第17話 執拗なハンター
ルシーダが見られているように感じる、と話していたのは、ゴーダイが使っていた魔物のせいだった。
それなら、火の花畑で気配がなくなったように感じたのも、今の話とつながる。呼び出した魔物は、あの場の暑さに耐えられなかったのだ。
また見られてる気がする、とこの山へ来た時にルシーダは言ったが、グラージオが見た時は鳥か虫が飛んでるような影しかわからなかった。
恐らく、あれがゴーダイの使う魔物だったのだ。
結界のためにまた見失ったが、グラージオがチャルル草を探している間に魔物に導かれてゴーダイはここへたどり着いた。
そして、ルシーダを見付ける。見付けられてしまった。
「お前が……ルシーダをあんな目に」
怒りのせいで、グラージオのゴーダイに対する言葉が変わった。
今まで「お前」なんて言い方をしたことはなかったが、そんな呼びかけの言葉すら使いたくない。それくらい、怒りがわいてくる。
「俺はハンターだ。金のために獲物を狙う。それが仕事だ」
「何が仕事だ。竜を捕まえたり殺すことは、どこの国でも禁止しているんだぞ。お前がやってることは、犯罪だ」
グラージオが言っても、ゴーダイは軽く肩をすくめるだけ。
「禁止するなら、勝手にしろや。他人が決めたルールに従う気なんざ、さらさらねぇよ。俺はほしい物を手に入れるだけだ。他にも、俺と同じことをしている奴はいる。誰だって、豊かな生活を送る権利ってのはあるだろ」
「それが竜を殺していい理由になんてならないっ」
「森にいるうさぎは殺していいのに、自分が飼ってる鳥カゴの中の鳥は殺すな。それって、おかしいと思わねぇか? 大きさこそ違えど、どっちも人間の腹を満たしてくれるぞ。自分が気に入ってる獣を見逃せってのは、他人からすりゃ単なるわがままだろうが。そんなものに付き合ってられるかよ」
「お前が竜を殺そうとするのは、腹を満たすためじゃなくて私腹を肥やすためだろう。話の次元が違うじゃないか」
グラージオの言葉に、一瞬核心を突かれたように詰まったゴーダイ。だが、横を向いてつばを吐く。
「うるっせぇガキだな。きれいごとだけじゃ、生きて行けねぇんだよ。生きてる奴は誰でも、生きてる他の奴を殺さねぇと生き続けられねぇんだ。竜だけ例外なんて、おかしいだろうが。奴らは鳥カゴの外でゆうゆうと飛んでやがるのによ。そもそも、あいつはお前の竜じゃねぇだろうが」
「竜は誰の所有物でもないっ」
「誰の物でもないなら、俺がもらっても文句は言わせねぇ。おら、いいからさっさと消えろ。俺は人間を狩る気はねぇんだ。けど、邪魔するってんなら、その気持ちもなくなるぞ。あいつは俺の獲物だ」
ゴーダイが舌なめずりし、目がさらに鋭くなる。
「誰にも渡しゃしねぇ」
「ルシーダ、逃げろっ!」
ゴーダイが矢をつがえたのを見て、グラージオはルシーダに向かって怒鳴った。
さっきから自分が窮地に追いやられていることは感じていたルシーダだが、そうやってグラージオに怒鳴られても動けない。
樹氷の森へ入って来た時点で、グラージオが感じていた通り、身体が限界に来ていたのだ。乗ったままの馬に、自分を乗せて逃げろという指示さえもできないでいる。
力も魔力も、どんどん抜けてゆくのだ。グラージオが少しでも温まるようにと抱かせたプララ草の入った袋さえ、持ち続けるのがつらくなってきていた。
絶対軽いとわかっているのに、それを持つ手がかすかに震える。かけてもらったマントさえ、重い。
状態はわからなくても、動くことができないでいるルシーダを見て、グラージオは彼女の危険な状態を悟った。
そちらへ向かって走り出す。
「おい、ぼうず。毒は竜にしか効かねぇが、矢が当たれば人間にもしっかりダメージはあるんだぞ」
弱った獲物を追い詰めるのを楽しむような口調だ。邪魔をすれば、本気でグラージオさえも殺そうとするだろう。
カルラムが話していた。
ドラゴンハンターという輩は、自分の仕事を邪魔しようとする相手には容赦ない、と。
ここに人間の目撃者はいない。妖精達がこの光景を見ていたとしても、他の人間に訴えることなどしないだろう。
グラージオは氷のつぶてを放ち、ゴーダイの手から弓を落とそうとした。だが、拳よりやや小さい氷の固まりは、ゴーダイへ近付くにつれてどんどん小さくなり、スピードも落ちる。
ハンターに当たる頃には、小石くらいのサイズにまでなっていた。そんな物が軽く当たる程度では、大したダメージにならない。
「どう……して」
彼は魔法使いではないはずだ。
だから、闇ルートの店で手に入れた道具で魔物を使役したり、移動したりした、と言ったのに。
「言っただろう。妙な物を揃えてるってな。俺は本来、魔物ハンターだぞ」
魔物を相手にするのだから、危険とは背中合わせ。魔物が魔法で攻撃してきた時、少しでもその力を
魔法を使えないそんな人間のために、魔法を無力化する道具が売られているのだ。
もちろん、相手の力量によっては防ぎ切れない場合があるが、多少の力であれば無力化、もしくは軽減できる。
こういった職業の人間には、なくてはならない道具だ。
その効果は、人間の魔法使い相手でも同じ。相手が誰であれ「魔法」をなかったことにするのだ。
「お前、よーっぽどがんばらないと、俺には勝てないぜ。へっ、かわいそうになぁ。魔法使いが、普通の人間に負けちまうなんてよ」
まだ勝った訳でもないのに、ゴーダイは自信満々だ。それだけ、自分が手に入れた道具に自信があるのだろう。
魔法を無力化する物がお札なのかペンダントなのか、それが何かわからない。しかし、それがある以上、グラージオはこの男とまともに戦うことすらできないのだ。
「くそっ」
グラージオは、ルシーダの方へ向かってまた走り出す。同時に、自分に結界を張った。
後ろから狙われても、さっきのルシーダのように結界で守られるように。
本来、魔法攻撃から守ってくれるものだが、こういった物理攻撃にも多少の防御効果はある。
今はその力に期待するしかなかった。
また昆虫の抜け殻みたいな魔物が、針を飛ばしてくる。今度はグラージオの結界に当たったらしく、樹氷に当たった時とは違った音が響いた。
あの針にも、毒があったりするのか?
