第8話 毒の種類
「それは確かめた? 人間には全く影響がない、とか」
「いえ、ルシーダを傷付けた凶器……状況から考えて、たぶん矢だと思いますが、飛んで行ったから手元にはないし。確認はできてません」
こうして問われてグラージオは、それにルシーダもしっかり説明できないことに今更ながら戸惑った。
ちゃんと話せたことと言えば、負傷した時の状況とその後の魔力・体力の低下くらい。
毒に
「早く解毒したい気持ちはわかるよ。だけど、解毒薬、と単純に一言では済まないんだ。間違った薬を使えば、それは毒になる。すでに弱っている者をさらに弱めたり、へたすればそのまま亡くなってしまうことだってあるんだよ」
想像もしていなかったことを言われ、グラージオだけでなく、ルシーダも絶句する。解毒するつもりが死んでしまっては、何もならない。
「もちろん、今の症状からある程度の診断はできるだろうけれど……ドラゴンハンターは竜を殺すつもりで攻撃している訳だから、どこにどんな罠があるかもわからない。まずは、毒がどういうものかをちゃんと知らないとね。解毒薬だけを闇雲に探しても、余計な時間がかかるばかりになるよ」
確かに、毒を知れば解毒薬も正しいものを使える。遠回りをせずに済む。
だが、どうすればわかるのだろう。
「何か方法はありますか」
ここは図書館だ。どういう毒かを調べる方法が載っている本くらい、ありそうだ。ただ、グラージオには効率的な探し方がわからない。
「ドラゴンハンターが使いそうな、闇ルートの商品を扱う店へ行ってみよう」
「え?」
ここは図書館だ。てっきり、ここで毒に関連する本を探すと思っていたグラージオは、ジュネルの言葉に首を傾げる。
ルシーダもきょとんとしていた。
「ドラゴンハンターについては、国でも色々と調べてはいるんだよ。だけど、なかなか捕まらないし、調査も進まない。それでも、情報屋を通じて彼らが使いそうな店はいくつか絞れているんだ。そこへ行って、どういった毒が出回っているかを調べてみよう。その中で、ルシーダに使われたかも知れない毒があるだろう。その成分がわかれば、解毒するには何が有効なのかがわかってくる」
本を読んでそれらしい毒をピックアップするより、現実に出回っている毒を知る方が早い、という訳だ。
確かに、現物を見る方が解毒薬への近道になる。
「その店がどこにあるか、わかるんですか?」
「ああ。この街には、少なくとも一軒あることがわかっている。摘発しても元を完全に断てていないから、気が付くと復活しているんだ。そちらの方面の部署にいる友人が、よく嘆いていてね」
「だけど、そんな店へ行くのって危なくないの?」
闇ルートの商品を欲しがる人間に、善良な市民はまずいないだろう。血の気が多い、脛に傷を持つ、腹黒い。そんな人間が多いはずだ。
そんな所へグラージオが行くことに、ルシーダはとても賛成はできない。
こうして関わってはいるが、彼はあくまでも通りすがりだ。自分のために、危険なことはさせたくなかった。
「絶対に安全とは言えないけれど、それらしい格好に変装して行けばいいよ。向こうにすれば、どんな素性の人間だろうと金さえ出せば客だからね。私達が役人でないとわかれば、店側も商売なんだから売り惜しみはしないよ」
今、少し引っ掛かる言葉を、グラージオは聞いたような気がした。
「私達って……」
戸惑う表情のグラージオを前に、ジュネルは何でもないように言う。
「きみだけでそんな所へ行かせるのは、危険だからね。もちろん、私も行くよ。店までの案内だって必要だろう。地図を描いても、たぶんわかりにくいと思うしね」
今度はルシーダが、引っ掛かる言葉を聞いた気がする。
「ねぇ。きみだけって言った? グラージオだけってこと?」
「だから、私も一緒に行くよ」
「そうじゃなくて。その店へ行くメンバーに、あたしは含まれていないの?」
ジュネルの言い方だと、グラージオがその怪しげな店へ行き、案内としてジュネルも一緒に行く。
そこまではいいとして……ルシーダの問題なのに、当事者が完全に蚊帳の外だ。
「置いて行かれるのが不服で不安だろうけれど、ルシーダはそういう店へ行かない方がいいと思うんだ。きみに使われたかも知れない毒が置かれている場所だよ? ルシーダにとっては……んー、例えるなら、体力が落ちているところに、毒の沼へ行くようなものじゃないかな」
「それは……行きたくないけれど」
身体が弱っているのに、さらに弱らせる場所。そんな所へ行きたいなんて、誰も思わない。
でも、当事者だけがなぜ留守番なのだ。
「毒があっても、すぐあたしにそれが使われるって訳じゃないでしょ」
「竜とばれなければね。ばれても、さすがにその場で使われることはないだろうけれど。ただ、もしその毒が揮発性の高いものだったら、その店に成分が充満してるよ」
「……留守番するわ」
わずかに抵抗を試みたルシーダだったが、すぐにあきらめた。
