第16話 追う者

「ルシーダは、ここで待っていて」

 グラージオは急いで周囲を見回す。

 妖精は「どこにあるかは知らない」と言った。でも、生えているであろう場所へ連れて来てくれているのだ。必ずどこかにあるはず。

 あってくれなくては困る。

 本にあったチャルル草は、色はわからないが平たく薄いカサを持ったキノコの形をしていた。これだとチャルル茸ではないのかと思ったが、名前はどうでもいい。

 とにかく、それさえ見付かれば、解毒薬の素材は揃うのだ。

 伏した馬にまたがったまま、ルシーダは袋を抱えている。今はどうにか身体を起こせているようだ。

 そんな彼女の様子をちらちらと見ながら、グラージオはチャルル草を探した。

「あ、これ……かも」

 少しずつルシーダから離れてしまうことに不安を覚えながら探していると、ある樹氷の根元に木の根っことは違う何かがあることに気付く。

 近付くと、樹氷と同じ色をしたキノコだ。これもやはり、生長する氷のようなものだろうか。

 カサ部分が、薄くて平たい。本には一色のインクで描かれていたので色は不明だが、とにかくこれがチャルル草に違いない。

 プララ草の時のように、妖精のお墨付きがないのが少し不安だが、他にそれらしいものは見当たらなかった。

 グラージオは、見付けたチャルル草を根元から折る。パキンといい音が響き、見た目通りに冷たかった。素手でずっと持ち続けているのはつらそうだ。

 よし、これでルシーダを助けられる。

 解毒薬に必要な二つの素材が揃ったのだ。あとは、これを絞って飲むだけ。

 喜んだグラージオが、少し離れたルシーダにチャルル草が見付かったことを告げようとした時。

 ガラスが割れるような音が、大きく響いた。

 静かすぎる空間で突然響いた音に、グラージオの身体がびくっとふるえる。

 樹氷が何かのきっかけで割れたり折れたりしたのかと思ったが、違う。

 一瞬、身体がしびれた。自分がかけた魔法を破られた時の反動だ。

 今、グラージオはこれといって魔法を使っていない。使っているとしたら、自分やルシーダにかけた結界くらいだ。

 誰かが、結界を破ろうとしてる?

