第13話 花畑の厄介者

「ぼく達、プララ草を探しているんだ。この山にあるかな」

「プララ草? あーあ、あれね」

 レンカの口調に、希望が生まれる。

「あるの?」

「火の花が咲く花畑のそばにね。そんなにたくさんは生えてなかったと思うけれど」

 やはりあるのだ。まずは存在を確認することができた。

「今でも生えてる? あるなら、その場所へ行きたいんだけど、そこまで案内してもらえるかな」

「それはいいけど……。そっちの女の子、大丈夫?」

 馬に乗ったままのルシーダを、レンカはちらりと見た。レンカはどこまで気付いているのだろう。

 普通の人間ではない、というくらいか。もしかして竜じゃないの? というところまでか。

 人間の魔法使いでも、何となくながらわかったのだ。妖精なら、もっとはっきり気付いているかも知れない。

 実際がどうであれ、大丈夫、の意味を掴みかねた。

「あたしなら、全然問題ないわよ。案内してもらえるなら、お願いしたいわ」

 相手がはっきり口にしない、ちゃんと尋ねて来ない。そういうことなら、ルシーダは自分から名乗るつもりはないようだ。

 言ってしまうことで、相手の態度がどう変わるかわからないから。

 竜なら自分で探せば、などと言ってそっぽを向かれるのは困るのだ。

「ふぅん。じゃ、ついて来て」

 赤い髪をなびかせながら、レンカは移動を始める。グラージオは馬を引いて、その後を追った。

 レンカは飛んでいるので構わず真っ直ぐ向かえるが、こちらはそうもいかない。黒くごつごつした岩ばかりの地面、しかも山なので傾斜があって歩きにくい。

 レンカを見失わないよう、グラージオは懸命に足を動かす。

 ある地点まで来ると、ふっと気配が変わったように感じた。結界みたいなものがあるのだろうか。

 しかし、目にはこれといって特別なものは何も映らないし、景色も今までと代わり映えしない。

「あの……今、空気が変わったように思ったんだけど」

「ええ。普段は人間が入って来ないようにしてあるの。まさか火の山を荒らし回るような、おバカさんはいないでしょうけれどね。あたし達がくつろいでいる所へ来て、あれこれ騒がれるのはいやだもの」

