第7話 図書館
「こんにちは。ぼく達、図書館の中へ入りたいんですが」
グラージオは、門番の男性に声をかけた。彼はグラージオを見て、その横にいるルシーダを素早く見る。
「入館許可証はあるかね」
「いえ、ありません」
「許可証がなければ、入館はできない。事務局で、事前に申請する必要がある」
威圧感こそないが、淡々と説明されるのもちょっと怖い。彼の見た目のせいか。
心なしか、こちらに向けられている視線が厳しい。不審者かどうかを見極めようとされているのか。
「そのことは聞いてます。えっと」
グラージオは荷物の中から、カルラムが書いてくれた紹介状を取り出した。
「以前、王宮に仕えていた魔法使いのカルラムさんが、紹介状を書いてくださってます。これを責任者の方に渡すように、と言われました」
「カルラム殿から?」
「はい。これです」
グラージオは、紹介状を門番の男性に渡した。
「確認して来るので、少しここで待っていなさい」
男性は自分の後ろにある通用口の扉を開けて、中へと消えた。重そうな扉の横にある、普通サイズの扉だ。
それを見て、ルシーダが首を傾げる。
「このおっきな扉は、何のためにあるのよ」
「ほとんど壁の一部みたいなものかもね。もしくは、大量の本を一気に搬入する時や、王族の人達が利用する時なんかに開くんじゃないかな」
グラージオは苦笑しながら、ありえそうなことを言っておく。身分の高い人や、お金持ちの考えることはわからない。
「その責任者って人が、中にいてくれればいいけどなぁ」
責任者でも体調不良や私用で休む時はあるだろうし、別の仕事で席を外していることもある。肩書きに「責任者」や「長」と付けば、そういうことはざらにあるだろう。
ただ、今だけはそういったことがあってほしくない。
求める本がすぐに見付かるかわからないし、図書館の開館時間によっては入ってもすぐに時間が来て出なければならなくなる。ルシーダのためにも、ここであまり待たされたくないのだ。
だが、グラージオの心配は杞憂だった。
すぐに通用門が開く。さっきの門番とは別に、もう一人の男性が一緒に出て来た。
門番より少し若く見えるが、中年の男性だ。
真っ直ぐの黒髪を一つに束ね、紫の瞳を持つ彼は、穏やかそうな雰囲気に見えた。隣にいる門番がいかついから、なおさらそう感じたのだろう。
グラージオは彼からかすかに魔法の気配を感じたので、魔法使いと思われる。
その手には、さっき門番の男性に渡した紹介状があった。この魔法使いの彼が図書館の最高責任者かどうかはともかく、門番が渡すくらいだから何らかの責任者には違いない。
「こちらの二名です」
門番が、グラージオ達を指し示す。
「カルラムさんの紹介で来たんだね?」
見た目通りに、口調も穏やかだ。その言い方からして、確かにカルラムの知り合いらしい。
紹介状を渡した後「カルラムが隠居してから責任者が替わっていたら」という可能性に思い至っていたグラージオ。交替はなかったようで、その点でもほっとする。
「はい。グラージオといいます。彼女はルシーダ。調べたいことがあって、ここの図書館へ入らせてもらいたいんです」
お願いします、と言いながら、グラージオは頭を下げた。
「わかった。私は図書館の責任者で、ジュネルだ。この紹介状を入館許可証として、図書館の利用を許可しよう」
「よろしいのですか、ジュネル殿」
イレギュラーなことに、門番が心配そうに尋ねる。
「ああ。何かあれば、私が責任を取るよ」
ジュネルが、まさにこの件の「責任者」となってくれた。
「ありがとうございます」
グラージオがもう一度、深々と頭を下げる。一拍遅れて、ルシーダも軽く頭を下げた。
これで、まずは第一関門突破だ。
ジュネルに
中はグラージオが知っている図書館とは違い、本がたくさん並んだ棚が部屋中にある、という光景ではなかった。
廊下が伸び、その両脇に扉が並んでいるのだ。この扉の、つまり部屋によって本が分類されているんだろう、とグラージオは推測した。
今歩いている廊下に人がいないのは、本当にいないか部屋の中にいるからと思われる。特殊な場所だから、職員も限られた人数しかいないのだろう。
「カルラムさんは元気かい?」
前を歩くジュネルが尋ねた。
「はい。お元気でした」
初対面だったので普段との比較はできないが、昨日会った彼の様子は元気と言っても差し支えないだろう。
とある扉を開け、ジュネルに言われてふたりはその部屋へ入ったが、そこは普通の部屋だった。
応接セットのようなテーブルと、それを挟んで向かい合うソファがあり、奥に執務用であろう大きな机があり、その横には本が並んだ棚が三本ある。
上から下まで、ほぼ隙間なく本は入っているが、まさかこれがこの図書館の本全てではないだろう。
恐らく、ここはジュネルの仕事部屋だ。
てっきり図書室の一室に案内されると思っていたグラージオは、驚くとともに少し警戒する。
紹介状に何か不備があるとか、カルラムとはどういう関係なのかを細かく聞かれるのではないか、と思ったのだ。
