第34話 隠し扉の先に……
嵐の中での着陸ほど難しいものはない。
マイス遺跡を盾にして風を防げるできるだけ広い場所を探し、ドラグーン・バリシュは着陸した。
「ガリクソンは私がいない間、この船の指揮を執りな!」
「姐さん、また僕は留守番っすかぁ~?」
「あんたが一番操船技術が高いんだ。仕方ないだろ! 私らが降りたら空中待機。帝国の船がきたら尻尾を巻いて逃げ回りな!」
ガリクソンは渋々という様子で頷いた。その肩を任せるよというように叩き、バレンシアは探索道具を持って艦橋を出た。
それぞれが思い思いの武器や道具を持ち、格納庫の後部ハッチ前に集合する。
相変わらず横殴りの雨が吹き付けていて、格納庫内にいてもゴウゴウという風音と舷側を叩く雨音が響いていた。
「もうちょっとで降下する。全員、抜かるんじゃないよ!」
格納庫に現れたバレンシアは、緊張した面持ちのランディやボブを見て声を張り上げた。
ハッチ脇につけられていたランプが赤く点り、船が降下を開始したことを告げてきた。
「アルフィン、回せ!」
エスパダの起動ハンドルが回されて、エーテル・ジェネレーターが起動する震動と音が格納庫内に響きはじめる。
「起動よし!」
ラダーが外され、エスパダのハッチが閉められる。
その直後、ズンッという震動が船体を包み、ランプが青に変わった。
ハッチを下ろすチェーンが解かれる音が響き始め、キリキリと後部ハッチが開いていく。その瞬間、隙間から耳障りな風音を立てて雨風が流れ込んできた。
「くっそ! これて嵐精テンペストが関わってないってどういうことだよ……」
思わずランディが愚痴をこぼしたが、他の連中は踏ん張ってネビルにしがみつくのが精一杯で、その愚痴に応えることができなかった。
『先行する!』
エスパダが重い足音を響かせてハッチのスロープを降り始め、全員がそれに続いた。
防水マントなど飾りに等しく、フードはあっという間に剥かれた。
バタつくマントをなんとか引き寄せつつ、ノロノロとした足取りで水浸しの世界を歩き、マイス遺跡の壁面へと向かう。
やがてハッチが閉じられ、バリシュは空にヨタヨタと浮かび上がった。
見上げると目に雨水が入ってくるために顔も上げられず、見送ることもできないまま、アルフィンたちはエスパダに先導され、悪戦苦闘しながら十数分かかってマイス遺跡の壁に辿り着いた。
「みんな無事か?」
ネビルが全員の顔を見回して声をかけたが、かろうじてランディが手を上げられただけで、他のメンツは返事もできないほど、肩で息をして疲労困憊という様子だった。
「呼吸することもままならんとはな……」
顔の前を手で覆わないと、まともに息をすることもできない。
壁沿いに進み、マイス遺跡の入口から中に入り込む。ようやく屋根のある場所に入り込み、全員がホッとして地面にへたり込んでしまった。
もう、そこにきただけで、下着までびっしょりになる有り様だった。
「普通の遺跡ならもう少し人の気配もありそうだけどぉ……この荒天じゃねぇ……」
ビショビショの髪から水気を搾りながら、ようやくベルが愚痴をこぼした。
「みんな僕の周りに集まるのだ」
ボブがウォーム・ブリーズの魔法で温風を起こし、濡れた身体と衣服を乾かしていく。
このままでいたら風邪を引いてしまうから、こうした魔法はありがたかった。
「しかし……このでかさはなんだろうな?」
天井までの高さは有に一〇メートルはあるだろう。入口こそエスパダは多少身を屈めたが、それでも苦も無く入り込めた。
「おそらく、超帝国時代はフォートレスで荷物を運び出してたんじゃないかな……」
床の素材を調べながら、アルフィンはランディの呟きに答えた。
床は見たこともない硬いコンクリートで造られていた。経年劣化で亀裂など多少走っていたが、それ以外外傷はなく、草に突き破られている部分もなかった。
壁はここで交戦でもあったのか、あちこちがひどく削れていたが、それでも傷が壁を貫通している部分はひとつもない。
「図面によれば、左右に延びる道はぐるっと遺跡を回ってつながっているはずだね。どっちに行くつもりだい?」
時折稲光が走り、窓からその明かりが差し込む以外、基本的に廊下は真っ暗で先の見通しもない。左右どちらの道を選んでも薄気味悪いことに変わりなかった。
「どっちもいかない」
バレンシアの質問にそう答え、アルフィンは入口正面の傷だらけの壁に目を向けた。
「ベル。魔法の明かりで照らしてくれる?」
「あはん。お安い御用よぉ」
ベルはいくつかの火球を魔法で産み出すとそれを宙に浮かべて壁を照らし出した。
チロチロと燃える炎に彩られて、壁面に突いた傷が生々しく浮かび上がってくる。爪や大剣を使って壁が削られたのだろうことが分かったし、明かりが出たせいで入口のホールのあちこちに白骨化した様々な生き物の遺体が転がっているのが分かった。
「魔物……人……。すげえ数の死骸が転がってるもんだ……」
その骨には土が被っており、遙か昔の戦いの痕跡であることを物語っていた。
アルフィンが壁を調べている間、暇なネビルは周囲に転がる遺体を調べはじめた。