申し訳ない、とは思う。だが、ジュネルの言い方だと、店そのものがほぼ毒ではないか。入った途端に倒れたら、その方がずっと迷惑になる。
何より、ルシーダ自身が怖い。
いくら竜でも、自分の命を脅かすものがある、とわかっている場所へなど行きたくなかった。
「ルシーダは私達が行っている間、毒の本で該当しそうなものがないか、調べておいてくれるかい。ある程度の目星を付けておけば、帰って来た時に少しでも早く解決の道が拓けるからね」
ジュネルに言われるまま、ルシーダはうなずいた。
あたし達を狙う人間もいるけど……守ろうとしてくれる人間もこんなにいるのね。
☆☆☆
グラージオはともかく、ジュネルはどこで顔を知られているかわからない。
職業をひけらかして過ごしている訳ではないが、特殊な職業ゆえに顔がわかるという場合もある。あの人、王立図書館の……となるのは、十分に考えられることだ。
それが一般人だけならいいが、そうでない人間に知られている、というのもよくある話。
なので、変装して店へ行くことになる。
こういう時、魔法使いというものは便利だ。もちろん限界はあるが、ある程度自由に姿を変えられる。
グラージオは髪を金から濃い茶色にし、同じ色の無精ひげを鼻の下や頬に生やす。グラージオの場合、顔がばれないように、と言うよりも、店を出てから「あの店にいただろう」と言われないようにだ。
ジュネルは真っ直ぐの黒髪を濃い金髪にして少しくせをつけ、グラージオより多めにひげを生やす。
背丈や瞳の色は同じだが、髪色を変えたり、ひげがあることでかなり印象が変わるものだ。
服装も、ハンターが着ていそうなシャツやベストに着替え、それらしく汚しておく。
「二人とも……うさん臭いわ」
変装した二人を見て、ルシーダが正直な感想を述べた。
「はは、自分でもそう思うよ」
元の自分がわからないようになっているかを鏡で確認したが、グラージオは思わず吹き出してしまった。
ひげをたくさん生やすだけで、ずいぶん怪しげな雰囲気になるものだ。
「小ぎれいな格好だと、記憶に残ってしまいそうだからね。これくらいのうさん臭さで平均的じゃないかな」
平均的なうさん臭さ、というのも妙な状態だ。
「じゃあ、行って来るよ。ルシーダ、薬や毒についての本は、扉に二番のプレートが付いている部屋にある。そこであてはまりそうな本を探しておいてくれるかい。きみだけだと、大変とは思うけれど」
「そう言えば……ルシーダ、人間の文字って読める?」
ふと思い付いて、グラージオは尋ねた。
「一応ね。竜によっては、人間が使い始めた頃の言葉を知ってたりするわよ。あたしはそこまで読めないけれど、今使われてる言葉ならだいたいどこの国の言葉でもわかるわ」
「すごいな」
見た目が自分と変わらないので忘れていたが、ルシーダは自分の祖父母より長く生きている、ということをグラージオは思い出した。
学校へ行ってる訳ではないだろうが、色々と触れ合っているうちに覚えるのだろう。理解力と記憶力の高さがうらやましい。
「じゃあ、任せても問題ないね。たまに古い言語の本があったりするけれど、この図書館にあるのはほとんど現代語だから。頼んだよ」
「わかったわ。……二人とも、気を付けて」
自分が行けないことを心苦しく思いながら、ルシーダは二人を見送った。
☆☆☆
グラージオとジュネルは、グラージオ達が入って来た正面の通用口とは別の扉から外へ出た。
この格好のままで通用口を使えば、あのいかつい門番に止められることはまず間違いないし、そこから店へ向かえば途中で誰に見られるかわからない。
「裏口……でもないですよね、ここ」
来た時とは違う廊下を歩き、角を曲がった。案内図がある訳でもなく、建物のどの辺りを歩いているのか、もうわからない。
そうして現れた扉。
入って来た通用口と変わらない気もするが、別ルートから来たので明らかに違う扉だ。
ジュネルが扉を開け、その後についてグラージオも扉を通ったが……妙な感じがする。
普通とは少し違う空気をすり抜けたような、あるはずのない水の壁を一瞬通ったような、不思議な感覚だった。
「隠し裏口、とでも言うのかな。図書館へ来たことを知られたくない場合なんかに使う扉だよ。結界が張られていて、出入りしているところは周囲から見えないようになってる」
「来たことを知られたくないって……どんな状況ですか」
闇ルートの店より、そちらの方が聞いていてずっと怪しく思える。図書館に来たことを知られたくない、なんてどんな訳ありなのか。
「この図書館には、特殊な本が色々とあるからね。国家に関わる仕事で上の方の役職にいる人は、ちょっとした行動もつつかれる時があるんだ」
「はあ……」
身分があると、面倒なことも多いらしい。グラージオにはわからない世界だ。
でも、その面倒な世界のおかげで、誰かに見られて怪しまれるのでは、という心配をすることもなく、図書館から出られた。
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