第10話 毒の入手
店主の言葉に、グラージオは緊張する。やはり、そういった毒が出回っているのだ。
そんな事実を知って残念と同時に、強い怒りを覚える。
「これだ」
「どういう効果があるんだ」
店主が出してきた黒っぽい小瓶を前に、ジュネルが尋ねる。
塩かこしょうでも入っていそうな瓶は不透明で、中身がどんな色や状態なのかわからない。粉なのか、液体なのか。
「力が抜け、魔力も大幅に低下する。だが、全く使えなくなる訳じゃないから、近付く時は注意するんだな。油断してたら、逆にやられるぞ。弱ってたって、魔法使いレベルの力は残ってるからな」
ルシーダもそんな状態だ。
魔力や体力が人間のレベルにまで落ちているようだし、そのものでなくてもこれに近い毒を使われたのだろう。
「ふぅん。どういった素材が使われているんだ?」
小瓶を手に取り、疑わしげに見ながらジュネルはまた尋ねた。
「素材? そんなことを聞いてどうする」
店主もまた、疑わしげにジュネルを見た。
他の客なら大抵、効能を聞いて買うか買わないかをそこで決める。それなのに、妙なことを言い出す客に「何だ、こいつは」とでも言いたそうな顔だ。
「毒だとか言いながら、おかしな商品を掴まされちゃたまらないからな。薬に詳しい奴が知り合いにいる。使われている材料や成分を言って、本当にそういう効果があるか聞くんだよ」
「はぁっ? うちの商品にケチつける気か」
店主の語気が強くなる。
文句があるならぶん殴って店の外へ叩き出す、なんてこともためらわずにやりかねない様子だ。グラージオは表情を表には出さないが、内心ではひやひやしていた。
しかし、ジュネルは動じてない。
「聞いたぜ。ここ、今まで何度も手が入ってんだろ? 食いぶちを稼ぐために、とりあえず適当に売っとけ、なんてこともありそうだからな。こっちだって、懐に余裕はねぇんだ。何度も買えねぇ。それに、毒だと思って使ってんのに効果がないってことにでもなったら、最悪だと喰われかねねぇだろ。油断以前の問題だ。やるからには、こっちも命懸けだからな」
ルシーダがここにいたら、竜は人間を食べたりしないわっ、と怒っていたかも知れない。
もちろん、ジュネルはそんなことをわかっているが、ここはいかにも中途半端な知識しかない、それでいて警戒心の強いハンターを装わなくてはならないのだ。
何度も手が入った、と言われ、店主は気まずそうに「ちっ」と舌打ちする。
実際に入っているから、余計なことは言えないらしい。店を出てから役人にたれこまれでもしたら、色々と面倒だ。
「俺も詳しくは知らねぇが」
前置きしながら、店主は毒に使われている素材名を言った。
「ルギ草とゲマダ草。あと、デムルの実だ」
一応、把握はしているらしい。こうして話すところを見ると、ジュネル以外にも疑い深い客はいるようだ。
「聞いたことのある毒草だな。なるほど、一応毒には違いないようだ」
毒に詳しくないグラージオは、店主が口にした材料にまるでピンとこない。だが、ジュネルがそう納得しているということは、嘘ではないのだろう……たぶん。
「よし、これをもらう」
店主が提示した金額は、決して安いものではなかった。それらしく値段交渉して、ジュネルはその毒を買う。
これで、ひとまず現物入手だ。
「行くぞ」
ジュネルがあごで出口を指し示す。端から見れば、弟分に言っているように思われるだろう。
グラージオも適当に「おう」などと言って、歩き出した。
「お前ら、竜を捕まえるつもりか?」
後から入って来た客が、店を出て行こうとするグラージオ達に声をかける。
グラージオは訳もなく、いやな気配をその男から感じた。
目付きが鋭い。獲物を狙う目、とでも言うのだろうか。
「チャンスがあればな」
ジュネルが短く答える。
「運よく毒をぶち込めたら、さっさと始末しろよ。横取りされねぇようにな」
その言い方に、グラージオはむっとする。
「始末」こそされなかったが、その毒で今もルシーダは苦しんでいるのに。
こういった人間にとって、本当に竜は獲物でしかないのだと思い知らされる。
「横取りされたことでもあんのか?」
ジュネルが聞き返す。相手は鼻で笑いながら、軽く肩をすくめた。
「さぁな」
何かを含んでいるような言い方だが、ここで問いただしてもこんなタイプの人間が相手では、
「せいぜい気を付けるさ」
ジュネルはそう言って、扉を開ける。
男の視線を感じながらグラージオも続いて外へ出ると、ようやくまともな呼吸ができたような気がした。
☆☆☆
恐らくこれだろう、という毒は手に入った。グラージオ達の目的は果たせたのだ。
それなのに、怒りのような感情がグラージオの中でうずまいている。
あの店で竜を殺すための道具を売っている、とわかっているのに、捕まえられない悔しさのせいだ。
さっきの男もドラゴンハンターなら。もしこれまでに竜を殺し、売りさばいたことがあるのなら。
今すぐに捕まえるべき罪人なのに。
だが、何の証拠もない。あの男が竜に手を出したのかわからないし、店にしても竜を殺すための道具と言っても実際は魔物を狩るものだと主張されたら、それ以上は突っ込めないのだ。