 今グラージオがいる所から、ルシーダはかろうじて見える。その彼女は、自分を守るようにして身体を丸めていた。

 そんな彼女にかけてある結界が確かに傷付いているのが、術者であるグラージオにははっきり見える。

 最初は、魔物が現れたのかと思った。

 火山でも、ここボルガ雪山でも、ルシーダは何かに見られているようだと話している。ルシーダにはその正体が察知できなかったようだが、魔物だろうかと話していた。

 それがとうとう現れたのでは、と。

 しかし、魔法の気配は感じられない。

「ルシーダ!」

 考えている暇はない。チャルル草をポケットにねじ込みながら、グラージオはルシーダの方へ向かって走り出す。

「うわっ」

 行こうとした先に何かが飛んで来て、グラージオはかろうじて止まった。

 樹氷に当たって小気味いい音を出しながら、凍った地面へ落ちる。それを見ると、針のようなものだった。

 グラージオの手の平より長く、当たればそれなりにダメージを負っていただろう。

 何だ、これは……。

 グラージオが針の飛んで来た方を見ると、昆虫の抜け殻のようなものが浮いている、と言うか飛んでいた。

 全身が薄茶色の、実体があるのかないのかはっきりしない身体。目らしいふくらみはあるが、その部分すらも身体と同じ色をしている。あれで見えているのだろうか。

 だが、形は抜け殻でも、サイズはグラージオの顔の二倍くらいはある。見た目や大きさからして魔物だろうが、こんな寒い地域に棲んでいそうな姿には見えない。

 ここが普通の森ならこういう魔物もいそうに思えるのだが、その身体の色はこの場では違和感があった。

 大抵の獣は、それに魔物も、その環境に合った身体や体毛を持っているものなのに。

「ちっ。結界かよ。しかも、ごていねいにかけやがって」

 魔物の後ろから、新たに影が現れた。

「あんたは……」

 がっしりした体格に、濃い茶色の髪とひげの男。ひげが多くて年齢不詳。獲物を狙うような、鋭い目つき。

 見た覚えがある。ジュネルと闇ルートの店へ行った時、後から店に入って来た男だ。

「よぉ、また会ったな。と言っても、お前の顔なんて覚えちゃいねぇが。もうちょっとチンピラ風に変装してたよな」

 男の口調も雰囲気も、何かいやなものを感じさせる。闇ルートの店で竜を捕まえる気か、とグラージオ達に尋ねてきたが、なぜここにいるのだろう。

「どうしてここにいるんだ」

 この男と会ったのは、ミドラーの街。

 グラージオは次の日から簡易魔獣に乗ってユリル火山へ向かい、さらにそこからこのボルガ雪山へ来た。

 あれから一週間近く経っている。

 街から直接ここへ来たとしても、普通の人間や馬では追えないはずだ。ここでこの男と再会することは、まずありえない。

 だが、男はここにいる。間違いなく、街で会ったあの男だ。

「どうして? 逃がした獲物を捕まえに来たんだ。ハンターなら、てめぇの獲物はちゃんと手に入れねぇとな」

 手には弓。さっきのガラスが割れたような音は、この男がルシーダに向けて矢を放ったからだ。

「あの子はあんたの獲物じゃないぞっ。人間狩りでもしてるのか」

「人間? 何くだらねぇことを言っている。あいつは竜だ」

「なっ」

 どうしてこの男がそれを知っているのだろう。ルシーダが竜であることは、カルラムとジュネルしか知らないはずだ。

 魔法使い……とは思えない。魔法使いだったとしても、あの街でこの男はルシーダと会っていないのだ。

「お前、ミドラーの街の店で、別の男と一緒にいただろう。あの時はドラゴンハンターのライバルにでもなるかと思っていたが、気になったんでな。ちょいと調べたんだ」

「調べた?」

「闇ルートの店ってのは、本当に妙な物を揃えてるぜぇ」

 ひげに囲まれた口から、黄ばんだ歯がのぞく。

 男はゴーダイといい、元々は魔物を狩っているハンターだ。しかし、竜の価値を知ってからは、チャンスがあればと狙っていた。

 そして、ポプロの森上空を気持ちよさそうに飛ぶ竜を発見する。ルシーダにとっては、最悪の偶然だ。

 ゴーダイは、竜に効果のある毒を仕込んだ矢を常に持ち歩いていた。ミドラーの街とは別の街にある、闇ルートの店で手に入れたものだ。

 運がよければ、と持っていたが、本当に役に立つ日が来た。

 ゴーダイはちゅうちょなく矢を放ち、竜は落下する。

 だが、ゴーダイがいる所からはかなり離れた場所へ不時着したらしく、どこを探しても傷付いた竜は見付からなかった。

 落下すれば、大きさからして木々の折れる音やその痕跡で、絶対にわかるはずなのに。まず、落ちた時の音さえちゃんと聞こえなかった。

 ゴーダイは、ルシーダが落下しながらも人間に姿を変えた、とは知らなかったのだ。そのために、ゴーダイが予想していた音がしなかった。人間の大きさで落ちた音は、聞き逃してしまったらしい。

 実はちゃんと聞こえていても、予想していた音に集中しすぎていたので気にしなかったのだ。竜が落ちてあの程度の音で済むはずがない、と。

 しばらく探したが、どうしても見付けらない。

 矢は当たったはずだ。それなのに、竜らしき身体はどこにもない。

 外したのか。いや、落下するところは見たから、当たっているはず。

 仕留めたと思ったが、どこにもいない。地団駄踏んで悔しがったが、見付からなければあきらめるしかなかった。

 ポプロの森を離れ、新しい武器や道具を補充するためにミドラーの街へ向かう。

 そこで見たのが、先客の二人組。

 聞こえてくる話からして、ドラゴンハンターになろうというやかららしい。余程の運を持っていなければ竜に出会うことすらないから、骨折り損になることも多い「職業」だ。

 そんな仕事だから、ライバルが増えることを危惧する必要もない。同時に同じ竜を取り合うことは、まずありえないから。

 とは言うものの、ハンターの勘で気になったゴーダイは、彼らのあとをつけることにした。

 ただ、一般人らしからぬ風体をしていることは自覚しているので、自分が尾行しても気付かれやすい。なので、虫の魔物を呼び出して尾行させた。

 グラージオが判断した通り、ゴーダイは魔法使いではない。

 だが、普通の人間でも魔物を使役できる魔法道具の一種が闇ルートに流れていて、ゴーダイはそれを使ったのだ。

 その結果、少女の姿をしたルシーダがどうやら竜であり、あの男達は毒に冒されている竜を助けるために動いているらしいと知る。

 竜がまさか人間になって街に紛れ込んでいるとは思わなかったが、話を聞く限り、その少女は自分が仕留め損ねた竜だ。

 やはり矢はちゃんと当たり、竜は弱っている。

 だったら、あれは自分の獲物だ。誰にも渡さない。ようやく出会えたお宝だ。

 しかし、ジュネルがいる所では襲えない。さすがに、王宮仕えの魔法使いを相手にするのは危険だ。逆に自分が捕まってしまう。

 なので、竜が街から出たところを襲おうと考えた。飛べないなら、もうこっちのものだ。

 しかし、よくわからない魔法で、あっという間に彼らは去ってしまう。慌ててまた虫の魔物を呼び出し、後を追わせた。

 ユリル火山へ向かったことがわかるが、使役していた魔物はあまりの暑さで消滅してしまう。

 だが、念のために、ともう一匹放っていた魔物がどうにか戻って来た。

 そこで、今度はボルガ雪山へ向かうことを知る。

 彼らが動いているのは、解毒薬になる材料を探しているからだ。しかし、それを入手されたら竜は元気になり、せっかくの苦労が水の泡になる。

 材料が揃う前に、今度こそ仕留めなければ。

 闇ルートの店には、おもちゃのような魔獣を出して使えるようにする道具がある。グラージオが教えてもらった簡易魔獣の術の、さらに簡易版だ。

 ゴーダイはそれを使い、ここまで追って来た。彼らを追っている魔物と、その魔物がいる場所を知らせる別の魔物が割りとしっかり仕事をしてくれたおかげで、ゴーダイはこうしてルシーダに追い付くことができたのだ。

 グラージオがルシーダのために何度も休憩を取っていたのも、追い掛けるゴーダイにとっては都合がよかった。

 山の結界が邪魔をして一度は見失いかけたが、値段の割りに優秀だった魔物が彼らを見付け出す。

 恐らく、これが最後のチャンスだろう。

 だが、やっと追い付いて見付けた竜の化身に矢を向けても、何かに邪魔をされて竜にとどめを刺すことはできなかった。

 そこへ同行者であるグラージオが来た、という訳だ。

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