第3話 手助け

 傷はちゃんとふさがっていた。グラージオの魔法はちゃんと正常な効果があったのだ。

 しかし、傷が完全に消えてすべすべの肌が復活しているかと言えば、そうじゃない。

 傷があったであろう周辺が、火傷の痕のように少し盛り上がっていた。これはおかしい。

「実はぼく、以前に地の竜と会ったことがあるんだ。少し話を聞かせてもらったけど、竜は元々治癒力が高いんだよね? 苦手な素材の武器も存在はするけど、簡単に致命傷にはならないって話だった。彼はおとなだったけど、それを差し引いたとしてもルシーダの身体に傷が残るのはおかしいね。傷はぼくが治癒魔法で治したはずだし、傷痕が残るなんて」

 もしルシーダが人間だったとしても、あの魔法でちゃんときれいに治るはず。

 それに、竜であろうとなかろうと、こんな傷痕が残る程に深いケガではなかった。それならもっと出血もあっただろう。左の袖全体がもっと血に染まっていたに違いない。

「ルシーダに当たったのが矢だったとして、それに毒が塗られていたのかも知れないね。ドラゴンハンターのことはぼくも少し聞いたことがあるけど、動けなくするように毒を使うこともあるみたいだから」

 相手は、強大な力を持つ竜だ。武器の一つや二つでどうにかできる存在ではない。

 たとえわずかでも動きを封じられるように、ドラゴンハンターと呼ばれる者達は毒を多用するようだ。

 あまり使いすぎると、仕留めた後に得られる素材が劣化するので、そこはハンターの加減次第だが……どちらにしろ、竜にとっては迷惑でしかない。

「毒……そうかも。こんな感じ、いつもとは全然違うもの」

「そんなに得意ではないんだけど、やってみるね」

 やるって何を? とルシーダが問い掛けようとしたが、グラージオの唱える呪文で解毒の治療だとわかった。

「……どう?」

 呪文が終わり、グラージオはルシーダの顔を見た。

「あんまり変わらないみたい。ほんの少しだけ、楽になったかなって感じかしら」

 もう平気よ、と言いたいところだが、たぶん表情などからすぐにばれるだろう。

 グラージオの魔法はありがたかったが、ルシーダは正直にそう答えた。

「やっぱり。手応えがなかったからね。たぶん、特殊な毒なんだよ。竜を相手にするからには、単純な毒じゃないだろうな。竜だけに有効なものかも」

「でしょうね。何だか……相手にならない感覚があるもの」

 グラージオが話を聞いたと言っていたように、竜は確かに治癒能力が高い。ルシーダは若いし、体力もある。多少の毒にあたったとしても、すぐに自分で解毒できるはずなのだ。

 それなのに、手も足も出ない状態になっている。魔法で何とかしようにも、その魔法がうまくできない。

「だとしたら、解毒薬も特殊なものが必要なんだろうな。んー、だけど、そういうのって聞いたこともないし。ルシーダは何か知らない? どこにある何が必要かって」

「知らないわ。ドラゴンハンターなんて、自分とは関わりないものだと思ってたもの。まさか遭遇するなんて。それにしても、毒を使って来るなんて……卑怯よねっ」

 どんっと拳で地面を叩く。振動が伝わったのか、そばの木が揺れた……気がした。

「え、えっと、とにかく方法や材料を知らないなら、どこかで調べるしかないね。この森を出たら、いくつか村があるはずなんだ。そのうちのどこかへ行って、魔法使いか薬剤師か……とにかくそういう毒や薬に詳しい人を見付けて、話を聞こう。うまくいけば、そこに解毒薬があるかも知れないし、なかったとしても手掛かりの一つや二つはあるはずだよ」

「そうね。自分が知らないことは、尋ねるか調べるかしなきゃ。行ってみるわ」

「うん。今のルシーダの姿なら、村へ入っても違和感は全然ないよ。ドラゴンハンターが気付いたとしても、村の中でいきなり矢を射かけて来ることはないと思うんだ。知らない人が見れば、人殺しをしようとしているようなものだからね。周囲に人がいれば大騒ぎになるから、ルシーダが今の姿のままなら表立っておかしなことはしてこないよ。昔ならともかく、今は竜を狩るのはどの国でも禁止しているから、正体が知られてもみんながきみの味方になってくれる」

