第5話 ルシーダ
「魔法書はここにいくらかあるが、そういった毒に関する本はない。……ルシーダ、今の具合はどうかな? ここへ来て多少の時間が経っているが、気分が悪くなってきた、ということは」
「そういうのはないわ。来た時と同じ。方法がなくて、がっかりしてるけど」
ルシーダは正直に伝えた。
ここで治せない、とわかれば、やはり精神的に多少のダメージはある。
「そうだろうね。すまない。それなら……そうだな。体力に余裕があるなら、ミドラーの街へ行ってみるといい」
「ミドラーの街? そこって、ライズトックの中心ですよね?」
「ああ、王宮がある街だ。この周辺の村や小さな町では、恐らくここと変わらない情報しかないだろう。だが、ミドラーは大きな街だ。王立の図書館へ行けば、何か方法が見付かる可能性は高い」
国の中心なら、情報もこことは桁違いだ。
「街の中で矢を向けられることはないでしょうし、行く価値はありそうね」
たとえ隠れて狙われたとしても、そばにグラージオがいればドラゴンハンターも自分の行動を考えるだろう。
狙った矢が当たり、ルシーダが倒れたとして。
グラージオや街にいる大勢の人達が行き交う所へのこのこ出て来て、彼女の身体を回収するとは思えない。知らない人が見れば、明らかに殺人だ。
街の中なら、腕に覚えのある人間が周りにたくさんいるだろうし、街を
それらの人々を、全て相手にできるだけの実力があるとは思えない。
「だけど、王立の図書館なんて、簡単に入れてもらえるんですか?」
グラージオはライズトックの国民ではない。仮に国民だとしても、一般市民が使わせてもらえる図書館だろうか。
もちろん、王立と付いても気軽に使える施設はある。だが、カルラムが言っているのは、たぶんそういう図書館ではない。
「貴重な蔵書も多いから、前もって入館許可をもらう必要がある。安心しなさい。これでも王宮務めをしていた人間だからね。さすがに引退した立場で入館許可証は出せないが、紹介状を書くくらいはできるよ。あそこの責任者とは、顔馴染みでね」
「いいんですかっ」
暗くなりかけた目の前が、急に明るくなってきた。
ルシーダも、意外な流れに目を丸くしている。
「少し時間をくれるかな。急いで書き上げるよ」
☆☆☆
カルラムが書いてくれた紹介状を受け取ると、何度も礼を言ってグラージオ達はシェップ村を出た。
今から村を出ても、今日中にミドラーの街へ着くのは、時間的に無理。
カルラムからもそう言われたが、少しでも早く手掛かりがほしい。村でゆっくりしていられる気分ではなかったのだ。
「グラージオ、結界はできるね?」
太陽もまだ高いので今日中に行ける所まで行く、と言った新人魔法使いに、大先輩が尋ねた。
「はい、できます。それが?」
「村や街の外を歩く時は、ルシーダにかけなさい。できるのなら、離れた場所から見ても姿がわからなくなるものがいいだろう。街の中なら安全と言えるかも知れないが、そこへ行くまでの道中は人の姿もあまりない。次に狙われれば、恐らくルシーダは歩けなくなるだろう」
その言葉に、グラージオは緊張する。
「ドラゴンハンターという
魔法で襲われても、相手が近くにいる、もしくは相当強力な魔法でなければ、ある程度は防げるはず。矢を放たれても弾き返せるような強い結界にしておけば、ルシーダの安全は守られのだ。
危険な道中はこれですごすように、カルラムから言われた。
「結界なら、あたしもできるわよ」
村を出てグラージオが結界を張ろうとすると、少し不満そうにルシーダが言う。
「ルシーダは、力が落ちてるって自覚があるんだろ? だったら、元に戻るまでは移動するために、魔力・体力を温存しておいた方がいいよ。王立図書館へ行っても、すぐに解毒方法がわかる、とは限らないんだから」
「……いやな予想ねぇ」
ルシーダが眉をひそめる。
「先のことはわからないんだから、備えられる時は備えておこうよ。ルシーダは自分のために、力をとっておいて」
そう言いながら、グラージオはカルラムのアドバイスに従い、中がわかりにくいようにする結界をルシーダに張った。
グラージオにはルシーダの姿がよく見えているが、術者以外には彼女の姿はよくわからなくなる魔法だ。
第三者が近くに来れば、グラージオの隣りに妙な浮遊体があるように見えるだろう。見えると言っても、勘の鋭い人だけだ。普通の人には、それすらもわからない。
魔法使いならわかるが、それでも遠くからだと曇りガラスの向こうに誰か、もしくは何かがあるのかな、と思われる状態だ。
カルラムが言ったように、これならハンターがいきなり矢を放ってくることはないだろう。見えていないのだから、余程のまぐれでもなければ当たることはない。
失敗すれば、どの方向に自分がいるかが知られてしまう。
そうなれば「獲物」に逃げられるし、下手すれば反撃される恐れだってある。未熟でも竜には人間を殺すくらいの力は十分にあるから、ハンターもそんな危険は冒さない。
彼らは自分が安全な位置にいるから、魔力の強い獲物でも狙うのだ。
「ふぅん。グラージオって、いい腕ね」
