第6話

 寝不足の食欲に負けて、桜と酒粕のプリンも開けてしまった。

 酒粕臭さがなく、上品な味わい。桜の塩漬けのしょっぱさが上手く引き立っている。美味しい。だが、思い浮かぶのは苦い記憶だ。



 幼い頃、血のつながらない祖母が曽祖母の介護をしていた。

 絵美は当時、曽祖母という概念がわからず、“おばあちゃんより歳が大きいおばあちゃん”だから“おっきいおばあちゃん”と言っていた。

 母がいない隙に曽祖母のベッドサイドへ行き、全介助でペースト食の曽祖母に、おやつのプリンをあげようとしたことがある。

 気が弱いが優しくて頑張り屋の祖母が、好きだった。

 ただベッドに横になっているだけの曽祖母も、好きだった。

 祖母は絵美が小学生になる前に亡くなってしまったが、曽祖母を恨む気持ちは全くない。

 恨んでいるのは、自分自身だ。

 祖母は買い物に行く途中で交通事故に遭って帰らぬ人となってしまった。横断歩道の真ん中で倒れていたところ、車に轢かれてしまった。桜吹雪で視界がホワイトアウトのようになってしまい、運転手は横断歩道に気づかなかったらしい。

 祖母の手荷物の中から、メモが見つかった。鶏の唐揚げやフライドポテトなど、明らかに若者向けのメニューと材料名が書かれていた。

 祖母は、絵美が曽祖母に語りかけていたのを知っていたのかもしれない。本当にお花見を企画していたのかもしれない。真実は闇の中だが、絵美は自分を責め続けている。

 自分がお花見なんて言わなかったら、祖母は倒れるほど働かなかっただろうし、桜吹雪のいたずらに翻弄された車に轢かれることもなかったかもしれないのに。それから、絵美は桜が嫌いになった。



 介護職を目指し、地方の大学で介護福祉士の資格を取り、地元に帰らずに大学のある市に住んで通所リハビリテーションに就職した。

 7か月前、通所リハビリテーションは事業停止となった。病院が母体の施設であり、複数の事業所があったが、事業縮小のため、絵美の勤めていた施設が潰れることになり、絵美達は解雇された。

 失業保険を頼りにするよりさっさと再就職した方が収入が安定すると思い、運良く「日なたの庭」に採用された。

 実のところ、御崎八重子様と曽祖母を重ねてしまうことがある。良くないことだとわかっているが。

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