第4話

 帰宅途中、絵美は寄り道をして車を駐めた。

 公園の裏にあるパティスリー「ソレイユ」は、小さな店舗の割に駐車場が広い。カフェスペースを設けているせいだろうと絵美は思っている。夜勤明けの集中できない思考でもバック駐車ができる広さがあるのは、ありがたい。

 店のドアを開けると、牧歌的なベルの音と、店員の「こんにちは」と素敵なバリトンボイスに迎えられた。

「新作のケーキもあります。よろしければ」

 バリトンボイスの店員は佐久間さくま陽葵はるきという名だと、絵美は記憶している。店長との会話が耳に入ったことがあり、叔父と甥の間柄であることがわかった。俳優のようなバリトンボイスだが、童顔。でも多分、絵美と同年代。いらっしゃいませ、ではなく、こんにちは、と絵美に声をかけてくれる。

 まさか私に気があるわけではないだろう。絵美は自分を心の中で笑い、ショーケースに目をやった。

 新作のポップが貼られているのは、「春のムース」という商品だった。苺チョコのムースに、抹茶ムース、ミルクムース、苺ジャムを忍ばせたスイーツらしい。桜色のグラサージュの上には、ホイップとスライスした苺がちょこんとおかしこまりしており、側面には花を模した模様がホワイトチョコで書かれている。

 そうか。そろそろ、桜の季節になるのか。入居者様がテレビで河津桜のニュースを見ていたことを思い出した。と同時に、心の内を引っ掻かれる心地がした。

「これにします」

 絵美は「春のムース」をひとつ選んだ。

「店内で……?」

「持ち帰りで」

 恐る恐る訊ねる陽葵に、絵美は容赦なく答えた。駄目だ。寝不足の頭には、配慮の二文字が欠落している。

 でも、これで良い。変に好意を持たれなくて済む。可愛くないのが、自分のキャラクターなのだ。絵美は自分に言い聞かせた。

「こちら、サービスです。試作の、桜と酒粕のプリンです」

 陽葵は、瓶のプリンまで箱に入れてくれた。絵美は酒粕が苦手だが、断わる余裕がなかった。

 店を出るとき、陽葵がドアを開けてくれた。

 ひらり、と花びらが舞った。

「公園の桜ですね。色々な種類があるから、長い期間楽しめますよ」

 陽葵は顔を上げ、目を細めた。

「では、運転お気をつけて。お仕事、おつかれさまでした」

 ああ、はい。絵美は頭を下げ、車に乗った。

 良い声で労われ、耳が幸せだ。しかし、すぐに後悔が押し寄せる。陽葵の、心の底から慈しむような穏やかな表情に、絵美は数秒間吸い寄せられるように見とれてしまったのだ。

 私としたことが。可愛げがないのが、自分のポジションなのに。

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