自分に張られた結界を見て、ルシーダがほめた。
「そう? ありがとう。竜にそう言ってもらえると嬉しいな」
言われたグラージオの方は、素直に喜んでいる。
周囲に怪しい人影などがないかを確認し、ふたりは街へ向かって歩き出した。
「結界だけで、腕がいいとかっていうのがわかるもの?」
極端に下手なものや強い結界なら、たぶんグラージオにも判別できる。これまでそういう機会がなかったので、はっきりとは言えないが。
「どの魔法にしても、術者の性格や力量はだいたいわかるわよ。あたしより上の竜なら、これは自分の知り合いが使った魔法だってこともだいたいわかるしね。今のあたしはこんな状態だし、そうでなくてもそんな細かい部分は判断できないけど、いい悪いくらいは言えるわ」
上の竜、というのはおとなの竜という意味だろう、とグラージオは考えた。
それにしても、結界だけで腕のいい悪いが判断できるなんて、不思議な気がする。自分は十人並みだとグラージオは思っているので、ほめられるとは思わなかった。
「やっぱり、力があるってだけじゃないんだな。人間でも、カルラムさんくらい経験のある魔法使いなら、ある程度のことはすぐに感じ取れるって聞くし。実際に、ルシーダのことも勘付いたよね。ぼくはまだまだだな」
倒れていたルシーダを、普通の女の子と思ってしまった。
ルシーダがうっかりドラゴンハンターに追われている、と言わなければ、竜だとは想像もしなかっただろう。
せいぜい、訳ありの女の子、くらいに思うのが関の山。
「グラージオは、魔法を使い始めてどれくらいなの?」
「五歳くらいからだから、だいたい十三年になるかな。さっき行ったシェップ村よりもう少し賑やかな、でも田舎の町にいたんだ。カルラムさんみたいな、現役を引退した魔法使いが近所にいてね。その人に教えてもらったんだ」
基本的な魔法と、多少の応用を教えてもらった。特殊な職務に
でも、ある程度のことができるようになると、もう少し違う世界を見てみたい、と思うようになる。
師匠となる魔法使いが高齢で、もう教えることも体力もないから好きにしろ、と言われたこともあり、こうして旅に出たのだ。
目的地や期間は決めず、あちこちを回って何かを吸収できればいい、と思って歩いている。そのうちやりたいと思えることに出会えるだろう、と期待して。
「ルシーダは? 竜と人間じゃ、時間の流れ方が違うって聞いたけど、いくつなの?」
「女性に年齢を聞くのは失礼って、あなたの周りで教えてくれる人はいなかったの?」
きれいな顔で怒られると、迫力がある。
「え……それって、竜にも当てはまる?」
戸惑いながら、もう一度尋ねる。
竜と人間では生きる年数が違うから、そんなに気にしないと思っていたのだが……。
「どんな種族であれ、女性には違いないんだから、当たり前でしょっ」
「そ、そっか。ごめん。じゃあ、竜にとっての一年って、人間にとってはどれくらい?」
「んー、そうねぇ。明確にこうだってことは言えないけれど、だいたい五年くらいかしら」
人間が一歳になるまでに、犬やねこが何歳にもなってしまうようなものだろうか。竜が見れば、人間は何て早く年を取るのか、と思われているのだろう。
「前にあった竜は、街にいそうな紳士風だったんだ。ぼくに合わせてくれたのかなって思ってたんだけどさ。竜ってみんな、人間の姿になれるもの?」
「ちゃんと聞いたことはないけど、たぶんね。魔力が強ければ、魔性だって人間の姿になれるから。竜は世界で一番魔力が強いから、生まれたてでもない限りはなれるわよ」
「人間になる時の格好って、その時によって変わったりするのかな。例えば、今のルシーダはぼくと変わらないくらいの女の子だけど、もっと小さな子になったり、おばあさんみたいになったりとか」
「なろうと思えばね。だけど、それは人間で言うところの、変装みたいなものよ。あたしの場合、人間の姿になった時はいつもこんな感じ。竜自身の精神年齢が人間になった時の姿に反映されるわ」
つまり、今のルシーダは見た目がだいたい十六歳くらいだとして、それに五をかけた数字が竜としての年齢、ということになるようだ。
ぼくのおじいちゃん、おばあちゃんより年上ってことか。
素早く計算したグラージオだったが、数字については黙っておいた。
一方のルシーダは、何ということのない質問によって自分の年齢がばれていることに気付かないでいる。
彼女ははきはきしているし、しっかりしているように見えるが、時々こうして抜けている部分があるようだ。
最初に会った時も「ドラゴンハンターに追われている」と言いながら、竜なのかと聞いたら慌てて「違う」と言い直したりしていた。
竜は色々な面で強いと言われる生物だから、人間から見てすごいと賞賛されることも多い。だが、彼女のそうした部分を見ると「かわいい」と思えるのだった。
……それを言ったら、ルシーダは怒るかも知れないが。
そんなお互いのことを話しながら、ふたりは歩いた。
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