第35話 研究施設

 第一室のドア・トラップで誰もが躓いたのだろう。その先の部屋から死体はひとつもなく、アロー・スリットなどのトラップがアルフィンたちを待ち構えていた。それらをひとつひとつ解除し、気が付くと半日ほどが過ぎていた。

 たった五〇〇メートルほど進むだけで半日かかる。ゾッとするような罠の数だった。


「あー……疲れた……」


 集中しすぎて頭痛がしてきたのか、巨大昇降機に乗り込むなりアルフィンは結んだ髪を解いて座り込んだ。たった独りで罠を解除し、そして後続を考えて改めて罠を仕掛けてゆくことをしているのだから、疲れもするというものだった。

 恐ろしいことに、ここにくるまでの部屋にはすべてフォートレスサイズの扉がついており、エスパダを降りることなくユクシーもここまでついてこられていた。

 もっとも何もすることがない――いや、できることがないため、ただいるだけで役立たずなユクシーとしては堪え難い半日間だった。それはネビルやバレンシアたちも同じで、アルフィンの手伝いらしい手伝いができるは魔法使いのベルとボブくらいなもの。


「しかし……ガリクソンが船に待機になってるから、私らも役立たずで済まないねぇ」

「いいわよ……。気にしないで……」


 昇降機が止まったためアルフィンは疲れた身体に鞭打って床に腹ばいになり、開いたドアから先のフロアの床を確認した。

 床はコンクリートとは異なる不思議なフォートレスの甲殻のような素材で造られている。軽く触ってみるが、ヒンヤリとした感覚はコンクリートや石材のものではなく、金属系の甲殻に近い素材だった。

 巨大なフロアで窓があり、そこから時折空を走る稲妻の閃光が入ってくる。


「なに……この部屋は?」

『フォートレスの格納庫みたいな雰囲気だな……。ラダーやキャットウォークもあるぞ。先行するから、アルフィンたちはそこにいて』

「ちょっと……」


 ユクシーはゆっくりとエスパダを部屋の中に踏み入らせた。

 視界を暗視モードに切り替えるとモノトーンの色調となるが、それなりに部屋の中の様子が分かるようになる。ユクシーは視界を切り替え、さらに部屋の中を進んだ。

 フォートレスらしき影も、遺跡に付きもののガーディアンの姿もない。

 あるものはただの静寂だ。


『生き物の気配はない。たぶん問題ない』


 エスパダの重量がかかっても大丈夫なのだから、加圧式のトラップは仕掛けられてないだろう。そう踏みつつ、それでも最新の注意を払いながらアルフィンたちは部屋の中に入り込んだ。

 ベルが明かりを飛ばすとそこに広がる光景に全員が息を飲んだ。

 並べられた羽ばたき式小型飛行機オーニソプター。使い方が分からない大小様々な武器。拳銃。フォートレス・サイズのウォーハンマー。そして、禍々しい刃を持つ巨大なシャムシール。

 どれもこれも埃を被っていたが、整然と並べられて主人がくるのを待ち構えている様子だった。


「こいつは……すげえ……武器庫だ」


 思わずネビルが感想をもらしたが、正に彼らにとって宝の山だった。


「こっちの棚には……色々な資料があるね。超帝国時代の文字だ……」


 バレンシアはそのミミズがのたうち回るような文字に目を走らせた。


「読めるのか?」

「一応……簡単な表現だったらね」


 意外そうなネビルの言葉にバレンシアは鼻で笑うような声で答えたが、その口調とは裏腹に眉間にシワを寄せて真剣な面持ちになっていた。


「ねえ、この机の上にある開きっぱなしの資料には……バジュラムのことが書いてあるよ」


 同じく資料に目を通していたアルフィンの声に全員が目を見開き、その周囲に集まった。


「なんて書いてあるんだ?」

「待ってよ。私だって大して読めるわけじゃないんだから……ええと……。ソウル・イーター……システムって特殊な仕様でエーテル・ジェネレーターを永久可動させているみたね」

「ソウル・イーター……」


 どう聞いても禍々しい言葉だった。

 魂を喰らうシステムなど、普通は機械の名称には使わないだろう。


「こっちのは研究資料のノートみたいだね。どうもバジュラムの研究をしていたらしい」

「どういうことなんで? ここであの化物は造られたんじゃないんすか?」


 ランディの疑問にバレンシアは首を横に振った。


「たぶん、ここと同じような施設が西の大陸内部にあるんだと思う。どうも、バジュラムの起動は想定外だったみたいだねぇ」

「ちょっと待ってくだせえ」

「あん? なんだい?」

「バジュラムの起動って……ヤツは何年動いているんで?」


 さすがにそれはバレンシアにも分からないのだろう。彼女がアルフィンに目をやると、アルフィンも肩を竦めてみせた。


「たぶん……千年……かな? この文字が使われていたのは、それくらい前だから……」

「千年も……動き続けているフォートレス?」


 永久可動システムを取り付けているとはいえども、恐ろしい期間存在し続けてきたことになる。そう考えると、バジュラムのエーテル・ジェネレーター技術、ソウル・イーター・システムが解析されれば、フォートレスの活動は飛躍的に増加するかもしれない。


「とりあえず、この資料の類は全部もらっていきましょ。知識は財産になるわ」

「いいだろう。そっちのデカイ扉を開けると、外に出られるんじゃないかい?」


 窓のある壁に、巨大なフォートレスサイズの扉があったので、そこから屋上に出られるとバレンシアは踏んだのだろう。その言葉に促され、アルフィンは再度髪を結わえながら巨大扉へと向かった。

 扉は材質も不明だったが、ロック・システムは内側に存在したためそれを解除した。すると重い音と共にゆっくりと自動で扉が開きはじめた。

 先ほどより風は弱まったが、まだ雨足は強いままだった。


「屋上屋根は広いのね……」


 屋根というよりも、屋上駐機場というべき場所だった。

 屋根床には着陸の目印となるラインが引かれており、極力障害物がないように造られている。さらに係留索を結ぶ場所も設けられていた。


「ここにバリシュを呼べば運び出しが楽だね。ランディ! 信号弾を用意しな!」

「へい!」


 建物の階層的には五回程度だが、フロアの高さが約七メートルあるため人サイズなら一〇階建てのビルに相当する高さがあった。周りに障害物も無く、滑走路を必要としないドラグーンなら楽に着陸できる。

 そうは言っても周囲の安全確認をしてしまうのがランディの性分だった。

 そして、彼は見つけた。


「姐さん……ヤツが来た!」

「ヤツって……誰さ?」

「帝国が……アイオライトが一階入口前にいる!」


 一番出会いたくない相手、辺境領姫が追いついてきたのだ。

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