第36話 空中戦

「嘘だろ……」


 思わずバレンシアの口からそう零れたが、ランディの真剣な顔が真実であることを物語っていた。


「嘘じゃありませんって! アイオライト以外に、二騎の随伴騎がいやがる。砂色の機体だから、あれがドラッヘ・テンツェリンってやつですよ!」

「随伴騎まで降ろしたのね……。本気で攻める気か……」


 少し考え込んだバレンシアはランディに双眼鏡を渡した。


「それは暗視が少しついてる双眼鏡だ。壊すんじゃないよ!」

「承知してまさー!」

「あんたはそれを使ってもっと情報を集めてきな! バリシュへの連絡はなにか考える!」


 ランディは無言で敬礼して雨の中再び屋上の先に向かって走り出した。

 その背中を見送ってから、バレンシアは振り返りベルに訊ねた。


「雨で消えない炎か光は出せるかい?」

「う~ん……。熱を持たなくてよいならぁ……」

「それでいい。できるだけ明るいヤツを、そのバケツの中に出してくれ! おい、アルフィン! 目的の物はここにあるのかい!?」


 レリクスの間を駆け回って調べていたアルフィンに声をかけると、彼女は頷きシャムシールを指さした。


「おそらくコレね」

「違ってたらまたここにくることになるだけか……」

「おい!」


 急いで搬出方法を考えようとした矢先、部屋の奥の方を調べていたネビルが声を上げた。


「こっちに……人の亡骸がある」

「はあ?」


 今さら死体など珍しくもない。そもそも入口にたくさんの骨が転がっていたじゃないかとバレンシアは言いかけたが、ネビルが〝亡骸〟と言ったことに引っかかりを覚えた。


「おそらく、この部屋の持ち主だ」

「なんだって? ああ、ちょっと待ってな!」


 ベルがバケツの中に出した光が外に漏れるのををあわてて薄い鉄板で塞いでから、バレンシアはアルフィンと共にネビルの場所に駆けつけた。

 そこは小さな個室になっていた。ベッドとキッチン、そして簡単な机がある居住スペースだ。そしてそのベッドには、崩れかけたミイラが横たわっていた。

 顔は乾燥して面影をなんとか読み取ることができるが、身体の肉は腐って白骨化している。残った毛髪も白髪になっているため、おそらく老人なのだろう。穏やかな表情が読み取れるから、少なくとも苦しんで死んだ様子はない。


「ここに近年入った人が形跡はないし、荒らされた様子もないから、ずっとここに隠れ住んでいた人だよね……」

「じゃあ、あんたはこの亡骸が……この遺跡の主人だというんかい?」

「それは分からないけど、少なくともこの部屋の主だった人よね」

「部屋の主人……もしかして、レリクスの研究者か?」

「装飾品から……たぶん、そうなんじゃないかな? 見たことのない機械を腕につけてるし……。これは時計かな」


 丸い円形のガラスをはめ込んだ腕輪。ガラスの中には二本の針があることから時計とアルフィンは想像したが、現在の技術でこんな小さな時計を作ることができない。それを見ても、この亡骸が古代超帝国の人である可能性は考えられた。


「机の棚には同じ形式の冊子が並んでるね……。数字があるから、多分、日記かな? 日記だったら、大変な記録ね」


 革張りの一二冊の厚手のノート。一冊で二、三年は記録できそうだから、多くて三〇年ちょっとの記録が残されていることになる。大変動期を知る歴史的な貴重品といえる物品だったし、外にあったバジュラムの資料と合わせて、バジュラム対策のひとつの鍵となる可能性があった。


「こっちの壁には内蔵式のクローゼットがあるな。当時の布……服か? ボロボロだが、ないよりマシだろう」


 そう言ってネビルはクローゼットの中から黄ばんだ白系のローブのような服を引っ張り出し、ベッドの亡骸の上にかけた。


「本当なら埋葬してやりたいところだが……これで許せや」


 ネビルが目を閉じて胸に手を当てたため、あわててアルフィンとバレンシアもそれに倣った。遺跡探索をする者たちは不思議なもので、自分たちと同じように遺跡荒らしをしたと思われる人間の死体は放っておくが、別な理由で亡くなった人間の死体に対しては優しく接してしまう。


