第14話「恋バナ時間」

 魔法の授業で聖女達が恋の話で浮かれている中、第二王子は別室でイラついていた。

 椅子の足に向かって何度もつま先蹴りを行い、汚い罵倒を口から吐き出し続ける。

 護衛の騎士達は慣れた様子で放置しており、誰も諌めるものはいない。

 

「くそっ!言う通りに動けばいいのに!」

 

 聖女の名前も経歴も異世界も。全て意味がない。

 必要なのは神子としての浄化の力であり、地の男神を癒す役目だけである。

 彼女が功績を上げることで、第二王子がようやく第一王子と対立できる位置まで登り詰められるのだ。

 

 現国王は健在だが、代替わりがいつ行われるかなど彼の胸先三寸次第だ。政治や情勢でも、いつ流れが起きるかわからない。

 少しでも多く第一王子に勝たなければ、王位は届かない。兄が国王になれば、あらゆる自由が失わられる。

 腐敗はいずれ糧になる。堕落もいつしか益になる。それらをなくしていけば、貧するばかりだ。

 

 公正と清廉は尊ぶべきものだとしても、清流だけでは住めない魚もいる。

 海水と淡水で生きる魚が違うように、泥を好む生物がいるように。清濁を併せ呑む度量がなければ、生きることができないものがいるのは事実だ。

 汚いもの全て消せば綺麗な世界が訪れるのか。それは違う。ただ虚無へと向かうだけだ。

 

 第三王子はまだ第一王子より話が通じるが、気弱すぎて勇気もない。立ち向かう力もない。

 自分だけなのだ。第一王子に勝つことができて、恐るべき未来を変えられるのは次兄としての責務である。

 そのために聖女を味方につけたというのに、思う通りにいかない腹立たしさが増えるばかり。

 

 異世界から召喚する案も、一人目の神子よりも魔力が少ないのを考慮して大事にしているのも第二王子の手柄なのに。

 少しでも手綱を強めるために魔法の授業を担っている魔導騎士を手中に収めようと、聖女との婚約話も作ったのに。

 側近の話では魔導騎士の幼馴染であるクラウド家の五男が悪あがきをしているらしい。邪魔をしようにも、ドラコー家の執事が先んじて防いでいるとか。

 

「役立たずばかりめ!」

 

 周囲の無能さに怒りしか湧かない。せっかくの聖女派閥も、他人任せばかりで能動的ではないのが原因か。

 第二王子と聖女の婚約話案も出たが、即座に却下した。異世界の人間というわけわからない存在を、血縁として王族に組み込みたくない。

 本当の名前もわからない、意味不明な単語を乱用する少女など、奇妙な珍生物よりもたちが悪い。

 

「……そういえば」

 

 名前で思い出す。

 聖女が名乗った時、たった一人だけ発音できたものがいた。第二王子達には聞き取れず、解読不能ではあったが……口に出していた。

 魔導騎士が連れてきていた占い師。不敬にも第二王子や護衛騎士の背後に立っており、挨拶もなく声をかけてきた。

 

 占いなど政治から離れて数百年は経過しているのに、いまだ人心から離れない忌まわしい術法だ。

 しかし聖女の名前を発音した時、異世界人の心を掌握したのは間違いない。嬉しそうな顔を浮かべる少女は、第二王子の言うことなど聞かなかったのだから。

 上手く利用できれば大きな好機になるが、下手すれば政治に介入しかねない。切り捨てる機会を見誤らないように、聖女の手綱として機能させるには――。

 

 第二王子の思惑など全く察知していない聖女達は、人型スライムを中心に対策会議をしていた。

 

「ですから、直球勝負!真正面から好きと告げないと!」

「しかし衆目前でそのようなはしたないことは、彼女の恥になってしまう」

「好きって言うだけでそんなに気を遣うんですか!?」

「意気地なし」

「お前は少し態度が大きくなってないか?なあ?」

 

 聖女の言葉に混じって小声で呟かれた内容を、魔導棋士は聞き逃さなかった。

 ぎりぎり、と人型スライムの頭を片手でわし掴む。痛みは伝わってるらしく、力を込めている腕を手の平でぺちぺちと叩かれる。

 聖女に勝てないのを見越したようで、人型スライムが調子に乗っている。しかしいざとなれば魔導騎士が戦力的な意味で優位だ。

 

「でもライムさんの言う通りですよ!」

「聖女様まで!?」

「だって好きって言ってくれない人を、どうやって信じればいいんですか?」

 

 ぐうの音も出なかった。

 好意を示していたつもりだ。未来の話もたくさんしたし、プレゼントを持っていくことも少なくない。

 しかし直接「好き」と言ったことはない。愛していると思っても、口には出さなかった。

 

