第5話

 ワンルームアパートに帰宅した絵美は、風呂から出ると「ソレイユ」のケーキの箱を開けた。

 桜と酒粕のプリンを避けて迷わず皿に乗せた「春のムース」は、疲れた体に沁みる甘さだった。ショコラと抹茶とミルクのムースに苺ジャムは、盛り込み過ぎも否めないが、あの彼やオーナーが試行錯誤して完成させたと思うと、微笑ましかった。

 絵美がパティスリー「ソレイユ」を初めて訪ねたのは、半年前。9月のこと。「日なたの庭」の面接を受けた後のことだった。

 帰路についたがカーナビをセットするのを忘れて道に迷った絵美は、「ソレイユ」の駐車場の前に出た。

 それまではスイーツを特に好んでいたわけではないが、面接を頑張った自分にご褒美を許そうと、店に入ってみた。佐久間陽葵と初めて会ったのも、このときだった。可愛い男子の容貌とバリトンボイスのギャップに内心ざわついて挙動不審になりながら、期間限定のモンブランのシュークリームを選んでさっさと車に乗り、カーナビをセットしてアパートに帰った。

 ココア色のシュー生地が上下にカットされ、マロンペーストとホイップをブレンドしたクリームがたっぷりとサンドされ、小ぶりなマロングラッセがふたつ、キャラクターの目のようにクリームに埋め込まれていた。クリームの中にも小さくしたマロングラッセが隠れており、ほんのりラム酒の香りがした。

 こんな自分も、自分を許して良いんだ。よくわからない実感が湧いた。

 「日なたの庭」の介護職員に採用されてからは、夜勤明けに「ソレイユ」に行くようになった。休日の外出ルートからは外れており、昼間の勤務が終了してからだと「ソレイユ」の開店時間に間に合わない。夜勤前では慌ただしい。それに、夜勤明けの自分へのご褒美にスイーツが丁度良い。陽葵の存在感も。

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