広げて褒め称える第二王子だが、その仕草は道化師のように胡散臭い。
心からの言葉ではないことくらい、子どもでさえわかるだろう。
「実は聖女に友人が必要だと思っていたのだが、君さえよければ相応しい身分や経歴の準備を」
「いらない」
鮮やかすぎる袈裟斬りの如く、人型スライムはばっさりと拒否した。
横に立っている魔導騎士が肝を冷やすが、第二王子の手前で下手な口出しはできない。
どうにか切り抜けられないかと考えるが、第二王子の貼り付けたような笑みが歪んでいた。若干引きつっている。
「必要なものはハルカが決めることだ」
それは人型スライムなりに聖女を尊重しての言葉だろう。間違ってはいない。
しかし状況と相手が悪い。明らかに殺気だった騎士達がスラリと剣を鞘から抜き、刃先をこちらに向けてきた。
洋燈の硝子窓を開こうとした人型スライムの首元を掴み、一足飛びで背後へ。人通りが少ないとはいえ、石の廊下は大人四人が立ち並べる程度の幅しかない。
騎士は八人。第二王子は普段から過剰なところはあるが、今日もその性格に変わりはなかったらしい。
げほげほ、と息を整える人型スライム。呼吸してたのかとも思ったが、指先から洋燈から離れているのは好都合だった。
「それは使うな。バレると面倒だ」
「この状況よりも?」
「俺に面倒をかけるな」
ケイジが女神の力を見ることができたならば、他にも目撃できる者がいる可能性は否めない。
下手に縁結びして厄介事が増えるのも嫌である。幼馴染の件でろくなことにならないと痛感したばかりだ。
剣を構える騎士三人が襲いかかってくる。下手に応戦すると、王族に害意ありと訴えられなかねない。
人型スライムの背中を突き飛ばし、さらに後ろへ。べちゃっ、と倒れる音がしたのは二人の騎士が倒れるのと同時だった。。
一人目の剣の間合いに入り、掌底で肘を打つ。腕が痺れて動きが鈍くなったところで、見えないようにマントの布地を引っ張る。
バランスを崩した騎士が仲間の前方で転がり、突進していた騎士が慌てて剣を捨てる。しかし避けることは叶わず、成人男性と鎧の重みに負けて、仲良く石床の上。
三人目はその様子を把握して、距離を取った。ケイジも一歩後ろに下がり、床に転がった二人には何もしていない風に装う。
「落ち着いてください。私は剣も抜いておりません。占い師の礼儀知らずについては、口頭での注意をいただければこちらで指導しますので……」
諭すように話しかける最中、背後からぼたぼたと水が大量に落ちる音。
心底嫌だったが、渋々振り向く。文句を言いたそうに睨む人型スライムの額が裂けて、その傷口から水が流れ落ちている。
夕焼けで赤く見えたとしても、どう考えても血の色ではない。傷口からわずかにスライムの透明な皮膜が見える。
「なんか変じゃ」
「お前、またスライム運試しをしたなぁっ!?」
疑問を投げかけた第二王子の言葉を遮るように、普段は出さない声量で出まかせを吐き出す。
怪しい占い師という嘘がどんどん肥大していくが、こうなったらとことん使い倒すしかない。
「スラ……運……?」
「この占い師は早朝に自身を占い、怪我しそうなところにスライム水袋を貼り付ける馬鹿なんです!」
「……知ってるか?」
「緩衝材として一部使われていたようですが、破けやすいので流行らなかったと」
スライムの皮膜は加工しやすく、その応用技は多岐にわたる。特に水分をひたすら吸収する性質は、旅行用の水確保に大きな躍進を見せた。
王宮騎士団でもスライム加工品について知っているものがいたようで、第二王子が今の異常な状況を奇天烈習慣の賜物と誤解する。
「しかし額と同化するほど薄いのなんてあるのか?スライムはぶよぶよしているだろう」
「失礼な。スライムは薄く伸びることが可能で、饅頭の大きさでも座布団くらいまで広がることができるんだぞ」
「申し訳ありません。スライム愛好家なので」
人型スライムの怒りポイントがよくわからなかったが、いい具合に誤魔化す材料にさせてもらう。
奇人変人とようやく捉えたのか、第二王子の視線の質が変わる。見下し、侮蔑するような感情が混じった。
気が弱い人間ならばそれだけで怯えて胃の痛みを訴えるだろうが、残念ながら人型スライムにそんな繊細さは備わっていない。
「まあいい。しかし聖女と会えなくなってもいいのか?」
「それもハルカが決め」
「いいや。私が全ての采配と決定権を握っている」
不遜に、堂々と。
一人の少女を掌握しているという宣言を、第二王子は誇らしそうに告げる。
王宮主導で召喚したとはいえ、神子への仕事や授業などの配分は三大派閥で分け合ったはずなのに。
第二王子が否と唱えれば、そのように流動する。
神子に最も期待されているのは浄化である。もしも浄化の優先度合いについても第二王子が天秤を握っているならば、争いが起きる可能性が高い。
一人目の神子が死んで数ヶ月。その間にも各地で瘴気による被害は広まっており、魔物による事件は増え続けるばかりだ。
「わかるだろう?」
「別に。会えなくなるなら、それでも構わない」
予想外の言葉にケイジも目を丸くして驚いた。
聖女に会うのが目的で、つい先ほど助けると宣言した同一存在とは思えない突き放し方だ。
人型スライムの視線はあちらこちらに動いており、わずかな沈黙を挟んでから口に出す。
「どうせ困るのはお前達だ」
「……なに?」
「間違いを犯した愚かな人類には相応しい末路になるだろう」
鎖の先で洋燈が揺れる。白炎からは金粉のような輝きが舞い散り、中心では糸車がカラカラと回っていた。
その発言だけを聞けば怪しい占い師が終末を予言するような不吉さを帯びており、迫力と静けさを両立させている。
しかし占い師が出まかせだとわかっている魔導騎士は違う。もしも人型スライムの発言を全て信じるならば――。
天の女神は、スライムに何を託した?
間違い。過ち。戻らぬ命。覚えがありすぎて、吐き気がしてくる。
一人目の神子は見捨てられた。意図的に、誰も手を汚さない方法で殺されたのだ。
確かに酷い性格や所業ではあったが、悪人かと言われると違うような男だった。少なくともケイジはそう思っている。
神に選ばれた人間を、誰も助けなかった。
救えなかった。その事実が今になって重くのしかかってくる。
反省しても遅い。遺体すらも残らずに、一人目の神子は死んでしまったのだから。
「間違い全てを呑み込む覚悟と共に決めてみるがいい」
夕焼けが沈んでいく。
冷えた石廊下で、顔を真っ赤にして憤慨している第二王子は答えを出した。
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