第19話

大会は街の中心部分にあるコロシアムで行われた。観客の声援はうるさい程に響いていたが僕の鼓膜は通り抜けてることはなかった。否、通り抜けていたに違いないが心はそれを音であると認識しなかったようで僕は無音の中で戦った。滾る怒りを静かにぶつけながら、僕は対戦相手を駆逐していった。決勝戦まで誰一人として相手になる人はいなかった。他の人たちとは練習に費やした時間が違うのだから当然だろうが思っていた以上に僕は強かった。だが強くなった故に思ってしまった。僕はどうしてここまで強くなったのだろうか。何がしたかったのだろうか。すぐに思い出した。僕はユリナと時間を共有するにつれて変わりたいと思うようになった。そうすることにより僕は成長できると思い強くなった。でも実際には何一つとして強くなっていなかった。僕は弱かった。あのときの僕のままだった。

 僕は自分でも驚くほどに涙を流しながらネオンとぶつかり合っていた。涙は僕の感情のリミッターを破壊してネオンに立ち向かうため狂気を生み出した。

 優勝しても僕は何も感じなかった。

 ユリナがいたから頑張れた。ユリナこそがやる気の源だった。僕の核に住み着いていたユリナという少女がいないのに何かを感じられるはずなどなかった。だから客席で応援している店の常連客の声が響いてきても何も感じないし、顔を見ても何も感じなかった。歓声なんてクソくらえと思った。

 僕はユリナに会いたかった。結果を嬉々として報告したいわけではなくただ純粋に会いたかった。辛い想いをしているのなら助けてやりたかった。

 僕はドアノブを捻り、自分の方へと押した。鍵はしまっていた。僕は後ろを振り返った。なぜだと思った。そこには父さんがいた。

「ロア、おめでとう」と父さんはなんでもなさそうに言った。

 僕は自分の心臓に対して浮遊感のような感覚を覚えた。落下していく心臓がすとんと地の手前で止まるかのような感覚だった。息を荒くしながら僕は父さんを睨んだ。あらゆる可能性を次々と生み出してはありえないと否定する脳みそは今すぐ止まりやがれと僕は思った。思いながら父さんに何してんだよと言った。

「なんでいるんだよ!」と僕は叫んだ。「ユリナはどうした……?」

「お前が来いといったんだろうロア」

「頭おかしいのかよ……ふざけんなよおい! 僕のことなんかよりもユリナのことを優先しろよ!」

「ユリナはもういない」

「は?」

「ユリナはもうない。そう言っているんだ。ユリナはもうじき誰の記憶からも消し去るだろうな」

 おそるおそる僕はドアを見た。この向こうにはユリナがいる。絶対にいる。いなくなったなどと冗談もほどほどにしろよと思いながらドアを睨んでいると父さんが僕の隣に立ち鍵をさした。ゆっくりと回すまでの時間にごくりと唾を飲みこんだ。がちゃりと扉が開くと僕は駆け出した。三秒くらいで僕とユリナの部屋の前まで来た。一秒程間を開けて扉を開くと誰もいなかった。

 父さんの階段を上る足音を聞きながら僕は浅くなる呼吸を必死に落ち着けようとした。父さんはやがて僕の隣に立った。

「ユリナは死んだの……?」と僕は訊いた。

 苛立ちが募るのを感じながら僕は父さんの返答を待ったが言葉は返ってこなかった。何かに弾かれたように僕は駆け出した。階段を降りて扉を強く開けて家を出た頃には僕の行き先は決まっていた。大会での疲れも残っていて重たく感じられる体に全ての余力を乗せて走った。外は暗く、道すがらに多くの人がおめでとうと声をかけてくるが返答をせずに走り続けた。僕が足を止めたときには人はいなくなっていてネオンの家に到着していた。僕はドアの前に立つと荒い呼吸を整えるために一呼吸おいて扉をノックした。中からは女性の声とどたばたと物音が聞こえた。それを聞きながら待っているとネオンが出てきた。ネオンは僕を確認してからずっと真顔だった。

「なんだよ」とネオンは淡泊に言った。

「ユリナのことだけど」と僕は真顔で言った。

 ネオンは眉間に皺を作った。それは何かを思い出そうとしているときの表情に他ならなかった。

「憶えてないの?」と僕は唇を震わせながら訊いた。

「ユリナという響きには聞き覚えがあるが思い出せねえ。なんだ、それは俺に馴染みのあるものなのか?」

「ものじゃない。人の名前だ」と僕は肩を震わしながら言った。「なんなんだよ」

「こっちのセリフだ。お前がどうしたんだよ。俺に勝ったことを自慢しにきたのかと思った」とネオンはふざけた様子もなく言った。「じゃあもう帰ってくれよ。それだけだろ」

「待って」

「なんだよ」

「僕らはどうして喧嘩をしてたの?」

「喧嘩? 何を言っているんだお前は」とネオンは言った。「俺はお前に戦いに負けたことについて苛立っているだけだよ」と言い、ネオンは深く息を吐いた。「そもそもどういう内容でお前と険悪な雰囲気になるんだよ。今回の大会くらいしか思いつかねえよ。もう帰ってくれ。むしゃくしゃしてるんだ」

 ネオンはそう言うと音を立てて扉を閉めた。僕は十秒くらいそこで立ち尽くしていた。

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