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 彼女と私鉄の駅で待ち合わせて、私の実家へ向かいます。約束通り、今日、母に会いに行くのです。彼女の顔も一瞥以来、薄化粧の下の素肌が透けて見えるほど、すっかりと血色もよくなり、溌剌としています。他人のそんな姿は自分にも投影され嬉しくなるものです。

 下車した私たちは、華やいだ気分のまま道を辿ります。ほどなくして到着し、呼び鈴を押すまでもなく、唐突に玄関の扉は開いて母の満面の笑みが迎えてくれました。恐らく窓際に立って私たちの訪問を待ち侘びていたに相違ありません。

 居間に通された私たちはソファに並んで座りました。しばらくして母が盆にお茶をのせて現れ、それぞれの前に置くと、自分は向かい側に腰かけます。

「ようおいでなさいました」

 しみじみとした口調で彼女を歓迎します。 

 談笑の間じゅう母は彼女に幾度となく謝意を述べ、いたわりの眼差しを投げかけていました。母のそんな姿を目にするにつけ、私は思うのです。母の彼女への慈愛は、同時に我が子にも向いているのだと。

「おまえ、この人を大切にするのですよ。我が身のように」

 母に言われるまでもなく、彼女を愛おしく思います。それは自己愛と同義なのです。彼女の中の自分。自分の中の彼女。彼女の存在は私そのもの、まるで己の分身のような感覚で陶酔してしまうのです。

 人間、同じ痛みを経験しないと、真には他者の痛みなど分からない。相互理解なんて生まれないのでしょう。私は痛みの数だけでも、優しくなったのではないでしょうか。

 彼女の中の自分。自分の中の彼女。混沌とした思考の中、ひとつの疑問がよぎりました。

 私の本体はどこへ行ったのでしょう。



                〈了〉

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へんせいけんたい 春乃光 @splight

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