第6話 街へ

 カルラムに言われた通り、やはり目的地であるミドラーの街には到着できなかったので、野宿をした。

 眠る前、グラージオは念のため二重に結界を張っておいたが、朝起きて確認しても異常は見当たらない。

 人間の姿になったルシーダが竜だとハンターに気付かれていないのか、見失ってあきらめたのか。

 一番無防備とも言える就寝時に狙われなかったので、ふたりは少し気が楽になった。

 特に当事者のルシーダは、身体が疲れていたので眠ってはいたが深い眠りにならず、正直なところ、すっきりした朝にはならないでいる。

 なので、もう狙われてないかも、と思うだけでほっとした。

 追っ手がない、ということがこんなに楽に感じるとは。

 昼前、ライズトックの国の中心であるミドラーの街へ入る。

 首都だけあって、シェップ村とはくらべものにならない程賑やかだ。

 当然、人も多い。村の何倍だろう。荷物を運ぶ馬もかなりの数だ。

「こんなに人がいるのね……」

 ルシーダは目を丸くして、行き交う人々を見ている。

「もしかして、ルシーダはこういう街は初めて?」

 ルシーダの腰が引けているように見え、グラージオが尋ねてみる。

「うん……。あまり人が多いのって、ちょっと苦手で」

 人がいる場所へ行ったことはあった。ただ、首都となると、様々なものの規模が違う。

「怖いとかじゃないんだろ?」

 竜が人間を恐れるとは思わないが、小さな動物でも数が多すぎると気持ち悪く思える時はある。

「こういう所って、どこへ行けばいいのかわかんないわ」

 要するに、迷子になりそうなのが怖いらしい。いざとなれば、魔法でどうにかできるはずなのだが……。

 たくさんの人間と動物と建物に、自然の中に慣れている彼女は圧倒されているようだ。

「じゃあ、自分だけで来るのはやめておいた方がいいかもね」

 完全に「お上りさん」状態になってしまう。

 こういう所はいい人もいるが、残念ながら悪い人間もたくさんいるのだ。そう滅多なことでは「大変なこと」にならないだろうが、大騒ぎにはなるかも知れない。

「うん、そうする……」

 ルシーダはグラージオの袖を掴み、周囲を見回した。

「グラージオ、こっちを見てる人間が多いように思うの、気のせい?」

 こちらは立っているだけなのに、道行く人達がちらちらとこちらを見ている。ルシーダの気のせいではなく、しっかり立ち止まって見ている人もいた。

 目が合うとそらすが、たまたまこちらを見ていた、という訳ではないようだ。

 ドラゴンハンターのこともあり、今のルシーダは人間の視線が怖く感じてしまう。すぐに襲って来なくても、実は狙っているのではないか、と。

「え? ああ……たぶん、ルシーダがきれいだからだよ」

 艶のある、長く真っ直ぐなプラチナブロンド。整った目鼻立ち。すらりとした体型。絵画から抜け出したような美しさ、と言われれば、誰もがうなずくだろう。

 ルシーダは至って普通の人間のように振る舞っているつもりでも、その容姿は間違いなく美人と言われるもの。

 今は隣にいるグラージオも、こうして行動を共にしていなければ「きれいな女の子だな」と目を向けてしまうはずだ。

「え、そうなの? あたし、人間の目から見てきれいなの?」

 グラージオにさらっと言われ、人間の視線に恐怖すら感じていたルシーダはきょとんとする。

「うん。だいたい竜が人間になった時の姿って、人間から見ればみんな美男美女だって聞くしね。ルシーダも、例にもれずって感じだよ」

「そう……なの」

 竜だって、きれいと言われれば嬉しい。実際、ルシーダも嬉しいと感じていた。

 だが、こんなに注目されるのは……今の場合、問題ではないのか、とも思う。

「あたし、よくない目立ち方してない?」

「心配しなくても大丈夫だよ」

 自分の袖を掴んでいるルシーダの手を、安心させるように軽くぽんぽんと叩く。

 竜でも、ケガや病気のこと以外で、不安になったりすることがあるんだな。

 ルシーダのその様子に、グラージオは何となく親近感を覚えた。それとも、こんな風に戸惑うのは、彼女だけだろうか。

 どちらにしろ、ポプロの森であのまま放っておかなくて正解だった、と思える。

「えっと、王立図書館へ向かわないとね。王宮……があっちにあるようだから、あの周辺まで行けばわかるかな」

 街の中心に、王宮らしき屋根が見える。まだ街の入口付近なのに見えるのは、さすがと言うべきか。

 カルラムの話では、敷地内に王宮とは別棟で図書館がある、ということだった。

「ルシーダ、身体は大丈夫?」

 自分達がここまで来た目的を、改めて思い出す。

 ルシーダの身体には、まだ毒が残っているのだ。彼女曰く、かすっただけなので量としては多くないものの、解毒はできていない。

 病気になりかけている、もしくは半分病気の人間を連れ回してるようなものかも知れないのだ。

 ルシーダがけろっとした顔をしているので、グラージオはそのことを忘れそうになる。

「ええ、普通に歩く分には問題ないわ」

 それを聞いて、グラージオはほっとする。

 だが、ルシーダが「これくらいで疲れるなんて、人間って大変なのね」とつぶやくのを聞いた。

 それは、グラージオが尋ねたことに対しての感想なのか、自分の体力が落ちたことに対しての実感なのか。

