第37話 検証

 落下するアイオライトの翼を広げてカティンカは減速を試みた。

 エーテル・ジェネレーターをやられて出力が足りないために、浮力を得ることはできない。さらに手を伸ばして巨木の枝を掴もうと試みた。

 バキバキと枝が折れていく音が聞こえ、やがて速度は落ち、地上ギリギリのところでアイオライトは枝を掴んで停止した。


「ふぅ……。やってくれたものだな……」


 シートベルトをはずし、ハッチ開閉ハンドルを引く。背後から明かりと湿気った森の臭いを含んだ風が入り込んできた。

 ハッチから外に出ると、あの恐ろしいほどの雨は止んでおり、生温かい風が流れていた。


「嵐は去った……か? いや、あの魔剣が嵐を呼んでいたのか?」


 カティンカは空を見上げて飛び去っていくドラグーン・バリシュを見送った。

 マイス遺跡の方から駆けつけてくるフォートレスの足音を聞き、カティンカは己の両頬を手で叩き気合いを入れ直した。


「魔剣は取り逃がしたが、事件を見届け場合によっては手助けをする義務がある。しっかりしろ、カティンカ!」


 伯父がいたら自分に投げかけたであろう言葉を呟き、カティンカは追いついてきたドラッヘ・テンツェリンの二騎に指示を出した。


「すまないがアイオライトの回収を頼む。トロンベの修理が終わり次第、我々はクラウツェンに向かい情報収集を行う」

『承知いたしました!』


 アイオライトから降りつつ、カティンカは一瞬、バリシュが消えた空を見上げた。そしてすぐに迎えにきた馬に乗り、走っていった。


 数日が過ぎた――

 速度が落ちつつもバリシュはクラウツェン精霊首長国の領海を通過し、ケープ・シェルへと進み続けていた。

 その間、アルフィンとベルとバレンシアは忙しい日々を送っていた。なにしろ、超帝国の文字を解読できる人間は、その三人しかいない。

 艦の責任者でもあるバレンシアは解読にかかりきりになれないため、当然、その仕事はアルフィンとベルに回ってくる。ベルはいつものノンビリした調子で解読を進めていたが、問題はアルフィンだった。

 寝食を忘れてレリクスの解読に夢中になるため、誰かがついていて世話をしてやらないといけない。


「嬢ちゃんの行動は、まるで仔犬だな……」

「どういうことよ……」


 お目付役のランディのボヤキに、格納庫で資料と照らし合わせながらレリクスを調べていたアルフィンは不満そうな声を漏らした。


「だってそうだろ? 寝食忘れて調べ回って、眠くなったらそのままバタリと所構わず倒れちまってんだぞ?」

「うー……」


 二日ほど貫徹してレリクスを調べていたアルフィンは、格納庫の片隅で倒れてそのまま寝コケていたのだった。それを最初に発見したランディだったため、彼が死ぬほど驚いたことは言うまでもない。

 これが発見者がユクシーかネビルだったら、またやってるよ……というノリで大騒ぎにはならなかったのだが……。

 仕方ないため、アルフィンにお目付役が就くこととなった。


「ちょっと限界突破しちゃっただけだよ……」

「ちょっとぉ? こっちはそのちょっとで死ぬほど驚いたんだぞ!」

「悪かったわよ……」

「説教はそのくらいにしといてやんな。あんまりグチグチ言う男はモテないぞ。そら、飯だ」


 昼食を運んできたバレンシアが頃合いを見計らってランディの説教を止めたため、アルフィンは助かったというように息を吐いた。


「ありがとうございます。しかし姐さん、こういうことはしっかり言わないと……」

「また繰り返させないようにお目付がついてんだ。問題ないだろ。ほら、マスタード」

「あ、ありがとうございます」


 バレンシアが運んできた昼食は、厚切りのハムと僅かばかりの野菜を挟んだサンドイッチとコーヒーだった。粒マスタードは好きに塗れというように、瓶をランディの前に置いた。


「で、レリクスについちゃどこまで分かったんだい?」

「とりあえず人間用はこれかな」


 アルフィンは目覚ましのためか、大量の粒マスタードをパンに塗りながら、バレンシアにリストを差し出した。


「ほう……。大した量があったじゃないか……」


 回転弾倉拳銃がさらに発見されて合計で五丁。

 弾薬が通常弾、空砲、徹甲弾それぞれ二〇〇発ずつ。

 後装填式四〇ミリ砲が三丁。

 こちらの弾薬は通常弾、空砲、炸裂弾それぞれ五〇発ずつ。

 対フォートレス・ハルバートが一本。

 対艦用ガンランスが四丁。

 光熱石が五〇本。

 そして、より詳しく調べないと分からない機械などが多数。

 オーニソプターが三機。


 オーニソプターについては、すでに整備員が整備に当たっていて、ケープ・シェルに戻る頃には完全に稼働する状況になるとのことだった。

 そして肝心のフォートレス用の装備は、例のシャムシールとスピンヘッド・ウォーハンマー以外は、やはり分からないものだらけだった。


「このスピンヘッド・ウォーハンマーってやつが、ピック部分がスピンストックになってるやつだね?」

「そうね……。問題はシャムシールね……」

「なにが問題なのさ?」

「これ……たぶん、バーン・ブレードなのよ」

「バーン・ブレードって……高熱を発して切れ味を増させる武器だろ? 想定通りの武器だったってことだな」

「それだけなら……ね」

「……どういうことだ?」


 アルフィンはシャムシールの前に行き、その刃に刻まれている模様を指さした。


「この亀裂のように走っている模様で、どうも分離するらしいの」

「はあ? バーン・ブレードの上に、ブレード・ウィップってことかい?」

「そうなんだけどぉ……」


 刃が一〇個に分離し、鎖のように絡みつくのがブレード・ウィップの特徴だった。問題は、その刃をつなぐものが通常はワイヤーなのだが、どうもこれは違う様子だった。


「エーテル・ラインって言う、謎の物質でつながっているらしいの」

「…………」


 その聞いたことがない素材に、バレンシアもランディも眉間にシワを寄せて首を傾げるしかなかった。

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