第4話 村の魔法使い
「グラージオ、魔法使いに話を聞くのはいいけれど、どう切り出すつもり?」
村人に聞いて、魔法使いが住んでいる家へ向かっている途中、ルシーダが尋ねた。
「どうって、こういう事情でって話をするつもりだけど」
いきなり全てを明らかにするつもりらしい。それは無謀ではないだろうか。
「もしその魔法使いが、例のドラゴンハンターと組んでいたりしたらどうするのよ。ポプロの森とはそんなに離れていないし、ここの村人が実は……ってこともあるじゃない」
グラージオが魔法使いとわかっても、ルシーダは今のように疑っていた。たぶん、彼が普通の村人でも商人でも、疑っていただろう。
犯人がはっきりしない限り、誰が自分の敵となるか断定できないのだ。
まして、今から会いに行くのは、彼らの全く知らない魔法使い。どういう事情を抱えている人かわからないから、ルシーダが疑心暗鬼になるのも仕方がなかった。
「でもね、遠回しに話しても、肝心な部分に近付けないよ。今のルシーダは力が人間と変わらないみたいだけど、この先もずっとそうだとは限らない。毒って解毒したつもりでも身体に残ることが多いし、そうなるとどこかしらに不具合が出て来るからね。早く確実に解毒する方がいいよ。もし、その魔法使いがハンターとグルだったら……」
「グルだったら?」
「とりあえず、急いでこの村を出るしかないね」
「それが対応策なの……?」
グラージオの言葉に、ルシーダはがっくりと肩を落とす。
短い時間の中で会話を交わし、どうやらグラージオはその表情や口調、雰囲気と同じく、基本的にのんびりしている性格だと知った。
たまに鋭いことを言ったりするが、やっぱり突っ込みたくなることもよく言う。まさに今のように。
「とにかく、怖がってばかりじゃ前へ進めないよ。大丈夫、ルシーダはひとりじゃないんだから」
「……」
たまにこうしてあっさりルシーダを黙らせてしまう辺り、のんびりしているようだがあなどれない部分もある。
グラージオは教えられた魔法使いの家に着くと、その扉を叩いた。中から返事があり、扉が開くと高齢の男性が現れる。
少しくせのある白い髪は肩まであり、黒い瞳は知性を感じさせた。グラージオの父よりかなり上のようだが、祖父よりは若そうだ。
長身のグラージオ程ではないが、彼の年齢にしては背が高い方だろう。こちらへ向けられる視線は力強い。
「おや、珍しいお客さんだね」
村人でもなく、知り合いでもない。見知らぬ若い旅人の来訪に、家の主はわずかに首を傾げた。警戒、というところまではいかないが、いぶかしんでいる様子だ。
「突然すみません。あの、あなたがカルラムさん、ですか?」
「ああ、そうだよ」
「初めまして。ぼくは魔法使いで、グラージオと言います。彼女はルシーダ。この村に入った所で、あなたが魔法使いだとお聞きしたんですが」
「今は隠居しているがね」
グラージオが礼儀正しく話したためか、カルラムの表情が穏やかになったように見えた。
「ライズトック国王に仕えていたのだが、いい年齢になったので引退したんだ。この村は、私の出身地でね」
今、彼らがいるのはライズトックの国。つまり、彼はこの国でかなり地位の高い魔法使いだった、ということだ。
まさか、いきなりそんな人に会えるとは思わなかった。
使う術によっては、魔法はかなり体力を要する場合がある。なので、カルラムくらいの年齢の人は後輩の指導に回ったり、魔法やそれに関連する事柄の研究をするようになることが多いようだ。
しゃんと伸びた背筋を見る限り、足腰が弱っているようには思えなかった。だが、彼はのんびり余生をすごすことを選んだらしい。
現役時代が激務だと、こういう暮らしをしたくなるのだろうか。
「実は、相談にのっていただきたいことがあるんです。ご存じなら教えていただきたいことがあって」
「ほう……まぁ、立ち話も何だから、入りなさい」
招かれるまま、ふたりは中へ入る。どうやら一人暮らしのようだが、部屋はきれいに片付けられていた。
テーブルには数脚のイスがあるので、きっと来客がよくあるのだろう。国王に仕えていた人なら、知り合いも多いに違いない。
グラージオ達は勧められるまま、そのイスに座った。
お茶を出され、その香りにほっとする。手際がいいのは、やはり来客が多くて慣れているのだろう。
カルラムは彼らの向かい側のイスに座ると、雑談はせずにすぐ本題へ入った。
「さて、相談と言われたが、私でわかることだといいがね。その前に……グラージオ、きみは魔法使いと言ったが、そちらのお嬢さんは? 何か少し違う空気を感じるのだが」
あっさり言われ、グラージオは驚いた。国に仕えていた、というのははったりではないようだ。
グラージオは自分の名前と魔法使いであることを告げたが、ルシーダについてはあえて名前しか言わなかった。
しかし、特殊な気配をカルラムは感じ取っていたらしい。