紹介状はカルラムが書いたものなので、その不備はグラージオにはどうしようもないが、カルラムとの関係はどう話したものだろう。
正直に言ってしまえば、たまたま向かった村で訪ねたら親切にしてくれた初対面の魔法使い、というもの。
だが、それでは「この紹介状は本当にお前達のものか」と疑われてしまわないだろうか。初対面でこんな紹介状を書くはずがない、などと言われたら……。
「どうぞ、座って」
ソファを勧められ、グラージオはどうしたものかと思ったが、ここで拒否したらややこしくなるかも知れないと思い、素直に座った。ルシーダもそれに
小さなテーブルを挟んで、ジュネルも座った。
彼の表情を見ている限り、疑わしそうにしている様子はないが……こういう所の責任者なら、いちいち感情を表に出すことはしないだろう。
決してやましいことはしていないが、色々不安なことを考えてしまうせいか、グラージオはやけに緊張してしまう。
「えーっと、それで……ルシーダが竜なんだね」
「え……」
いきなりさらっと言われ、言葉を失う。
グラージオの時はルシーダ自身がばれるような言い方をしてしまったが、今の彼女は何も話していないのに。
しかも、カルラムの時と違い、言い方が断定的だ。
「あ、驚かせてしまったかな。ここにそう書いてあるから」
グラージオの表情に気付き、ジュネルはそう言いながら苦笑した。
「え……」
グラージオは、また言葉を失う。
紹介状を書く、とは聞いたが、中にどんなことが書かれているかは読んでないので、ふたりにはわからない。
「あの、カルラムさんがそこに書いてるんですか?」
カルラムがくれた紹介状に書いてあるのだから、当然彼が書いたに違いない。
だが、びっくりしすぎてしまい、グラージオはわかりきったことを聞いてしまった。
「もちろん。あ、普通に読む分には、自分の知り合いだから図書館に入れてくれ、ということだけしか書いてないよ」
「普通に?」
意味が掴み切れず、グラージオは首をひねる。
「つまり、魔法で隠れてる文章があるってことね。何となく魔法の気配があったけれど、魔法使いが書いた手紙だからかしらって思ってたわ」
毒のせいで魔力のレベルが落ちているルシーダには、自分が感じ取っている気配が何なのかを確実に
仕方なく、そうなんだろう、ということで自分をごまかしていた。
「そう、本来の文章の下に、実は……ってね。ただ、この紹介状がなくても、何となくルシーダの気配が違うのはわかるよ」
カルラムも、同じことを言っていた。やはりレベルの高い魔法使いだと、そういうことがわかるのだ。
だてに「王立」と付く施設の責任者はやっていない。
「普段なら、完全に消せるんだけどな」
竜だとわかれば、どこでドラゴンハンターに狙われるかわからない。
そういった理由もあるが、普段通りの人間と接してみたいから、ルシーダはいつもならそう簡単に竜とわからないようにしていた。
だが、魔力レベルが落ちると、そういった細かい部分のコントロールができないようだ。
「あの、どこまで事情が書かれてますか?」
「彼女が竜であることと、毒を受けていること。ドラゴンハンターの仕業らしい、ということだね」
紹介状は短時間で書かれたように思えたが、カルラムはこの件で重要な事項をしっかり書いてくれたようだ。
あとの詳しいことはグラージオが説明すればいい、と考えたのだろう。
グラージオがどういう本を探したいのかを聞かず、ジュネルが最初にこの部屋へ連れて来た理由がわかってきた。
カルラムの本当の手紙を読み、ちゃんと事情を聞くためだ。ルシーダが竜であることや他の話など、廊下で立ち話できる内容ではない。
グラージオは、ルシーダと出会ってここへ来ることになったまでの事情を説明する。
この図書館でなら、ルシーダの受けた毒のことについてわかるかも知れない、とカルラムに紹介されて来た……ということを。
「今、ぼく達が知りたいのは、解毒法なんです。今のルシーダは普通にすごせているように見えますけど、体力が落ちてるみたいだし、疲れやすいようで」
「ちょっ、グラージオ。あたし、一度も疲れたなんて言ってないでしょ」
ルシーダが横で反論する。
「うん。だけど、本来の体力からすれば、かなり厳しいんじゃない?」
「……」
事実なので、ルシーダは否定できない。
今日は半日しか歩いていないが、すでにちょっと疲れていた。いつもなら、絶対にこんなことはない。
疲れた自分に、ルシーダはちょっとショックを受けていたのだ。ゆっくり休みたがっている自分を、受け入れにくい。
「解毒法か。毒を受けてるなら、当然知りたいことだろうが……まず、どんな毒かわかってるのかい?」
「え? あ……竜に効果のある毒だろうってことくらいで」
いきなりこんな質問が来るとは、全く考えていなかった。
どんな毒、と言われても、グラージオは専門家ではないので答えられない。
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