第3話

 朝、早番の職員、木内きうち美保子みほこが出勤してきた。まだ寒いね、と言いながら空瓶に挿したのは、小さな水仙の花だ。

「わあっ!」

 御崎八重子様が歌うのを止め、目をまるくした。しかし、一瞬だけ。またすぐに「故郷」歌い始める。

「朝一で庭から取ってきたの。喜んでもらえて、良かった」

 美保子はベテラン職員で、ガーデニングが趣味だ。一人娘も、美保子の影響で造園が学べる高校に通っているらしい。

「八重子も、あんな反応をなさるのですね」

 瑠衣も、嬉しそうだ。

 八重子様は意思疎通が難しく、自分で体を動かすこともできない。昼間はティルトとリクライニング機能のついた大きな車椅子に座ったままだ。たまに職員が車椅子を押して敷地内の庭を散策したり、ベッドで静養するが、自分からレクリエーションはできない。家族は遠方にいるため、面会にも来られない。

「八重子様に何かしてあげたいです」

 真面目で純粋な瑠衣がこぼした本音が、絵美には引っかかった。

「してあげたい、なんて傲慢だよ。我々は、支援させて頂く身なんだから」

 すみません、と瑠衣はしゅんとなってしまった。

 言わなければ良かった、と絵美は後悔した。反射的に頭ごなしに否定してしまうところが、絵美の悪い癖だ。瑠衣とは言い方が違うだけだ。絵美だって、八重子に何かさせて頂きたいと思っている。

 瑠衣とはぎくしゃくしたまま、10時に夜勤業務を終えた。

「おふたりさん」

 タイムカードを押したふたりに、美保子が声をかける。

「来月のレクリエーション、あたし達が担当だから、よろしくね」

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