第11話 解毒薬の入手法
「グラージオ、ルシーダ?」
今いる所から入口は見えないが、その声ですぐに誰かわかる。
「ジュネルさん、こっちです」
グラージオの声を聞いて、ジュネルが現れた。
「ルシーダ、気分がすぐれないのかい?」
床に座り込んだままのルシーダを見て、ジュネルも心配そうだ。
「ううん。ちょっと眠っちゃって。人間も本を読みながら寝るって、よくやるでしょ?」
「まぁ、確かにね」
ジュネルが苦笑する。
「ジュネルさん、ルシーダがこれじゃないかって」
ルシーダがひざに乗せていた分厚い本を、グラージオはジュネルへ差し出す。
「それじゃ、さっきの部屋へ戻ろうか」
ソファに座ると、ルシーダは持ち出した本を開いて、それらしいと睨んだページを指し示した。
「竜に効果のある、毒の作り方があったわ。今のあたしに当てはまる症状よ」
「力
一気に殺すまでの効果はないようだが、時間が経つにつれて体力は落ちる一方のようだ。それがいいか悪いか、微妙に悩むところである。
当事者の竜にすれば、真綿で首をじわじわと絞められているようなもの。身体の苦しさと、もうすぐ死んでしまうかも知れない恐怖に怯えなくてはならないのだ。
ルシーダが本に書かれているよりも比較的元気なのは、かすっただけでまともな攻撃を受けなかったからだろう。
だが、かすっただけでも毒が身体に入ったことは間違いないから、体力がなくなるのは時間の問題だ。
「材料となる素材は……あの店主が言っていたものが使われているね」
ジュネルが材料の項目を確認し、確信した。ルギ草とゲマダ草、デムルの実だ。
他にも竜に効果のある毒はいくつか載っているが、材料が違った。効果も少し違ったりするし、出来上がった状態が顆粒だったり、錠剤のような固形であったりする。
その点からもルシーダが見付けたこの「力削ぎ」という毒でほぼ間違いない。
「じゃあ、これの解毒薬は……」
右のページに毒のことが書かれ、対になるように左のページにはその効果を消すための薬について書かれていた。
「解毒薬に限って、面倒だな」
ジュネルがぼそりとつぶやく。
グラージオがそのページを覗き込み、同じようにルシーダも顔を近付けた。
毒の方ばかり気にして、解毒薬にはどういう素材が必要かまで気が回らなかったのだ。
「プララ草にチャルル草。ずいぶんかわいい名前の薬草ね」
そこには、二種類の草をすりあわせて出た汁を飲め、とある。毒が液体なので、解毒薬も液体なのだろうか。とにかく、その草の汁が必要だということだ。
必要素材も毒を作るより少ないし、汁を飲むだけならかなりシンプルと言える。ジュネルがつぶやいた「面倒」がどの部分か、すぐにはわからない。
「名前だけなら……そうだね。ただ、生えている場所はかわいくないよ」
あごに手をやりながら、ジュネルがため息をついた。
「え……火山と氷雪山にある草って……」
草の名前の横に書かれた生育する場所を読み、グラージオは言葉を失う。
「そう。つまり、ものすごく暑い所と寒い所の、両極端に生えている草が必要だってことだ」
ジュネルがため息をついた理由がわかった。
毒になる草は、森や山へ行けばすぐ手に入るような
「街の薬草を扱う店にはないでしょうか」
「一応、問い合わせてみるが……まず置いてないだろうね。人間に必要なものではないから」
「じゃあ、北の端と南の端へ行かなきゃいけないってこと?」
二人の難しい顔を見て、ルシーダもその問題に眉をひそめる。
早く薬がほしいのに、素材を手に入れるだけでとんでもなく時間がかかってしまうのだ。
「いや、そこまで極端にならなくていいよ。火山はミドラーの街から東へ向かえば、ユリル火山がある。長く火山活動をしていないが、火山エネルギーはゼロではないから生えている可能性は高い。そこから北へ向かうと、ボルガという山がある。そこには昔から氷の竜が棲んでいると言われていて、年中雪と氷に覆われているんだ。うまくいけば、この二カ所で調達できるはずだよ」
ジュネルは簡単な地図を出して来て、その位置を教えてくれた。
この街から東へ、と簡単に言われたが、地図を見ている限りではそれなりに距離がある。恐らく、数日単位の時間がかかるだろう。
飛行可能な竜なら大した距離ではないかも知れないが、今のルシーダは風の竜にも関わらず飛べない。人間と同じように、地面を移動しなければならないのだ。
地図では直線距離で測れるが、現実には森や山など、いわゆる障害物がある。人が通るような道がどこまで伸びているだろう。
道なりに行くとしても、どうしたって曲がりくねることになる。
「遠そうだけど……そこにしかないなら、行くしかないですね」
「グラージオ、行く……つもりなの?」
当たり前のように言うグラージオを、ルシーダはどこか戸惑ったように見る。
「ここにいたって、解毒薬はできないからね」
「いいの?」
「言っただろ。どこへ行くのも自由だって」
「だけど、普通の場所じゃないのに」
火のエネルギーと、氷結のエネルギーに満ちた山。人間には過酷な場所だ。状況によっては、命に関わることもある。
