第23話

人の顔も見たくなかった。景色だって見たくなかった。その気持ちに嘘はなかったはずだが僕は外を歩いていた。歩きたい気分だった。他の人間には本当に会いたくなくて、関りが深い人にはもっと会いたくなかった。矛盾しているとは思うがそれでも散歩をしたい気分だった。

 外にはあまり人はいなかった。大きな波を大砲で穿ったように真っすぐに続く道を僕はひたすらに歩き続けながら人が全くいないことに気付いた。それはこの世界の異常性を知らしめているかのようだった。もしかしたら偶然なのかもしれないがそう感じた。そう感じてすぐに思い直した。今日は学校に行っている者も多いから誰もいないのだろうと当たり前のことを思いながら歩いた。

 一本道を進み続けていると一人の女性がいた。僕はその女性に見覚えがあったがすれ違いざまに心の中で舌打ちをして通り過ぎようとした。

「辛そうな顔をしているのはどうして」と耳を掠めた言葉に気付かないふりをして立ち去ろうとした。「知っているのよ。私は色んな事をね」

 僕が振り返ると女性は上品ににこりとした。佇まいに違和感はなかった。異質な空気感はあった。僕はそれを心臓で察知した。どくんと鳴り響いた心臓で理解した。

「なんなんですかあなたは」

「私はあなたのいつもの顔が好きだったのに。暗くて怖い顔をするのは健康に悪いわよ。そういう顔をすることもときには必要だけれど、今のあなたの心理状態なら笑うことが大切だと思うわ」

「わかったように話さないでください」

「まあまあそう言わずにね」と女性は空気を和ませるみたいに笑った。「大切なものがなくなったのね。あるのが当然のように考えて、ドーピングをしたみたいに自分を強くしてくれた存在がいなくなってしまったのね」

「なんなんですかあなたは」と女性に向きなおり訊いた。

「ミステリアスな女性ということにしておいて」

「もういいです」

 心臓が警鐘を鳴らしたかのように暴れたのは全くの偶然だったのだろう。そう思い僕は身を翻した。すると映画のスクリーンに映る映像のように目の前に一つの光景が出来上がり、そのまま静かに流れた。流れ終わると普通通りの未知が広がっていた。

 見た映像に僕は泣いた。

 映像を見て僕は泣いた。

 故意に見せたのか謎だったが、女性の姿はもうどこにもなかった。全く関係のない何かだったのか、現実的に起こることなのか、それともイフの世界の出来事なのか僕にはわからなかった。ただ、ユリナが現実世界の人間であるということだけは思い出した。

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