 とにかく、早く解毒方法を探さなければ、と考えるグラージオだった。

☆☆☆

 お堀にかかる立派な橋を渡り、グラージオとルシーダは王宮の敷地へと続く門をくぐる。

 一応、門の両端に衛兵が立っているが、問題なく通れた。他にも出入りしている人はいるようだし、相当怪しい様子でなければ止めることはないようだ。

「わぁ……広いなぁ」

 街の中にある、王宮の敷地。王宮を中心に、色々な建物がある。

 今いる場所から全ては見えないが、きっとここだけで小さな村くらいはすっぽりと入ってしまいそうだ。

 門を通っただけで、敷地内を歩いている人の雰囲気もずいぶんと変わる。ほとんどの人が、制服らしき格好だ。

 女性はメイド服が多いようだが、かっちりした制服も多い。騎士らしい、鎧を身に付けた人も歩いている。

 街中の人ほどではないが、比較的ラフな服の人もいる。王宮に出入りする商人などだろう。

「人間って、本当に色々な格好をするわねぇ」

 ルシーダが感心したようにつぶやく。

 人間以外の動物は、仕事や生活様式によって格好が変わる、ということはない。せいぜい、オスがメスに気に入ってもらえるよう、羽がきれいだとか角が立派である、というくらいだろう。

 竜も自然の姿の時はありのままだから、人間の姿は不思議に思えるのかも知れない。

「よくも悪くも、格好を見てある程度の判断ができるから便利だよ。どんな職業の人なのか、とかね。それを悪用したり、差別したりする人もいるけど」

 言いながら、グラージオはふと気になった。

「ルシーダの格好は、人間の誰かをまねしてるの?」

「誰って訳じゃないわ。あたしの見た目がこうだから、こんな格好が合うんじゃないかって、仲間に言われてできあがったって感じね」

 人間社会を知る仲間が、旅に出る前のルシーダにアドバイスをくれたようだ。そして、自身が人間を見て、周囲から浮かないように少しずつ学習していく。

 ただ、服以外の部分、美形である点がどうしても目立ってしまうのは仕方ない。ここでも街中にいた時のように、ルシーダをちらちら見ている人がたくさんいる。

「えっと……早いところ図書館へ向かおうか」

「そうね」

 グラージオは近くを通りかかったメイド服の女性に声をかけ、図書館の場所を尋ねる。教えられたのは、王宮のすぐ横にある小さな建物だった。

「え……あれがそう、なんだ」

 国の中心にあり、国王が住む場所なのだから、王宮が大きいのはわかる。

 それに比べ、どうして頭に王立と付いている図書館がこんなにこじんまりとしているのだろう。

 王宮の敷地内にある図書館だから、もっと大きくて立派だと思っていた。王宮が大きいだけに、図書館が馬小屋以下のサイズに見えてしまう。

 もちろん、これは王宮と対比してのサイズだから、実際は馬小屋より大きい。それどころか、市民の家よりずっと大きくて頑丈そうだ。

 高さは平屋と二階建ての中間くらい、といったところ。この大きさの建物で、どれだけの蔵書があるのだろう。

 ただ、王立と付くだけあって、外見は白い壁に金の装飾が施されていたりと、派手と言おうかきらびやかだ。そこは王家の見栄だろうか。

 王宮の敷地内、と言っても別棟なので、王宮の入口と図書館の入口は別の扉だ。

 グラージオとルシーダは、図書館の入口がある方へ向かった。

「……これって図書館なのに、王宮と変わらない扉だなぁ」

 門番らしい人間が一人、開閉するのは重くて大変だろうと思われる立派な扉の横に立っている。

 勝手に入ろうとしても、確実にそこで止められるだろう。グラージオが開けようとしたら、絶対に何か言われる。

「やっぱり、市民向けの図書館とは違うってことか」

 他にも、同じように門番が立っている建物があった。敷地へはこうして気軽に入れても、簡単には入らせてもらえない場所が点在しているようだ。

「ここまで大きくなかったけれど、よその街にもこういうのがあったわ。普通の人間には用のない、面倒な術が書かれている魔法書とか、国交の裏事情が書かれた本なんかがあるって聞いたわよ。見た目が立派なのは、見栄を張ってる部分もあるみたいだけれど、魔法の防御も兼ね備えているみたい。おかしなことを考えている賊が、侵入しないための壁を造るためなんだって」

 たまたま別の国でこういったものを見たことがあるルシーダが、自分の想像とのギャップで少し呆然となっているグラージオに説明する。

「ああ、なるほどね。どの国にも禁書の一冊や二冊はあるだろうし、そういう本はやっぱりこうした防犯設備のある場所に保管する方がいいってことか」

 そのための門番、という訳だ。

 王宮のすぐ横にあるということは、重要度が上、ということだろうか。

「誰も読んではいけないって言うのなら、最初から本にしなきゃいいのにね」

「はは、確かに……。行こうか」

 図書館の入口に立つには違和感のある、いかつい中年男性の方へと向かう。

 ものものしい槍や鎧はないが、自分の背丈と変わらないくらいの棒を持っていた。彼だけを見たら、絶対にここが図書館だなんて思わない。

 図書館と書かれたプレートが扉の横にあるが、その文字と彼の存在はどことなくちぐはぐだ。

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