 負担にならないように、大事にしたかった。

 こんなにも気持ちがあるのだから、伝わっていると過信していた。

 それが現状を招いているとしたら、愚かとしか言いようがない。

 

「愛想をつかれるわけだ」

「林檎くらいならば握り潰せるんだぞ?」

 

 またもや軽口を叩く人型スライムに対し、脅しをかける。

 奇妙な力の三角関係ができてしまったが、ケイジとしては少しだけ安らぐものだった。

 幼馴染以外にこんな気軽なやり取りができる相手はいない。身分がつり合っていないとか、実力が離れているとか。様々な理由が親身さから遠ざかる。

 

「それにしてもライムさんの洋燈って不思議ですね」

「どこが?」

「だって炎の中で歯車みたいなのが燃えずに回ってるじゃないですか。これも魔法の道具なんですか?」

 

 魔導騎士と人型スライムが固まる。

 二人以外でそれが見えていたものはいない。女神の力を宿した洋燈の中身を、聖女は認識したのである。

 童話のように限られた人物にしか見えないものと誤魔化そうか迷った矢先、人型スライムの視線が激しく動いた。

 

「他人には黙っててほしいのだが、これは女神の洋燈なんだ」

「え?」

 

 真正直に告げた人型スライムが、耳打ちするように聖女へと小声で伝える。

 

「二人目の神子を助けるために、必要なんだ」

 

 授業を見守っていた護衛の王宮騎士団には聞こえなかっただろうが、ケイジにはしっかり聞こえていた。

 スライムが聖女に出会いたいという目的は、やはり通過点だった。しかし助けるためならば、どうして隠していたのか。

 魔物だから、秘めていたのか。それとも他の理由があるとしたら……。

 

「二人目って?」

 

 予想外は絶えず襲ってくる。

 聖女は召喚された異世界人。召喚される前の出来事など、誰かが伝えなければわかるはずもない。

 すでに理解しているものだと思っていたケイジとしても、目から鱗が落ちる問いかけだった。

 

「私の口から教えていいか判別できませんので、第二王子の許可をいただいてほしいかと」

「うぇ!?私、あの人苦手なんですよ……」

 

 こそこそと話しているせいか、じりじりと王宮騎士団の護衛達が近づいてくる。

 彼らに王族の愚痴を聞かれたら激昂されて斬り捨てられる可能性もあるのだが、聖女は気づかないまま続けていく。

 

「だって生徒の成績だけ見る先生みたいなんだもん」

 

 頬を膨らませて小さな怒りを見せる聖女。その言葉だけで彼女が学校に通っていたとわかり、教育を受けていたとわかる。

 貴族の子息ならば専用学校、住宅街の中流くらいならば私設教室を通うことも可能だ。しかし下流や貧民街となれば、それも叶わない。

 聖女は細身であるが、充分な食事を得ていたように健康体だ。異世界の基準は、ケイジが住む世界と違うのは明白だ。

 

 鐘が鳴る。終業を知らせる、待ち望んだ音。

 いつもであれば解放されたと胸を撫で下ろすはずなのに、今日は少しだけ違ったと魔導騎士は感じる。

 聖女はいつも通り残念そうではあるが、少し違うのは晴々とした笑顔を浮かべていることだ。

 

「また明後日ですね。ケイジ様、次も占い師さんを連れてきてください!」

「聖女様が望むのならば。しかしよいのですか?」

 

 人型スライム――魔物である。

 バレてないとはいえ、内心は冷や汗が流れ続けていた。会話している内に軽減はしたが、危険性は減っていない。

 しかし聖女は自信にあふれた声で答える。

 

「だってライムさんのおかげでケイジ様と恋バナできたんですよ?」

 

 おかげがどうかはわからないが、聖女からの粉かけが終わったのは確実である。

 人型スライムも聖女側につけば魔導騎士が折れると理解したのか、横に立って何度も頷いている。

 小賢しいことをしているのは気に食わなかったが、人型スライムを目に届く場所に置けるのは利点だ。

 

「というわけで、続報楽しみにしてます!」

「根性見せろー」

「おい、関係者」

 

 囃し立てる聖女と一緒に発言した人型スライムの頭を、片手でわし掴む。当分はこれが繰り返されそうな予感があった。

 そもそも縁結びとやらで幼馴染にも問題を波及させた存在が、他人事のようにけしかけるのは筋が違う。

 元気よく手を振る聖女に見送られ、人型スライムを引きずりながら王宮の廊下を歩き出す。

 

「まずはナハトの状況を確かめるぞ」

「わかった」

 

 夕暮れが照らす街へ足を進め、石畳へと踏み出す。

 奇妙な二人組を、窓から見下ろすのは第二王子だった。その口元は弧を描く口元のせいで歪んでいた。

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