第2話

「……おっきいおばあちゃん」

 自分の寝言で、大木絵美えみは目を覚ました。その寝言が、もうひとりの職員に聞かれていないことを祈り、枕元のスマートフォンで時間を確認する。

 2時間の休憩時間が終わりそうだとわかり、仮眠用のベッドから体を起こした。

 目尻に涙が溜まっていた。些細なことで泣くなんて、自分のキャラじゃない。26歳の女が、だらしない。

「……おはようございます」

「おはようございます!」

 もうひとりの職員、高橋瑠衣るいは、真夜中にもかかわらず元気溌剌だ。2歳も若いと、こうも若々しいのか、と思い知らされる。

 有料老人ホーム「日なたの庭」は、入居者30名に対し、夜勤職員は2名。後輩の瑠衣も介護職員である。

「皆様、お変わりありません! 八重子やえこ様は起きていらっしゃいますが!」

 寝起きの頭に、瑠衣の明るい声が刺さるように響く。耳を澄ますと、呪文のように低い声が廊下の奥から聞こえてきた。

 かーのーやーまー……

 入居者、御崎みさき八重子様の歌声だ。重度の認知症で、自分で体を動かすことができない八重子様は、丸二日起きて丸二日寝る生活を繰り返している。起きている間は、ずっと童謡の「故郷ふるさと」を歌っている。それを耳障りだと思う入居者がいないことは、職員一同大変助かっている。

 八重子様は、日が昇っても飽きずに「故郷」を歌い続けていた。

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