「さて、私はバリシュに連絡をつける。あんたらは持ち出す物の準備をしておきな!」

「どうやって? 信号弾を上げたらバレるよ?」

「そんなバカなことするもんか。でも、最悪はここでアイオライトとやりあうことを想定しておくんだよ!」


 それだけ言うと、バレンシアはフタをしたバケツを持って雨の屋上に向かって走り出した。

 風は収まってきているが雨足は相変わらずだったが、バレンシアはちゅうちょなく外に出て空に向かってバケツのフタを開け閉めして光信号を送りはじめた。


「さあ、あんたらの忠誠心が試される時だよ! 私をさっさと見つけな!」


 バレンシアが身に着けているボルドー色のジャケットもパンツも、瞬く間にびしょ濡れでごわつき、自慢の豪奢なハニーブロンドの髪も濡れて顔にはりつき、鬱陶しく感じていたが、それにも構わずバレンシアはフタの開け閉めを続けた。

 すると、暗い空により黒いシルエットが浮かび上がり、静かにそれが近づいてきた。


「偉いぞ! ちゃんと私の姿を探してたね!」


 空の上にバレンシアが送った光信号を、バリシュの船員たちはしっかりと見つけていた。

 そしてトロンベがいる建物南側を避け、できるだけ見えないように北側から接近してきたのだった。

 距離にして五〇〇メートルもあり、地上高三五メートルの屋上までの高さが下からの視界の邪魔となった。なにより、ドラグーンは上部に浮力を得るための区画があるため上方視野が悪いことが幸いした。

 前方でトロンベやアイオライトを監視していたランディはOKサインを出して戻ってきた。


「気づかれていやせんぜ! しかし、盗賊都市で会った小娘が辺境領姫の道案内をしてたんでさ。モスティア・ファミリーのアルゴスタが俺たちを売ったんでさあ!」

「短絡的に考えるんじゃないよ! ボケ! 売るも売らないも、アイツはただあんたらを見逃しただけだろ?」

「い、いや……でも……」

「余計なことは考えないで、さっさと搬出の手伝いをしてきな!」

「は、はいでさ!」


 ランディの尻を叩いて指示を出した後、バレンシアHは自分がすることを探して辺りを見回すと、今度はアルフィンが駆け寄ってきた。


「聞いて置いて。ウォーハンマーはスピンストックの亜種よ。ピックの部分が高速回転するタイプよ。大きさから考えて、グランディア向きね」

「あはん。鈍器で殴り倒す方が性に合ってるからちょうどいいね」

「なら、それを使えるように整備するね。それと、オーニソプター……羽ばたき式小型飛行機だけど、一機だけ今すぐにでも使える。残り二機は整備が必要かな」

「分かった。他に?」

「剣銃弾が多数発見されたから、バレンシアの銃と口径が合うか確認して。それと、四〇ミリの大口径銃もあったわ」

「四〇ミリ?」

「ほぼ大砲ね。弾種は私には確認できないから、バレンシアが確認して」

「分かった。すぐいく」


 バレンシアは濡れた髪をかきあげ、アルフィンの後に続いた。

 拳銃関係を掘り当てたことのないアルフィンには、弾の種類を見極めることなど到底不可能だ。バレンシアは弾頭部を見て、空砲と通常弾の違いを説明した。


「こういう形のものは爆発するだけの空砲。こいつは閃光弾で、光ながら飛んで行く弾。こいつは通常弾だね」

「空砲って……なんのためにあるの?」

「脅しと……あと、先に込めた別物を打ち出すためね」


 四〇ミリ後装填銃は、口径がデカイだけでライフリングも彫られていない代物だった。さらに四〇ミリ弾も、通常の鉛弾の他に、空砲、炸裂弾(榴弾)と徹甲弾があった。


「拳銃は何丁あった?」

「バレンシアの銃と似た形のものが二個」

「これだけ弾があるのに少ないね……」


 見つかった弾は、バレンシアが持っている回転弾倉型拳銃と互換性のある拳銃弾だった。だいた見つかる弾はこの直径一〇ミリサイズの剣銃弾が多いので、これが超帝国の統一規格的なものだったのだろう。