 やはり薄い結界があるようだ。

 あまりしっかりしたものにしないのは、余計な力を使いたくないからと、その気配の強さでむしろ注意を引いてしまわないようするためらしい。

 たまに魔法使いでもないのに気配に敏感な人間がいるので、そういった人達が近付いて来ないようにするためだろう。

 景色はどこまで進んでも大きく変わらないが、次第に空気が熱く感じられるようになってきた。

 グラージオが先に張っておいた結界があることで、多少の熱は防がれてると思われる。が、それでも熱く感じるのだから、かなり強い火が近くにありそうだ。

 そんな強い火がある所に、求めるプララ草があるのだろうか。熱に強い植物と言っても、限度がありそうな気もする。

 グラージオは少し不安になってきた。

「まぁ」

 馬に乗ってるおかげで遠くを見渡せるルシーダが、そんな声を上げた。

「ルシーダ、どうかした?」

 苦しさから出た声ではなさそうだったが、グラージオは不安を覚えた。

「花畑があるのよ。あれが、さっきレンカが話していた花畑ね」

「ええ、そうよ」

 確か、レンカは「火の花が咲く」と言っていた。だとしたら……。

「うわ……すごいな」

 さらに進んで、グラージオもようやく見えた。

 最初、火の池があるのかと思ったが、ちょっと違う。小さな池のように見えたそこが、レンカの話していた花畑なのだ。

 そこに生えている花はグラージオの膝丈くらいで、赤い火でできている。燃えているので、普通の花のように明確な形はない。

 グラージオの指より太くしっかりした茎と、根元から燃え上がる炎のような葉は肉厚だ。それらの部分は火ではないようだが、花より暗い紅色。

 高さはほとんど変わらないが、花の大きさが違うようだ。ロウソクのように小さく燃えている花もあれば、松明たいまつ篝火かがりびのように大きく見えるものもある。

 それらが集まり、火の池のように見えていたのだ。

 でも、確かに花畑。そして……ものすごく暑い。

「こんなの、見たことがないわ」

 火山上空を飛んだことがある、と話していたルシーダも、火の花の花畑は初めてだった。上から見れば、小さな火口に思えたかも知れない。

 案外、見ていてもそう思い込んで気にしなかった、ということもある。

 その花畑の周辺には、グラージオが呼び出したレンカと同じような妖精の姿があちこちにある。三十以上はいるだろう。

 確かに、ここへ人間が迷い込んだりしたら、ちょっとした騒ぎになりそうだ。

 くつろぎたい妖精にすれば、そういううるさい存在は迷惑以外のなにものでもない。

「えっと……プララ草はどれかな」

 他の妖精達の「何しに来たんだ」と言わんばかりの視線をびしばし感じながら、グラージオはレンカに尋ねた。

「えーとね……あ、あそこよ」

 レンカが指差す方に、火の花ではない植物があった。火の花畑の中ではなく、そのすぐそばだ。燃える様子もなく、何でもないように生えている。

 火の花より背丈が低い、小さな子どもが描いた太陽のような形の花だ。

 図書館で見た本にも、大雑把ではあったが、こういう形で描かれていた。

 そのはなびらが火だったとしても、この場所に生えるなら有りだと思える。幸いと言おうか、プララ草は燃える火の花ではなかった。

 花びらは少し暗めの赤で、ぎざぎさした数枚の葉や細めの茎もほぼ同じ色。花の大きさは、グラージオの手のひらの半分くらいか。

 他の花の中にあって、少し地味めな存在だ。

「あの花、すりつぶして本当に汁が出るのかなぁ……」

 火ではないにしても、すりつぶしたら火が消えた後のように焦げた花の残骸があるだけ、になるような気がする。

 でも、レンカはあれがプララ草だと言うし、ルシーダの毒を消すためにはこの植物が必要なのだ。

「摘んでもいいかな」

「いいと思うわよ。ここへ花を摘みに来た人間なんていないから、わからないけれど。プララ草はあの花畑の花と違って燃えていないから、あたし達にとってはそんなに大切に感じないもの」

 レンカが構わないと言ってくれたので、グラージオはそちらへ近付いた。

 やはり火の花があるためか、近くへ行くにつれて空気がさらに熱くなる。ルシーダには花畑から離れた所にいるように言って、グラージオはプララ草がある方へ向かった。

 つくづく、簡易魔獣のベースを石にしておいてよかった、と思う。木をベースにしていたら、今頃黒焦げになっていそうだ。

 妖精達の視線が、それまで以上に痛く感じられる。

 言葉は聞こえないが、人間がここへ何をしに来たんだ、と本当に責められているようだ。その口からは出ていない言葉が針になって、全身に突き刺さっているような。

 このままだと、花畑に手を伸ばした途端、火の魔法で攻撃されるかも知れない。

 ふと、そんな不安がよぎった。今すぐに襲って来そうな気配はないが、グラージオのちょっとした行動で、一斉に飛び掛かって来そうだ。

 少なくとも、この場にいる全員の視線はグラージオに集中している。

 そんな妖精達の視線が、突然外れた。全く別の方へ向けられたのだ。

 グラージオは妖精達の顔を見ていた訳ではなかったが、何か近付いて来る気配に気付き、妖精達が向いた方を見た。

「な、何だ、あれ」

 火の玉がこちらへ向かって来ていた。だが、山から放たれた火のエネルギーとは違う。明らかに意思を持って、移動しているのだ。

 火の玉に気付いた妖精達は、一気に散った。花畑には、グラージオと馬に乗ったルシーダだけになる。

「グラージオ、気を付けて。蜂の魔物よ」

 ルシーダの声で、グラージオは目をこらして火の玉を見た。

 身体が火に包まれているのか、火そのものなのか。とにかく、巨大な蜂の魔物が向かって来ていた。

 相手が飛べる魔物だから、妖精達は早々に散ったのだ。相手にしたくない、もしくはできないから。

 幸い、一匹。だが、次第に近付いて来た蜂の魔物は、グラージオとほとんど変わらない大きさだ。

 ここが花畑であることを考えれば、蜂が来るのもわかる。だが、サイズがむちゃくちゃだ。

「逃げた方がいいわ。そいつ、すっごく凶暴よ」

 離れた岩の陰に隠れながら、レンカが教えてくれた。……教えられなくても、何となく予想できることではある。

 小さくても、蜂の羽音は怖く感じるもの。それが人間大だから音も大きく、獣の威嚇並みに緊張感を覚える。いや、それ以上か。

 逃げた方がいい。

 妖精達にも言われたし、グラージオもそうした方がいいとはわかっている。そうしたい。

 だが、すでに蜂の視野に絶対入っている。今更走り出しても、すぐに追い付かれるだろう。石の簡易魔獣にふたりで乗っても、逃げ切れるかどうか。

 追い払う……戦うしかないか。

 グラージオは、腹を決めた。

 火に対して、水は有効。だが、ここで水魔法を使えば、花畑にも何らかの影響が出かねない。もう近くにはいないだろうが、きっと妖精達もいやがる。

 何より、プララ草がおかしなことになっては困るのだ。この山で他に生えている所があるかわからないし、万一ここにしか生えてなければ、別の火山へ行かなくてはならなくなる。

 ルシーダの身体のことを考えれば、そんな余裕はない。

 グラージオは、周囲に転がる黒い石を浮かせる。それらを蜂に向けて、高速で飛ばした。先手必勝だ。

 的が大きい分、いくつも石が蜂に当たる。だが、蜂が落ちるまでには至らない。大きい分、やはり耐久力も高いようだ。

 反撃とばかりに、蜂から火の弾がいくつも放たれた。まるで分身のように、弾が蜂の形をしている。

 グラージオは防御の壁を出して防ぐが、とにかく数が多い。何十発も受けるうち、壁が割れた。

 しかし、火の弾はまだ来る。しかも、真っ直ぐではなく、生き物のように曲がりながら飛んで来た。自分の前に壁を出しても、回り込まれたら防ぎようがない。

 当たる、と思った次の瞬間。

 グラージオを狙った火の弾は、全て地面に叩き落とされた。グラージオの周囲に起きた突風が、攻撃を阻止したのだ。

「え……あ、ルシーダ?」

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