第8話
週に一度の休日が終わり学校に行くと担任であるロザリア先生は魔法大会に出場する生徒を挙手させた。
「全員出場だな」とロザリア先生が確認を取った。
辞退する生徒はおらず、皆が手を上げていた。皆が手を上げていたことに、皆は驚いていた。ロザリア先生も、全員出場だなと言っておきながら驚いた顔をしていた。生徒の視線はやりのようにユリナに向いていた。ネオンもツユハも驚いた顔をしていた。僕は前々から知っていたので驚くことはなかったが、驚くべきことのようだった。
ひそひそと喋る声が耳に入ってきたが、ユリナは去年大会に参加していなかったようだ。理由まで分からないが、おそらく大会に出ても勝てないと自分で判断したのだろうと僕は思った。そういえばネオンはそのことを教えてくれていなかったなとも僕は思った
授業が終わり教師が教室を出た途端、多くの生徒の視線はユリナへと注がれた。視線を色に例えるならば鮮烈な赤と、無を象徴するかのように濃厚な黒の二色であり、それらが混濁したどす黒い色だと僕は思った。生徒たちのどす黒い感情は水が入ったバケツをひっくり返したような臨場感を醸し出していた。
「出るの?」と気の強そうな女子生徒が訊いた。
「出るよ」とユリナは答えた。
一瞬の静寂が空間を支配した。その後、ガラスが割れたような音を僕は訊いたような気がした。無論幻聴だ。ガラスが割れる音ではなく、今教室のあちらこちらで上がっている小声こそが現実だ。「勉強だけしていればいいのに」だとか、「何のために出場するのだ」とか「絶対予選敗退だ」とか、耳が痛くなるような言葉の数々にに僕は耳を塞ぎたくなった。鼓膜を通り越して情報が頭に伝達されて最終的に理解してしまえば罪悪感で潰れそうになるから、耳を塞ぎたかった。後ろの席にユリナがいるが、僕は彼女の顔を見なかった。見てしまっても何もできやしないし、見ても何もできないのがわかっていた。僕の取る行動全てが無意味なのは明白だ。結局僕は見て見ぬふりに徹した。頭の中で、多勢に無勢で勝てるはずがないと締めくくって、僕は逃げた。どうせユリナは笑っているのだと、自分に言い聞かせた。あまり周りの人間の言葉に影響されず笑っているのだと、僕は自分の見解が正しいと思い込もうとした。そうやって、海に飛び込み水の中をひたすら降下するように自分の世界に閉じこもろうとした。そのとき、深く沈みゆく僕を引き止めるような声が聞こえた。
それはツユハの声だった。「ねえもうやめない? みんなの価値観なんてユリナからしたらどうでもいいと思うの。ユリナは何を言われても気にしない子だから。みんなは、なんのために空気を吸い込んで言葉を喋っているの?」
「何のために言葉を喋っているのか? ユリナを傷つけるためとしか言いようがないなぁ。魔法を扱えないくせに魔法の知識だけは一流であり、この中で一番。めっちゃ腹立つだろう普通」
「それはユリナが家で勉強しているからでしょう?」
「結果論だよ。家で勉強していようがどうだっていいよ。あと授業がそいつのせいで止まるのも腹立つな」
僕は前を向いたまま、後ろで繰り広げられる二人の口論に耳を傾けていた。授業が止まるのに嫌気がさすのは理解できた。だがそれ以外で女子生徒の言い分は全く筋が通っていない。誰もがそれを理解しているはずだ。女子生徒の発言を要約すると、つまりは異端者が邪魔なのだろう。変わり者に対して腹が立つのだろう。紅一点が気色悪く感じられ、煩わしく、醜く、存在そのものが気に障るということに違いなかった。だが女子生徒のその感情は理屈ではない。屁理屈なのだが、他生徒も同じことを思い、同調しているので、その主張はまかり通ってしまうわけだった。ユリナを責める者はユリナが風変わりであることに腹を立てているだと僕は考えをまとめた。
ツユハは言葉に詰まっているようだった。声が聞こえなくなった。不穏な空気を感じるのが辛いのか、そそくさと教室から出て行く生徒がぽろぽろと出始めた。状況が変わりゆくのを感じながらツユハという生徒は大人しそうだが勇気があるのだなと僕は認識を改めた。
「もういいよ。ありがとう」と、ユリナの声が聞こえた。落ち込んでいるような声音ではなかった。「私は大会に出るよ。出るし、みんなの言葉で傷ついたりもしないよ。だから、やめてくれると嬉しいかな。私はね、口が悪い人が嫌いなの。一時的な感情で、こう言っているわけじゃないの。本当にそうなんだよ。私はね、みんなの言葉に傷つかない。だけどね、汚れた言葉遣いだけは本当にダメなの。たぶんこれは生理的なものなんだけどね」
私に喧嘩を売っているのかと、女子生徒は言った。
「そうじゃないよ。ただ、私は、自分のことをちゃんと知っておいて欲しかっただけ。今さっきのあなたの発言を聞いて、私の本当を、あなたたちに知っていて欲しいと思った。好きか嫌いかは二の次で、そう思ったんだよ」
女子生徒がウザそうに息を吐いて教室を出て行ったことで終止符は打たれた。クラスの空気があまりよくないまま授業は全て終わり放課後になり僕ら四人は一緒に帰った。僕は半分満足して帰った。二人に、ユリナが特訓していることを話したからだった。すると、取り合えず様子を見ようと言われた。そしてそれからサポートしようと言われた。
もう半分は自己嫌悪だった。ユリナを擁護する発言を出来ず、ツユハがユリナを助けたのが僕は悔しかった。嘘だ、違う。僕は悔しいのではない。自分がそう言う人間だと分かっていたことに失望しただけだ。僕は悔しいのではなく、ただ己の不甲斐なさに諦念のようなものを感じていたに過ぎない。僕は結局夜まで自己分析をした。こういう人間だから仕方がないと言い聞かせる僕は、客観的に見れば大層気色の悪い人間なのだろうと僕は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます