第20話
死にたい気分のまま僕はツユハの家に向かった。外を歩いている人は少なく、僕を賞賛する声も必然減った。でもそんなことがどうでもよくなるほどに心には暗雲が立ち込めていて悲しかった。これからどうすればいいのだろうか。あと二か月で世界が滅びるというのにどうしてこんなに必死なのだろうか。
のそのそ歩いているといつの間にかツユハの家の前まで来ていた。ノックをするとツユハはすぐに出てきた。ツユハはしばらくの間僕を見つめていた。すると急に泣き出した。そのまま一滴の涙が頬を伝った。つーっと糸を引くようにつたり、それを拭うことをせずツユハは僕を見ていた。
「大丈夫?」と僕は少し焦りながら訊いた。
あ、とツユハは小さく声を上げた。
「ごめんなさい……あれ? 止まれ……止まれ……っ。ごめんね……ごめんなさいっ」とツユハは嘆きながら涙をごしごしした。でも涙が止まる様子はなかった。。奔流を押しとどめていたダムが決壊しているかのようだった。
「なにがそんなに悲しいの?」と僕は訊いた。微かな期待が胸にはあった。
「ゆ、りな」と片言を喋るみたいにツユハは言った。
「ユリナを知ってるの?」とさざ波だった心のまま僕は訊いた。
「誰? ユリナって誰なの? 私はそんな人を知らないはずなのにその名前について深く考えると変な気持ちになるの。誰なのユリナって。なんで……ロアくんの顔を見てもっと悲しくなるの? 胸が苦しくなるの」
「ユリナは僕の妹だよ。それは僕の妹だ。憶えてたんだねツユハ。よかった。本当によかった」
暗闇の中に微かな希望の光を見つけたような気分でどう言葉にすればいいのかわからなかった。だがとても救われた気分だった。これほどまでの救いを他に受けたことがないような気さえした。
「ロアくんには妹がいたの? ごめんね。信じるけどやっぱり思い出せないの」と涙を一通り拭ったツユハが言った。「ロアくんまでどうして泣いてるの?」
僕は自分の顔を手で拭って確認すると言われた通り濡れている感触があった。熱い涙が手を濡らしていた。
「事実を共有できる人がいるのは幸せなことなんだね」と僕は感慨にふけりながら言った。
「ロアくん変なの」とツユハは涙交じりに笑った。「そのユリナさんのお話ゆっくり聞かせて」
「もちろんだよ。むしろ聞いてもらうまで帰れない」
「その前に一つ訊いてもいいかな」と何かを思い出したようにユリナは言った。「蟠りがあったの。前の私には」
「蟠り?」
「そう。私はね、どうしてかわからないけど我慢していたの」
ぞわりと鳥肌が立った。やめろと反芻できるのは心の中だけで声は出なかった。聞きたくない次の言葉を聞くために、僕の心は正直だった。
好きでした。ううん、好きです。付き合おう。
ツユハは泣き笑いみたいな顔でそう言った。
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