第14話 素材入手、そして氷の山へ
今の力は、風。風の魔法を得意とする、風の竜。
後ろに控えていたルシーダが、グラージオを助けてくれたのだ。
助かった……けど、ルシーダに魔法を使わせてしまった。抵抗される前に、早く決着をつけないと。
助けてもらって嬉しい反面、体力が落ちているルシーダに魔法を使わせてしまった自分のふがいなさを、グラージオは反省した。
蜂はまた火の弾を出すつもりか、力をためている様子だ。
そうはさせない。もうルシーダに魔法を使わせられないんだ。
あの蜂を追い払うくらいでは、効果が薄い。いや、ないに等しいだろう。一旦退いて仲間を呼ばれたりしたら、グラージオの力ではもう防げない。
そうなる前に、確実に仕留めなければ。
グラージオは、蜂に氷のつぶてを放つ。親指の爪くらいの氷が、無数に飛んだ。
小さくても、蜂に当たればダメージはある。外しても、この周辺の熱で地面に落ちるまでに蒸発するだろう。水を放つよりは、周囲に悪い影響が出にくいはず。
いくつもの氷の粒が、蜂の身体を貫いた。
血のようなものなのか、氷が当たって穴があいた所から、マグマのような赤い液体が流れ出る。
グラージオを攻撃するために滞空していた蜂だが、その位置がだんだんと低くなってきた。それだけダメージを与えられたのだ。
お前に恨みはないけど、仕掛けてきたのはそっちだからな。
グラージオは、さらに氷のつぶてを放った。何発も氷を受けた蜂は、ついに地面へ落ちる。
すかさず氷の槍で、グラージオは蜂にとどめを刺した。
身体の中心を貫いた氷の槍は、激しい湯気を出しながら溶けていく。氷がなくなると同時に、蜂の身体も地面へ溶けるようにして消えていった。
それを見て、グラージオはほうっと息を吐く。
だが、安心している場合じゃない。
「ルシーダ!」
グラージオは向き直ると、急いでルシーダの元へ駆け寄った。
「グラージオ、すごいじゃない。火の魔物を倒したわよ」
馬の上で、ルシーダは笑顔を浮かべている。
「それより、ルシーダ。身体は? 苦しくない?」
「だーかーらー。グラージオは過保護すぎるのよ」
ちょっと不満そうに、ルシーダは口をとがらせる。
「だけど、体力が落ちてる時に魔法を使って……あ、助けてくれてありがとう」
忘れかけていた礼を言う。
「どういたしまして。あれくらいなら、どうってことないわ。歩かなかった分、体力は温存できているから」
「そう……。それなら、いいけど」
きっとグラージオ何を言っても、やっぱりルシーダは平気な顔を続けるだろう。
それ以上、グラージオは突っ込まないようにした。
「すごいわね、グラージオ」
そう言いながら、レンカが戻って来た。
他の妖精達も、蜂がいなくなったことがわかったのか、少しずつ戻って来ているようだ。
「あの蜂、よくこの辺りを荒らしてて、すっごく迷惑だったのよね。退治してくれて、助かったわ」
思いがけず、魔物退治となってしまった。
「あ、プララ草は」
さっきの攻防で、必要な植物がダメージを受けてないだろうか。
水がかかって影響が出ないよう、そのために氷を使った。対峙しながらもグラージオは気を付けていたのに、蜂の火の弾が当たっていたら、がっかりどころではない。
「ちゃんとあるわ。ほら、そこ」
レンカの差す方に、蜂が現れる前に確認した花がある。それを見て、グラージオは心から安堵のため息をついた。
「よかったぁ。じゃあ、摘ませてもらうよ」
「ええ」
グラージオは花畑の熱気に少し顔をしかめながら、プララ草に手を伸ばした。さっきまでと違い、こちらに向けられる視線は痛くない。
火の花は近付く程に熱を感じるが、プララ草自体はそんなに高い熱はないようだ。触れても温かいと感じる程度。
根元付近を曲げると、プララ草は簡単に折れた。
ほっとしたと同時に、グラージオの頭に疑問が浮かんだ。
これって、何本いるのかな。ルシーダの毒の量にもよるだろうけど。あの本にはそこまで載ってなかったよなぁ。たぶん、使用例がないんだ。調子にのって折ってたら、どれだけ摘む気だって妖精達を怒らせるかも知れないけど、あと二、三本くらいならいいかな。そんなに大切じゃないって、レンカも言ってたし。
そう思いながら、次のプララ草に手を伸ばす。止める手も声もないので、グラージオは手近にある三本を手早く折った。
もしこれで足りなかったとしても、だいたいの場所はもうわかる。結界でこの場所が隠されていても、一度認識すれば見付けることは可能だ。
今の功績もあるから、妖精達に拒否されることはないだろう。
ジュネルからもらった袋に、折ったばかりのプララ草を入れる。意識して魔法の火で燃やそうとしない限り、そう簡単には燃えない布袋だ。
今回向かう場所が場所なので、こういった魔法道具の袋を餞別代わりにくれたのである。
これで、一つ目の材料が手に入った。ちゃんと中に入ったことを確認すると、グラージオは立ち上がる。
「これで、ほしい花が手に入ったよ。摘ませてくれて、ありがとう」
来た時のような緊張した空気もなく、グラージオはその場から離れた。
まだ火の花畑から遠ざかった訳ではないが、少し離れただけでとても涼しくなった気分になる。