ゴーダイは人間を殺す気はない、というようなことを言ったが、この魔物はどうだろう。ゴーダイはどんな命令をしているのか。
もしグラージオが死んでも、魔物がやった、魔物の手元が狂った、などと言うつもりかも知れない。
もっとも、誰もこの現状を見ていないので、ゴーダイが言い訳しなくても問題ないのだ。
グラージオは風を起こし、魔物を弾き飛ばした。どうやら魔物はゴーダイのように魔法を無力化する道具を持っていなかったようで、樹氷の幹に当たって地面へ落ちる。
ゴーダイに使われているだけなのでかわいそうだが、遠慮していたら最悪だとルシーダとともに殺されてしまう。
「おいおい、使い魔を呼び出す道具ってのは、値が張るんだぜ。ま、いいか。竜が手に入れば、すぐに元が取れるからな」
「ルシーダは渡さないっ」
走りながら、グラージオが叫ぶ。
「おーおー、お熱いことだな。竜の女に惚れたってか。それで、命をかけて守る。はは、泣かせるねぇ。若いってのは、いいよなぁ」
ゴーダイは完全にバカにしている。だが、そんな言葉を聞いている余裕はない。
グラージオは走りながら、ゴーダイの周りを囲むように太い氷の柱を落とした。本人には効果がなくても、その周囲になら何とかなるはずと考えたのだ。
実際、ゴーダイは氷の柱に囲まれ、すぐには身動きが取れなくなった。一時的に氷の牢に入れられたようなものだ。
隙間なく、二重に囲んだので視界も遮られている。
「ちっ、小賢しいマネしやがって」
魔法を無力化する道具を持ってるためか、ゴーダイが氷の柱を蹴ると簡単に倒れた。
人の身体よりも大きな氷の柱だが、積まれた空の樽が倒れるように次々と氷の柱は倒れ、崩れてゆく。
しかし、多少の時間稼ぎはできた。
この間に、グラージオはルシーダのそばまで来る。
「ルシーダ、ぼくの背中に」
魔獣はひざを折って座ったまま。すぐに立たせたいが、それをすればきっとルシーダはバランスを崩して落ちてしまうだろう。
かと言って、ゆっくりはしていられない。
グラージオはルシーダを背負うと、結界を張る。シェップ村を出る時、カルラムから言われてルシーダにかけた結界と同じものだ。中がわからないようにする結界で、今は術者のグラージオ込みでかけ、自分達の姿を隠す。
「グラージオ……逃げ、て……」
背中で、ルシーダがつぶやく。その声もかすれ気味だ。
グラージオは竜になったルシーダを見たことがないので、どれくらいの大きさか知らない。
だが、人間の姿になっているルシーダは、思っていたよりも軽かった。何だか存在そのものが消えかかっているような不安がよぎる。
「うん、逃げるよ。きみと一緒にね」
そして、竜になったルシーダを必ず見るんだ。
「あなたまで……ころ……ちゃうわ」
ルシーダの声がさらにかすれる。自分を置いて逃げろ、と言いたいようだが、もうまともな言葉にならない。
「旅に出て、まだ半年だよ。ぼくはもっと色々な所を見たいんだ。きみだってそうだろ」
だから、こんな所で死ぬつもりなんてない。ルシーダを見殺しにするつもりもない。
「くそぉっ。どこへ行きやがった、下っ端魔法使いがぁ」
何だよ、下っ端って。
ゴーダイの言葉にかちんときつつも、グラージオはルシーダを連れてその場から離れる。
解毒に必要な材料は揃ったのだ。あとはこれをつぶして絞り、その汁をルシーダに飲ませるだけ。
あのハンターから逃れ、どこかでそれができたらルシーダは元気になる。ルシーダは確実に、ここから逃げられる。
たとえゴーダイが魔法を無力化できる道具を持っていても、それは魔物や人間を相手にした時。
まだ若いと言っても、ルシーダは竜だ。人間の作った道具が、竜の魔力に真正面から向かって太刀打ちできるはずがない。
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