 味方してくれても、実際に矢を向けられたら逃げるわよね。

 グラージオの言葉を聞いて、ルシーダはこそっと思った。

 でも、確かに人間の中にいれば、大っぴらに襲われることはないはずだ。そこがドラゴンハンターばかりの村でもない限りは。

「とにかく、物騒な狩人がいるらしい森は早く出た方がいいわね」

「うん。ずっとここにいたら、それはそれで怪しまれるかも。あ、袖も直した方がいいね」

 グラージオが、魔法で燃やした袖を戻す。

「ちゃんと言ってなかったわね。傷を治してくれてありがとう、グラージオ。本当に助かったわ」

 さっき一応の礼は言ったが、意識は完全にあさっての方向だった。なので、改めてルシーダは礼を言う。

「当然のことをしただけだよ。じゃあ、行こうか。ルシーダ、歩ける?」

「え……?」

 てっきり、グラージオの口からは「気を付けてね」といった言葉が出るかと思っていた。今の言い方だと、完全に同行者だ。

「グラージオも、行くの?」

「うん」

「だけど、あなたには関係ないことでしょ」

 グラージオは倒れていたルシーダを、近くを通ったことでたまたま見付けただけだ。彼女の毒をどうこうするために、彼が動く義理も義務もない。

「あ、やっぱりハンターの仲間で、あたしを見張ってるとか」

 油断させて、弱ったところを……なんて考えているのか。

「まさか。困ってる誰かを手助けするのに、理由がいる?」

 あっさり言われた。

「だけど……あなた、行く所があるんじゃないの?」

「ぼくは見聞を広げるって名目で、ここ半年くらい色々な場所を旅してるんだ。期間や目的地は特に決めてないから、どこへ行くのも自由だよ」

 それなら、ルシーダと変わらない。

 魔力・体力の向上と経験を積むために、半年前から旅をしているのだ。彼と同じく、目的地は特にない。偶然にも、旅をしている期間も同じ。

「あ、もしかして人間と一緒にいると、迷惑かな」

 ルシーダが何か言いよどんでいるような様子に気付き、グラージオははっとした。

 自分はあくまでも、助けたいという気持ちから言っている。だが、相手にとっては迷惑なだけ、という時もあるだろう。いわゆる、大きなお世話。

 まして、ルシーダは竜だ。人間にはわからない規則や慣習などがあって、人間は踏み込めないのかも知れない。

「ううん、そういう訳じゃないんだけれど。たまに村や街へ行って人間と交流することはあっても、行動を共にするってことはなかったから……」

 人間の住む場所へ行っても、彼らと一緒にいるのは短時間。会話もそう長いものは今までなかった。

 迷惑ではない、というのは真実だが、正直に言えばこういう状況は少し戸惑いが生じる。

「この周辺を歩いていた時、小鳥達が妙に騒いでいたんだ。そして、きみを見付けた。もしかしたら、この森の主がぼくを導いたんじゃないかなって思うんだ。ぼくの勝手な想像だけど。きみだけでは大変だからって」

 小鳥達がやけに騒いでいた。もしかしたら近くに魔物がいるのではと警戒し、あちこちを注意深く見ながら歩いた。

 それがなければ、グラージオは森を抜ける道をただ歩き、ルシーダに気付かないまま行ってしまっていただろう。

 そうなれば、ルシーダは毒でどうなっていたかわからないし、ルシーダいわくのドラゴンハンターに捕まって命を落とすことも考えられた。

 もちろん、どれもが偶然かも知れない。でも、森の中に存在する大きな力が、ふたりを引き寄せたような気がするのだ。

 グラージオは魔法使いで、見えなくてもそういう力があるということを知っているから、なおさらにそう思う。

「ん……そうかな」

 間違いなく、今のルシーダは大変な状況におちいっている。

 自分だけでやれなくはないが、助けがあればやはり助かる。グラージオが言ってくれなければ、村や街で解毒の方法を探そう、なんてことも考え付かない。

 同時に、人間に頼ることがあるなんて、想像しなかった。

「じゃ……行きましょうか、グラージオ」

☆☆☆

 グラージオとルシーダは、一緒にポプロの森を出た。

 ルシーダの体調を考え、グラージオは少しゆっくりめに歩く。身体が落ち着くまで少し休んでいたおかげか、歩いていてもルシーダがふらつくことはないようだ。

 彼女を襲ったドラゴンハンターが今のルシーダの姿をわかっているかは確かめようもないが、森をうろうろしていたら目を付けられてしまう。

 念のため、尾行されていないかを確かめながら進んだが、それらしい人影はどの方向にもなかった。

 森の中で見付からなかったのなら、まくことができたと思っていいだろう。

 グラージオがこの周辺のざっくりした地図を持っていたので、村があるだろうと思われる方へ歩く。

 目的地がない時はこれで問題ないのだが、行きたい場所がある時は方向がわからないと大変だ。

 歩いているうちに木でできた古い道標みちしるべを見付け、一番近いのがシェップ村だとわかった。ひとまずの目的地が決まる。

 村へ向かう間に話すことで、ルシーダの現状がはっきりしてきた。

 どうやら今の彼女は、竜に戻れなくなっているらしい。魔力、体力が人間とほぼ変わらないくらいだろうか。

 普段であれば、人間の姿になっても竜が持つ力はそのままだから、力が減少しているということは、やはり毒の影響が出ているのだ。

 竜の姿なら、自然の中にいる方がいいだろう。だが、竜に戻れず人間の姿のままなら、人間の中にいた方が絶対に紛れ込みやすい。

 幸い、ルシーダには人間に対する拒否反応みたいなものはなかった。人間の姿でいることに、これという不都合はないらしい。

 ようやく着いたシェップ村は、地図で見た通りに小さな村だった。

「え、そうなんですか」

 村へ入ってすぐの所にいた村人に聞くと、ここには魔法使いがいると言う。願ってもないことだ。

 普通、小さな村に魔法使いがいることは少ないので、特に今の状況ではとてもありがたい。

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