第12話 ユリル火山

 グラージオがあえて彼女と一緒に乗っているのは、あまり考えたくないが、万が一ルシーダが落馬してもすぐにわかるようにだ。

 竜が落馬しても、そう大したダメージではないだろう。

 そう、普段の何でもない状態の時ならば。

 しかし、体力が落ちている今、ルシーダが落馬して無傷でいられるとは限らない。

 こうしてふたりで乗っていれば、ルシーダに何かあってもグラージオがすぐに気付いて対処できるのだ。

 個々で乗れば軽くなって、今よりも速度がもっと上がるだろう。それは予測できるが、もしルシーダが……となった時のためのふたり乗りだ。

 乗るのが一人であろうとなかろうと、作り物の魔獣は重いなどと文句を言わないのでありがたい。

「グラージオ、心配しすぎよ。あたし、重病って訳じゃないんだから」

 気を遣って休憩をとるグラージオを、ルシーダが笑う。疲れやすくはなっているものの、倒れてしまいそうに苦しい訳ではないのだ。

「うん、それはわかってるよ。ただ、竜にとっての体力が落ちるってことがどんなものか、ぼくには想像もできないからね」

 自分の時はこうだったからこうしよう、と経験を踏まえた行動ができない。だから、グラージオもどこまでやればいいかわからず、困っているのだ。

 ルシーダはこうして笑っているが、無理をしているかも知れない。

 たぶん、本当に苦しくてどうしようもならなくなるまで、ルシーダは笑いながら平気だと言うだろう。

 ルシーダは「今回のことは自分のミス」と考えている節がある。矢が届くような高さを飛んでいたから、こうなったのだ、と。

 人や獣は「ここで襲われるかも」などと考えながら行動はしない。もちろん、危険とわかっている場所なら常に警戒もするが、ルシーダが襲われたのは危険地帯ではないのだ。彼女のどこにも、責任はない。

 悪いのは、ルシーダを傷付けたドラゴンハンターだ。

 今、こうして一緒にいる状況は、グラージオ自らが首を突っ込んだ結果。つらければもっと利用してもいいのに、と思う。

 苦しい状態なのだから、もっとわがままを言ったって構わない。あまり無茶ぶりされるのは困るが、できる範囲であれば、もっと頼ってくれればいい。

 たとえグラージオがそう言っても、きっとルシーダにそうしないだろう。

 だから、グラージオはこうして実際にちゃんと休憩し、ルシーダの様子を見るしかない。今はそれしかできない。

 人間の姿とは言え、竜も身体の不調は顔色に出るのだろうか。

 まさかこんなに深く関わることになるとは思ってもみなかった。旅に出る前に、もっと竜のことについて勉強しておくんだった、という後悔しかない。

 魔獣が人間の足より速く移動できるとは言っても、やはり限界はある。しかも、休みながらの行程なので、さらに時間はかかってしまう。

 ジュネルに教えてもらった簡易魔獣は一日で消えるので、グラージオは日が変わるごとに新しく作り出した。材料は何でもいい、というのがありがたい。

 三体目を作った日の午後に、グラージオ達はようやくユリル火山のふもとに到着した。

 黒い岩がごろごろしている地面が続く。溶岩だったものだろうか。

 ジュネルによると、現在は火山活動をしていないそうだ。しかし、自然のきまぐれでいつ噴火やその前触れが起きるかわからない。

 さらに言えば、火山活動とは関係なく、こういう場所には火を好む魔物がいたりするのだ。

 グラージオは自分とルシーダに結界を張り、有事に備えておいた。いきなり魔物が火を向けてきても、これならまともにダメージを受けることは免れるはずだ。

 どんな影響があるかわからない、ということで、今日の簡易魔獣は石をベースにしておいた。

 見た目は普通の馬でも、木の枝では進むうちに燃えるのでは、という懸念からだ。そう簡単に消えてしまうことはなくても、何かあって逃げようとしているうちに、灰になって消えられては困る。

 石なら多少熱くなっても、燃え尽きることはない……はず。そこは襲って来る相手の力次第だ。

 気のせいか、足音が木の枝をベースにした時よりかたい。

「激しい気温上昇はないみたいだ。暑さで一気に体力が奪われることはなさそうだね」

 ルシーダを石で作った馬に乗せたまま、グラージオだけが降りる。靴の下から熱を感じる、ということもない。

「グラージオ、どうして降りるの」

 手綱を持って歩こうとするグラージオ。それを見たルシーダも馬から降りようとしたが、グラージオがそれを止めた。

「ルシーダは乗ったままでいて」

「歩くくらい、平気よ。心配しすぎだってば。そういうのって……えーと、過保護って言うんじゃないの?」

 少しでも疲れないよう、ルシーダだけが馬に乗ったままの移動。

 グラージオの気持ちはありがたいが、ルシーダとしてはそこまで気を遣われたくない。考えてもらえるのは嬉しいが、逆に重く感じてしまう。

「違うよ、ルシーダ。この山にプララ草が生えてるかも知れないってことだけど、実際にどの辺りにってことはわからないだろ? だから、ぼくは少しでも地面に近い所を見るから、ルシーダは馬に乗った状態で高い位置から遠くの方を探してほしいんだ。一緒に同じ所ばっかり見るなんて、効率が悪いからね」