「だったら、なおさらルシーダだけで行くのは大変だろ。放っておけないよ。ここまで来たら、ルシーダの毒が完全に消えて竜の姿になるまで、ちゃんと自分の目で見届けたいんだ」
薬草を見付けられただろうか。それ以前に、生えているだろうと言われた山へたどり着けただろうか。
そんなことを考えて、もんもんと過ごすのはいやだ。
ルシーダと再会できなければ、それが一生続くことになる。解毒薬のことがわかってよかったね、では終われない。
「すまないが、私が協力できるのはここまでだ。それぞれの山までは、行くのに時間がかかる。長く持ち場を離れる訳にはいかないんだ」
ジュネルが申し訳なさそうに、頭を下げた。
「やめてください、ジュネルさん。ここまでやっていただいて、ありがたく思っているんですから」
「そうよ、ジュネル。謝らないで。色々と情報を探ってくれて、感謝してるもの」
本来の仕事もあるだろうに、それらを後回しにしてジュネルは協力してくれたのだ。ふたりに彼を責めるつもりなど、さらさらない。
「ぼくが最後まで、ルシーダと行きます。ジュネルさんがいてくれなかったら、ぼくだけではあんな店には行けませんでした。本当にありがとうございます」
「これくらいのことは、大した労力ではないよ。問題はこれからどう行くかだね。とりあえず、今日は私の家で休んで行くといい。時間も時間だし、今から出発してもすぐに暗くなるだけだからね」
ジュネルの厚意で、その夜は野宿せずに済んだ。
教えてもらった山へ行くなら、まずは東のユリル火山から。
だが、そこへ行くまでにどれだけの時間がかかるだろう。それより、ルシーダの体力が保つだろうか。
行くべき場所が一つではないから、余計に心配がのしかかる。
明日からどうやって進むかを考えていたグラージオだが、ジュネルが魔法を一つ教えてくれた。
自然界に存在する物を使い、それを一時的に魔獣にする、というものだ。
その魔獣に乗って移動すれば、進み具合は人間の足で歩くより格段に違ってくる。歩かなくて済めば、ルシーダの体力も温存できるのだ。
馬を買うような経済的余裕がない彼らには、願ってもない魔法である。グラージオには、魔獣を呼び出す、という考えが完全に抜け落ちていたので、ものすごい名案を教えられた気になった。
「グラージオだけならいいけれど、竜を乗せろと言ってもいやがる魔獣が多いかも知れない。今のルシーダは魔力が落ちていると言っても、自分より強い存在の近くにいたがらないからね」
弱い魔獣に限って寄って来たりするが、それはどちらかと言えば強い者に庇護を求めて、という場合が多い。
今のルシーダには庇護できる程の力がないし、弱くてもいいからとグラージオがそういった魔獣を呼び出したとしても、協力は得にくいだろう。
「その点、この魔法なら気を遣う必要もない。石でも木の枝でも、材料は何でもいいんだ。材料によって、スピードや乗り心地も変わってくる。具合がよくないと思えば、別の材料で試すことは可能だからね」
石や木の枝が、竜を拒否することはない。そこに恐怖などの感情がないからだ。
そういう点でも、この「簡易魔獣」と呼ばれる魔法は今の彼らにとって有益な術だ。
次の日。
ジュネルの家の庭にあった木の枝を使い、早速グラージオは馬を作り出した。
ちょっとおもちゃっぽく見えるが、本物の馬と同じ大きさ。何より、丈夫そうだ。枝ではなく、木そのものから彫り出されたかのようだ。
「うん、ちゃんと形になっているよ。これならしっかり走ってくれるね」
ジュネルにお墨付きをもらった。
何度も世話になった礼を言い、グラージオは後ろにルシーダを乗せてミドラーの街を後にした。
☆☆☆
歩けば十日は軽くかかる距離だ、と言われた。だが、たとえ材料が木の枝でも、魔獣の姿ならもっと距離を稼げる。
グラージオとルシーダを乗せた馬は、本当に元は木の枝か、と言いたくなるくらいのスピードだ。
木の枝と同じ茶色の毛並みは本物の馬と遜色なく、脚の関節も問題なく曲がって蹄が地を蹴る。目の玉だけはないので、その部分だけが作り物らしさを残していた。
残念なところとしては、飛行可能な魔獣を作り出せない、という点。この魔法の短所である。
空を飛べたら障害物を飛び越え、道なりに行かなくても目的地へ着くのだが……ぜいたくは言えない。
文句も言わず、竜を乗せてくれるだけでもありがたいのだから。
「ルシーダ、大丈夫?」
後ろに乗っているルシーダの方を振り返り、グラージオが尋ねた。
スピードがどれだけであっても、動かすのが自分の足でなくても、移動するということは疲れる。
グラージオはいくらか走ると、水辺などを見付けて休憩をとるようにしていた。
自分だけなら、丸一日走り続けても構わない。木の馬はどれだけ走らせても疲れることはないし、スピードも落ちないのだ。
しかし、今はそうもいかない。
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