「ありがとう、レンカ。ここまで案内してくれて」
ルシーダのそばで待っていたレンカに、グラージオは礼を言った。
「いつもいる場所へ戻って来ただけのようなものだもの、お礼なんていいわよ」
そう言って、レンカは笑った。
「さっきの魔法で気付いたんだけど……」
レンカがルシーダを見た。
「あなた、竜なの?」
「……そうよ」
はっきり尋ねられたので、ルシーダも隠すことなく答えた。
「本当にそうだったの。人間の魔法とは少し違うなって思ったから」
「ちょっと訳ありなの」
ドラゴンハンターのせいで、力が激減した。
そこまで説明するのはいいのだが、ドラゴンハンターは人間。なぜ人間のグラージオと一緒にいるのか、と不審に思われそうだ。
隠すことではないが、話すと長くなる。ここの妖精達が、人間に対してどんな感情を抱いているかわからない。
そう考えて、ルシーダは事情を濁しておいた。
それが伝わったのか、レンカの方も深くは尋ねない。
一方で、グラージオは不安にかられた。
妖精であるレンカは、魔法を使うまでルシーダが竜とわからなかったのか、と。
今のルシーダは、竜の気配を隠す程の余力はない。つまり、隠していないのに、妖精は気付かなかった。
人間のカルラムやジュネルは、気配が何となくでもわかったのに。
それだけ、ルシーダの魔力が減っていて、竜の要素が消えつつある、ということになるのでは。
やっぱり、平気そうな顔をしていても、毒は確実にルシーダから力を奪っているんだ。早く次へ行かないと。
「帰りは、ぼく達だけでも行けるかな」
「ええ。そのまま真っ直ぐに行けば、あたしを呼び出した場所へ戻れるわ」
それを聞いて、グラージオはほっとする。妖精の導きなしで戻れるなら、自分達のペースで行けるのだ。
グラージオはルシーダの前に、自分も乗った。もう一度レンカに礼を言って、ふもとへ向かう。
グラージオは、さっき馬を引いて歩いて来た道を急いで戻った。足場の悪さなど、作り物の馬は気にしない。
気付けば、レンカを呼び出した場所まで戻っていた。
☆☆☆
ユリル火山を出ると、グラージオとルシーダは北へ向かった。
目指すのは、ジュネルに教えられたボルガ雪山だ。
一日目は、火山を出たのが夕方より少し前くらいだった。なのですぐに陽が暮れてしまい、あまり距離は稼げなかった。
出発の時間が遅かったので、これは仕方がない。
次の日は、これまでよりかなり長い距離を進むことができた。
野宿した近くで、種類はわからないが茶色い鳥の羽を拾ったのだ。それを使って簡易魔獣の馬を作り出すと、元がいいからか今までで一番スピードが出たのである。
ジュネルが素材によってスピードや乗り心地が違うと話していたが、こんなに違うものかと驚いた。高速で飛べる鳥であればあるほど、スピードが上がるのだろうか。
本当の鳥のように飛べないのがつくづく残念だが、今できることの中で一番いい状態と言えた。
ついでに、と思って数本拾っておいたので、次の日もそれを使う。
おかげで、地図上で大まかな計算をすれば五日以上はかかるだろう、と思っていた距離が、三日で行くことができた。少しでも時間が短縮できるのはありがたい。
北へ進むにつれ、空気がひんやりしてくる。今は春と夏の間という気候のはずだが、次第に肌寒くなってきた。
こういうことを見越していたジュネルに、古い物だがマントをもらっていたので、グラージオ達はそれぞれ身体にまとう。
グラージオは元々自分のマントがあるのでそれを使い、もらった二枚をルシーダに使わせた。体温が低下し、体力を奪われるのを少しでも遅らせるためだ。
雪と氷の山なのだから現地は寒いだろう、ということはわかっていたはずなのに。グラージオは自分の分があるが、ルシーダは普段使うことがないから準備が必要。
いざ行くとなると、こういった防寒にまで頭が回らなかった。経験値の多い年長者は、先までしっかり考えてくれているのだ。
年長者と言えば、ルシーダも人間の年齢で数えるならずっと上のはずだが……今はたぶん、自分のことを考えるのに精一杯なのだろう。
気のせいか、ミドラーの街を出てから次第に言葉数も減ってきたような気がする。
ユリル火山へ向かう時はまだ会話もあったが、火山を出てからはルシーダから話しかけてくることがなくなった。
苦しいのか、と聞きたいところだが、ルシーダはきっと首を横に振るだろう。それが予想できるので、グラージオもあえて聞かないようにしていた。
逆に、そうだと言われても、グラージオにはどうしようもない。できるのは、火山へ向かう時よりも休憩を多く入れるようにするくらいだ。
そうする上でも、魔獣のスピードアップはありがたかった。
「この辺り、まだ平地なのに寒いね」
山というのは、どこの地点から明確に山と呼ぶのだろう。
それはともかく、目の前に雪山がそびえ、彼らはまだその雪山へ入っていないのに寒い。山からの冷気がふもとへ降りてくるのだろうか。
「ねぇ、グラージオ」
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