「とりあえずありがたくいただいておこうかね。さあ、他のを調べるのは積み込んでからにするよ!」


 アルフィンの背中を押してバレンシア自身も搬出作業に加わった。

 持ち出せる限りの量のレリクスを持ち出しておくに越したことはない。

 船員総出で積み込み作業に取りかかり、あらかた積み込んだ時、金属をなにかで削る甲高い音が響き渡った。


「なんの音だい!?」


 あわてて様子を見にいったランディは駆け戻ってきて報告した。


「お嬢の仕掛けたロックが外れなくて、焦れたアイオライトがスピンストックで削りはじめたんでさ!」

「今から鍵開けかい……。さっさとずらかるよ!」


 取りこぼしがないことを確認したバレンシアは、最後にバリシュに搭乗して伝声管に向かって叫んだ。


「離陸! さっさとずらかるよ!」

『イエス・マムッ!』


 威勢の良いガリクソンの返信後、バリシュは浮かび上がった。

 その瞬間を偶然にもトロンベに戻りかけていた伝令兵が目撃し、警報ラッパを吹き鳴らした。


「発見された! 緊急離脱! 最大船速よ!」


 船内があわてはじめた。

 それと同時に、開けっ放しだった後部ハッチからエスパダが身を乗り出してガンランス構え、ボム・ランスを全弾射出した。

 射程はギリギリ届くか届かないかという距離で無誘導弾だが、上から下を狙う優位さがあった。二発がトロンベの浮遊翼に直撃し、二発は至近弾となって爆発した。


『これで足は押さえ……なにっ!?』


 ユクシーはその優美で異様な瞬間を目撃した。

 暗い建物の影から駆け出してきた青いフォートレス。それが地面を蹴って跳んだ瞬間、青白い燐光を放つ翼がその背に開き、大きく羽ばたき空に舞い上がった。


『アイオライトが来る!』

「化物め!」


 エスパダは空を飛べない。飛び道具もトロンベの足を止めるために撃ち尽くした。

 ネビルとランディが対艦用ガンランスを持ち出したが、アイオライトは舷側にある射撃ハッチ周辺の死角を突いて迫ってきた。対艦用ガンランスは有線式のために舷側ハッチからしか攻撃できない。

 ガリクソンは舵を切って舷側でアイオライトを捕らえようとするが、アイオライトは巧にその動きを読んで死角に死角にと回り込んで接近してくる。


『もっとスピードを出せ!』

「ダメだ! 撃たれたダメージでこれ以上速度が出せないんだよ!」


 打つ手はないかと格納庫を見回したバレンシアはオーニソプターに目を留めた。


「アルフィン! そいつは動くって言ったね!」

「動くけど、誰が操縦するのよ!」

「私がやるよ! あと四〇ミリ銃を貸しな!」

「後装填式よ! 一人じゃ再装填が無理でしょ! 私も乗るわ!」

「はあ?」


 どれほどの危険を承知で言っているのかと思わずバレンシアはアルフィンの顔を見てしまったが、当のアルフィンは涼しい顔をして四〇ミリ後装填式銃の準備をしていた。


「本気か?」

「別にフォートレスに肉弾戦を挑むなんて、ネビルが年中やってるわ」

「いや……」


 ネビルは元々が強襲を生業とする重装歩兵部隊出身だからそういうことをしているだけなのだが、普通は生身の人間――まして、細腕のアルフィンのような娘がすることじゃない。