それは、単なる魔法使いではない、と思う程度なのか、人間ではないことまでわかっているのか……。
「竜よ」
一瞬グラージオと目を合わせたルシーダだったが、自分で正体を明かした。どうせどこかで白状しなければいけないのだ。
「なるほど。道理で、珍しい雰囲気を感じるはずだ」
カルラムに驚いた様子はない。
「そういうのって、雰囲気でわかるものなんですか? ぼくはルシーダに言われなかったら、ずっとわからないままだったと思いますが」
「そうだね。言ってしまえば、場数だよ。色々な魔法使いや魔獣や竜と関わっていれば、自分の感覚が研ぎ澄まされてくるものだ。竜にもよるが、彼らは自分の気配を隠そうと思えばいくらでも隠せる。もちろん、そういった小細工のようなことはしない竜もいるが……この竜のお嬢さんはそういうのとも少し違うようだね。若いから、というだけではないようだが」
隠居しているとは言っても、やはり経験者は違うのだ。会っただけでそんなことまでわかるなら、隠す必要はない。と言うより、隠せない。
グラージオは初めから話すつもりでいたが、隠すつもりでカルラムに会いに来ていたら今頃は軽いパニックだ。
「ポプロの森でケガをして倒れていたところを、ぼくが見付けました。彼女自身もはっきり断定はできないようですが、ドラゴンハンターに狙われたみたいです」
「こんな所に……」
カルラムはあごをつかみ、考え込む。
「人間がこの世界に存在するようになった頃には、すでに竜は存在していた。そして、竜は一部の人間に魔法を教えたと言われている。人間にとって、特に魔法使いにとって竜は師であり、存在そのものが宝だ。欲に目がくらみ、追う
獣を狩るのは、その命を取り込んで自分の命を長らえるため。害をなす獣や魔物を殺すのは、自分の命を守るため。
それ以外で、奪っていい命はない。
だが、私腹を肥やすことを目的にした殺しをする人間は、少なからず存在する。
そして、その被害者の中には竜も含まれるのだ。
「ドラゴンハンターと呼ばれる者達は、普段は魔物退治をするなどして生計を立てていることが多いようだ。その合間に自分が手にかけられそうな竜を見付けた時、目標をそちらに変える。魔物を殺すことに関しての法律はないが、竜を殺せば厳罰だ。しかし、明らかに竜を狙った、捕まえたという証拠がなければ、役人は手を出せないのが現状。つまり、捕らえることができない。自分の仲間を殺された竜がいつか人間に仕返しをしても、我々には何もできないだろう」
正確な数字はないが、これまでに多くの竜が「人間」の手にかかっている。それは現実だ。
人間より魔力の強い竜が怒れば、人間の住むエリアなどあっという間に
「見た限り、今はケガもないようだが?」
「グラージオが治してくれたわ。でも、毒に
発見した時のルシーダがどういう状態だったか、今はどうなっているのかをグラージオは話した。
「そうか。それでそういう気配になっているのか。私もこれまでに何度か竜に会ったが、そのどれでもない気配なので妙な気がしていたが。毒のせいで、力が落ちたか」
明確に「きみは竜だね」と言わなかったのは、カルラムに断定できるだけの力強さがルシーダになかったからだ。
「解毒の術は効果がないみたいなんです。ぼくの力が不足してるか、術ではなくてちゃんとした薬が必要なのか、その判断ができなくて。とにかく、何か知っていそうな人を探して、ここへ来たんです」
「そうだったか」
グラージオの言葉に、カルラムは考え込む。
ドラゴンハンターと呼ばれる人間が牢屋送りになったのを、これまでに何度か見たことはある。だが、その時の被害者である竜は、すでに命を落としていた。
致命傷を負わせたか、毒でじわじわと命を削ったのかはその時々で違うが、まだ助かりそうだから、と処置を
よその国や地域ではそういう状況があるとしても、少なくともカルラムはしたことがないし、自分の知り合いがした、と聞いたことはなかった。
竜自身が毒だと言っているから、ほぼ間違いはないだろう。
だが、それがどんな毒で、解毒薬はどうやって作ればいいのか。
これまで多くの魔法を経験してきたカルラムも知らない。いわゆる専門外だ。
魔法使い同士の話で聞いたことはあるかも知れないが、記憶には残っていない。
「すまない。今ここで、私が力になることは無理だ。きみ達が考えたように、恐らく竜にのみ効果のある毒だろう。だが、どういった薬が使われているかはわからない」
「そう、ですか……」
毒の中身がわからないなら、解毒薬も当然わからない。
すぐに見付かる、とは思っていなかった。しかし、国王に仕えていた魔法使い、と聞いて期待してしまったのは否めない。
その分、落胆してしまったことも。
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