「え……あ、そういうこと」

 そう言われては、ルシーダも降りられなくなった。プララ草を探すため、ということであれば、乗っていなくてはならない。

「グラージオって、見掛けによらず頭がいいのね」

「見掛けによらない……かな」

 ルシーダの言葉に、グラージオは苦笑するしかなかった。

「あたしをあっさり黙らせるんだもの。人畜無害みたいな顔なのに」

「んー、ほめ言葉として聞いておくよ」

 けなされてる訳ではない(と思いたい)ので、グラージオはいいように取っておいた。

「ルシーダ、これまで旅をしてきて、プララ草を見た覚えはある?」

「ううん、少なくともプララ草ってものは知らないわね」

 図書館で見ても、ピンとこなかった。挿絵が白黒だったので、本物とギャップがあるせいか。

「もちろん、名前を知らないだけで、見てるって可能性はあるわよ。火山の上空は、今まで何度も飛んでるもの。鮮やかな色の花ならともかく……」

 何かを気にするように、ルシーダが後ろを向く。それに気付いたグラージオもつられて振り返ったが、自分達が今まで進んで来た道らしからぬ道があるだけだ。

「どうかした?」

「んー、何かに見られていたような気がするの。敵意があった訳じゃないけれど、あまり気分がよくないような……この山にいる魔物かしら」

 ルシーダは小さくため息をつく。

 いつもなら、もっと気配に敏感でいられるのに。目に見えなくても魔物か獣か、敵かそうじゃないのか、くらいはわかる。

 それが全くできず、今の自分の状態を再認識したことで、気分が重くなった。

 本当にこの山の魔物だろうか。自分のテリトリーに誰かが入って来たので見ていた、という視線ではなかった気がする。……気がするだけ、だろうか。

「もう一度、結界を張っておこうか」

 グラージオは自分達に張っていた結界を、さらに補強しておく。

 自然の中にいる以上、何が潜んでいるかは街の中以上にわからない。危険度も高くなる。

「ここに、火の竜はいないのかな」

 ジュネルは、その点については言及していなかった。

「そういう気配はなさそう……みたい」

 はっきり「ない」と断定できないのがつらい。もどかしい。わからない、ということは、こんなにも不安になることなのか。

「もしいたとして、今のあたしが竜だってことが相手にわかるかしら」

 魔力が落ち、人間の魔法使い並。竜になってみろと言われてもなれないから、信用してもらえないかも知れない。

「わかるよ」

 ルシーダの気弱な発言に、グラージオは断言した。

「……ずいぶんはっきり言うのね、グラージオは。根拠はあるの?」

「カルラムさんやジュネルさんにも、ルシーダの気配が人間とは違うってわかったんだよ。人間にわかって、竜にわからないはずがないんじゃないかな」

 会ってすぐに言い当てられたのではないが、気配が違うということは言われた。毒に苦しんでいたって、竜であることは変わらない。

 ルシーダ自身は力が弱って数日が経ち、胸を張って竜だと言えない力の弱さ、気弱さが出ているから、わかるかしら、などという言葉が出るのだ。

 グラージオに言われ、ルシーダは少し不安が消えた。

「このまま適当に探すのはつらいな。見た限り、この辺りには雑草くらいしか生えてないみたいだし」

「どうするの?」

「火の妖精を呼んでみようか。火山活動はしてなくても、この周辺の土地が火属性なのは違いないからね。頼めば来てくれると思うよ」

 ジュネルによると、ユリル火山は百年近く噴火活動をしていないらしい。なので、普通の山ほどではないが、植物は生えている。

 だが、どこを見ても雑草レベルの植物しかなさそうだ。

 この周辺にプララ草がないのなら、さっさと場所を変えたい。のんびり探す時間はないのだ。

 グラージオは、妖精を呼び出す呪文を唱えた。そこに、属性である火の言葉も入れておく。これで火の妖精が来てくれるのだ。

 活動していないとは言え、現在立っている場所は火山。一番近くにいる火の妖精はこの周辺に棲んでいるだろうし、呼びかけの言葉が一番よく聞こえるはずである。

 少し間があって、グラージオの前に小さな赤い光が現れた。見ている間に、羽の付いた小さな人の姿になる。

「はぁい。呼んだ?」

 赤いミニのワンピースはすそが花びらを重ねたようなデザインで、それがひらひら揺れると炎を連想させる。

 衣装よりさらに真っ赤でくせのある髪をなびかせながら、グラージオの顔よりも小さな妖精が軽い口調で尋ねた。

 見た目の年頃はグラージオ達と変わらない少女だが、竜と同じで人間とは年齢が違う。

 ルシーダに叱られたので尋ねる気はないが、もしかしたらルシーダより年上かも知れないな、などと思うグラージオだった。

「来てくれてありがとう。ぼくはグラージオ。きみは、このユリル火山に棲んでるのかな」

「ええ。あたしはレンカ。ここ、見た目は普通の山みたいに思えるでしょうけれど、上の方には火が出てる場所もあるのよ。あたし達はその周辺にいるの」

 噴火こそしてないが、やはり火山らしい部分もあるようだ。人間が踏み込まない場所なのだろう。火が出ているとは驚いたが、それなら望みが出てきた。

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