第11話

 3月中旬。天気の良い平日。

 絵美は福祉車両にリクライニング車椅子を固定し、公園を目指して運転する。車椅子に乗っているのは、「故郷ふるさと」をエンドレスで歌う御崎八重子様だ。

 箱崎施設長は、お花見の企画を許可してくれた。すでに何名かはお花見を済ませており、すっきりした表情で帰園された。リストアップしないかたでも、行けそうなかたは追加で参加して頂くことになっている。

 車を駐めるのは「ソレイユ」ではなく、公園の出入り口付近だ。市の許可が下り、短時間なら駐車できることになったのだ。

 車から八重子様を降ろし、公園の敷地に入る。

「わあっ!」

 八重子様が声を弾ませた。遅咲きの河津桜と早咲きのソメイヨシノが、目に飛び込んでくるようだ。

 しばらくすると、八重子様はまた「故郷」を歌い始めた。

 目頭が熱を帯びてきた。詰まった鼻をすすると、涙が頬を伝う。



 あのときの“えみちゃん”は、“おばあちゃん”のことも“おっきいおばあちゃん”のことも、なんにもしらなかった。



 もしも、絵美が18歳を過ぎていたら。

 絵美は祖母おばあちゃんと一緒に曽祖母おっきいおばあちゃんの介護をしていたかもしれないのに。



 介護用ベッドとティルト・リクライニング付き車椅子をレンタルして、

 福祉車両を購入して、

 曽祖母を車椅子に移乗して、

 曽祖母には車椅子ごと車の後ろに、祖母には助手席に乗ってもらって、

 プリンを持って、

 絵美が福祉車両を運転して、

 桜の綺麗な公園でお花見をする。

 そのような楽しみを、共有していたかもしれないのに。

 叶わないとわかっているが、そうしたかった。



 やっぱり、桜なんて嫌いだ。

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