「あのバカ……。娘の養育に失敗しているわね……」

「なによ? 行くの行かないの?」

「行くに決まってんでしょ! さっさと安全ベルトを固定しな!」


 オーニソプター――羽ばたき式小型飛行機は、薄い半透明の四枚羽を虫のように超震動させて飛ぶ原始的な飛行機だった。

 格納状態で畳まれていた羽を広げ、二人はオーニソプターを押し出し、動き出した機体に飛び乗った。


「ちなみに操縦したことはあるの!?」

「そんなもんあるかい! 勘だよ勘! 女の勘で操縦するのさ!」

「やっぱ降りる!」

「降りてみろよ! あはーん! あははは~ん!」


 大騒ぎをしながら空に飛びだした二人が乗ったオーニソプターは、小気味良い羽の震動音を響かせて好調な動きを見せた。その動きは、まさにトンボだった。


「高機動! 高運動性! 小回りもアイオライトより利いてなにより速い! さあ、どう行く!?」


 巨大な鋼鉄の翼を羽ばたかせて飛ぶアイオライトよりも、オーニソプターは確かに動きが素早く、小回りも利いた。機械の動きを確認しながら慎重な操縦をしていると、オーニソプターに気づいたアイオライトが手にしたガンランスのランチャーを構えた。


「そうか……。あのランチャーは本来はアイオライトのものなんだ……」

「どういうことだい?」

「背面に翼がある関係で背中にガンランスを備えられず、両腕はソードストッパーを備えている。だからアイオライトは飛び道具を直接装備できないのよ」

「だから手持ちってことかい?」

「そう!」

『そこのオーニソプター! 私は辺境領姫カティンカである。無駄な抵抗をやめなさい。破滅の剣さえこちらに引き渡せば、他のレリクスを奪ったりしない! 我が名誉にかけて、それを保証します!』

「だってよ!」


 もちろん、そんな取引に応じられる訳がない。


「バカ言ってんじゃないよ、姫さん! 欲しかったら腕ずくで奪ってごらんよ!」

『では、そうさせてもらおう!』


 そうバレンシアが答えると思っていたのだろう。返答するなり、アイオライトはガンランスを撃ち放った。


「当たるもんかね!」


 バレンシアはわざとギリギリとボム・ランスをかわし、嘲りの笑みを放った。

 ランチャーの装弾は四発。あと三発撃たせればバリシュを狙えなくなる。


「気に入らないね! その淑女を売りにしてるツラがさぁ! やっちまいな! アルフィン!」


 狙いをつけてアルフィンは引き金を引いたが撃ち出された弾遙か手前で下に落ちていった。


「なんだいその情けない弾はさ!」

「しょうがないでしょ! これ、マトモにまっすぐ飛ばないのよ!」


 それはライフリングが切ってある銃とは異なり、山成り射撃で当てるための構造をした銃だった。そんな理屈も知らないアルフィンが撃っているのだから、当たるものも当たらなかった。


「なら接近するしかないね! ヤツの弱点は分かるかい!?」

「フォートレスの弱点は頭かエーテル・ジェネレーターよ!」

「なら背後に回り込むよ! しっかりつかまってな!」


 再度アイオライトはガンランスを撃ち放つが、再びバレンシアはそれをギリギリのところでかわして背後に回り込もうとする。

 その狙いが分かっているために、アイオライトも身を捩り、背後を取らせまいと動き回った。


「やるねぇ! さすが辺境領姫!」


 中々背面を取れず焦れつつも、この状況が楽しくてバレンシアの口元には笑みが浮かび上がっていた。


「だが甘かったね! あんたはしょせん騎士だよ!」

『なにっ!?』


 カティンカはオーニソプターの動きに夢中になるあまり、バリシュの動きを見落としていた。

 一瞬の隙をとらえ、二本のガンランスがバリシュの舷側から放たれた。だが、弾速の遅さもあってギリギリのところでアイオライトは身を捩ってその攻撃を回避した。その瞬間、接近したオーニソプターからアルフィンが放った四〇ミリ弾が、翼と共に増加されたアイオライトのエーテル・ジェネレーターの一本を破壊した。


『くっ!』


 エーテル・ジェネレーターが爆発し、バランスを崩したアイオライトはそのまま地上へと落下していった。

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