ジュネル達が「元を断てない」と話していたことが、こうして実際に動いてみてよくわかる。
それでも、ルシーダを助けるための道がまた一歩拓けた。店の存在に釈然としないながら、今はそのことに目を向けることにする。
罪人を捕まえるより、こうしている間にも毒に苦しむ竜を助けるのが先だ。
「さっきの客、怪しいですね」
「ああ。何を買いに来たのかはともかく、ああいう店に来ること自体が怪しいよ」
別の路地へ入り、人目がないことをしっかり確認した上で、二人は姿を元に戻した。
ジュネルがポケットから、入手したばかりの瓶を取り出す。薬の中身がちゃんとあることを確認するためだ。
入手した毒は、液体だった。ジュネルが瓶から数滴を魔法で浮かせると、まさに「毒々しい」と表現したくなるような、暗い紫色の薬が現れる。
「これを持って帰って、ルシーダに影響はないですか」
これがもし揮発性の高い薬であれば、近くにルシーダがいるのは絶対に好ましくない。さらに彼女を弱らせてしまうことになる。
「彼女の近くには置かないよ。どんなアクシデントで、ルシーダに触れてしまうかわからないからね。さっき聞いた素材と効果、それとこの薬の色や状態で、ある程度は毒の種類が絞れるはずだ。そこから解毒薬を探ろう」
店主が話していた素材が、この薬の成分全てを網羅しているとは思わない。だが、いわゆる「主な」素材ではあるはずだ。
例えば、効き目を強くする効果だけしかない素材名を言ったところで、薬に詳しい人間がそれを聞いても納得しないだろう。
店主が言ったのは、恐らく毒そのものとなる主原料だ。
ああいう店で、それなりに手に入りやすい薬を作ろうとすれば、素材の数なんて限られる。多ければ高くなるし、高すぎて売れなければ意味がない。
手頃な値段にしようとすれば、使われる材料なんて三つか四つがいいところだ。
そして、店主は三つの素材名を言った。これで、ほぼ毒薬の種類を絞れる。
急いで図書館へ帰ると、出掛けたところを見ていないのに外から現れた二人を見て、門番が驚いていた。
二人は軽く挨拶をし、スルーしておく。
中へ入ると、ジュネルは薬を別室に保管するために一旦別れた。
グラージオは、ルシーダがいるはずの部屋へ向かう。確か、二番のプレートが付いた部屋へ向かったはずだ。
目的の部屋まで来ると、グラージオは軽くノックをした。
図書館なのだから本でほとんど埋め尽くされているだろうが、それでも中がどんな状態なのかグラージオはまだ見ていない。他にも人がいるかも知れないので、念のためだ。
返事はなく、グラージオが扉を開けると、そこは普通の図書館らしく本棚が並んでいた。天井が他の部屋より少し高く、本棚もそれに合わせて高い。
だが、部屋そのものがそんなに広くないので、本棚の数も少なく思えた。
やはり、特殊な本ばかりが集められているせいだろうか。図書館と言うより、規模の小さな図書室だ。
「ルシーダ?」
ルシーダがいると思ったが、部屋には人がいそうな気配がなかった。声をかけてみたが、返事はない。
最初に入ったジュネルの仕事部屋へ戻っているのだろうか。
しかし、入口からでは見えない所を確認しようとグラージオが中へ入ると、床に人の足が伸びているのを見付ける。グラージオは息を飲んだ。
まさか……この短時間で急激に悪化したんじゃ。
「ルシーダ!」
誰かが、今の場合は一番可能性が濃厚なルシーダが倒れているのでは、とグラージオは慌ててそちらへ走った。
返事がなかったのも、意識がないのなら当然。
「あ……ルシーダ……」
銀髪の少女が、ひざに本を開いた状態でうつむいている。本棚を背にし、足を投げ出して床に座っていた。
ちょうど本棚で死角になり、その足だけが見えたらしい。
グラージオがそちらへ近付いて確認すると、ルシーダは眠っていた。小さな寝息が聞こえる。意識を失って倒れている、という様子ではない。
驚いた分、グラージオは力が抜けた。
「ルシーダ」
グラージオが彼女の肩に手を置きながら呼び掛けると、ルシーダはすぐに目を覚ました。
「あ、グラージオ……。戻って来たの?」
少し寝ぼけたような表情ながら、そこにいるのが誰かはちゃんと認識できているようだ。
「うん。それらしい情報と、現物も手に入れて来たよ」
「そう……。ごめんなさい、眠っちゃった」
目をこする仕種は、小さな子どものようだ。
竜であり、年上の彼女だが、その様子はかわいい。
「具合、悪くない?」
ここへ来る前に少し疲れたようなことを言っていたから、本を読んでいるうちに眠ってしまったのだろう。
「うん。眠ったら、疲れも取れたわ」
本当かどうかは確かめようもないが、グラージオはその言葉を信じることにした。嘘だとしても、どうすることもできないから。
「それらしい本はあった?」
「ええ、怪しいのがあったわ」
「ぼく達が出ていた時間、そんなに長くなかったのに。よく見付かったね」
話していると、扉の開く音が聞こえた。
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