あまりにも死体が古くて完全に白骨化しており、死因がなんだったのか判別はつけづらい。近くにあった頭骨を拾い上げてみるが、持ち上げようとしただけで砕けてしまった。
「なんで……骨がこんなに脆くなってる……?」
「ネビル! ちょっと壁際にきて!」
「あぁん? ちょっと待ってろ」
呼ばれて手に残った頭骨をそこに放り捨て、アルフィンが呼ぶ場所に向かった。
そこはなんの変哲も無いコンクリートの壁だった。ただしくは、磨かれたコンクリートというべきだろうか。綺麗な壁の仕上がりになっていたが、あちこちに無残な削り跡が残されていた。
「ちょっとそこに立って」
「あ? ああ、ここか?」
「そうそう。肩借りるね」
アルフィンはネビルを壁際に立たせると、背中からその肩に乗って立ち上がった。
「そんな高い場所になにがあるってんだ?」
「黙ってて!」
ピシャリと言い放ち、アルフィンは壁に頬をくっつけて上を見上げた。
二メートル近い身長の肩に立ち乗りしてもさらに上にある何か。それを探してアルフィンの目は壁面を彷徨った。
「ユクシー! エスパダの手に私を乗せて!」
ネビルの肩に立ち乗りしても届かない位置にある凹みに気づき、アルフィンはユクシーに声をかけた。
『了解』
エスパダはアルフィンに近づいて片膝をつくと、注意深く左手を回して乗りやすくした。
その掌に乗ったアルフィンは、壁の一点を指さした。
「あそこまで持ち上げて」
それは高さ四メートルほどの位置だった。だが、そこになにがあるのかユクシーには分からない。
とりあえずエスパダを立ち上がらせ、ゆっくりと手を上に持ち上げてゆく。
「ストップ! そのままの姿勢で停まって!」
アルフィンは腰に下げたシザーバッグからナイフを一本取りだし、壁にあった小さな凹みにナイフを差し入れてゆっくりと力を込めはじめた。
カキン……という音がしてなにかがはずれ、壁にしか見えなかった位置にのぞき穴ほどの細長い小さなフタがあり、それが開いた。
中には丸いソケットが四個並んでおり、その隣りに押しボタンがあった。
「四つも使うの!? 嗚呼っ……八〇万ギーン……くううう……」
血の涙を流すような苦悶の言葉を漏らし、アルフィンはゲンナリと項垂れた。その姿をコクピットから見たユクシーは深いため息をつき、外部スピーカーのスイッチを入れた。
『あとで必要経費でバレンシアのオヤジさんに請求すりゃいいだろ?』
「ハッ! そっか! ユクシー! 頭良い!」
この程度のことで褒められて、ユクシーは頭を抱えた。
そんなユクシーをよそに、必要経費と分かったアルフィンの心は躍るほど軽かった。鼻歌を歌いながらシザーバッグから光熱石を四本出して、ソケットにはめ込んでいく。四本入れてからスイッチを押すと、光熱石が鈍く光はじめ、ソケットの基盤が奥に引っ込み、フタが自動で閉められた。
「ネビル! ユクシー! 壁から離れて!」
アルフィンの注意とほぼ同時に、壁が揺れはじめ、ゆっくりと上にスライドし出した。
「なっ……隠し扉ってやつかい……」
「フォートレスの手に乗らないと分からない位置にスイッチが隠されていたから、誰も気づかなかったのよ」
隠し扉は高さ七メートル、幅四メートルほどの大きさで、優にエスパダが通れるサイズだった。おそらく、壁についた傷は、ここに扉があると睨んだ魔物たちが襲いかかった痕跡なのだろう。
「みんな速く中に入って! ユクシー、中に入ってから私を下ろして」
促されるまま、全員が隠し扉の中に足を踏み入れた。
そこはなにかの研究施設なのか、左右の壁面沿いに見たこともない器材が所狭しと並んでいた。と同時に、無数の白骨化した死体が床に倒れていた。
「ここにも死体が……」
部屋の中は、フーンというエーテル・ジェネレーターが作動しているような低く小さな回転音が響いたいた。
床に下ろされるなり、アルフィンは入口の壁際に戻り、そこにあったパネルを操作する。すると開いていた扉が閉ざされた。
「後続がくるかもしれないんだもの、閉めとかないとね」
「ああ、そうだな」
しかしこの大がかりな施設はなんなのか? 部屋の大きさは、横幅が二〇メートル。奥行きが五〇メートルはありそうだった。奥の壁にはフォートレス用のシャッター式の巨大扉と、その脇に人が出入りする用の小さな扉がある。
「この死体は……」
白骨化している死体は全部で七体。どの遺体も、右腕の手首から先が失われていた。
だが、それ以外に外傷らしきものは見られない。
「手を切断されたか?」
奥の扉の周りの床には、砕け散った手の骨らしきものが飛び散っていた。おそらくここで襲われて、逃げ惑い失血死したというのが彼らの死因だろう。
「注意して先に進むしかなさそうだな」
「待って動かないで!」
そう言ってランディがドアノブに手を出そうとした瞬間、鋭いアルフィンの制止の声が飛んだ。
「ランディは下がって」
「ど、どうした? 嬢ちゃん」
アルフィンは辺りを見回し、研究器材と思しき機械から鉄パイプを引っ張り出し、ドアノブに押し付けた。その瞬間、火花が飛び散りランディは顔を強ばらせた。
「全員、コイツにやられたのよ」
アルフィンは鉄パイプをもう一本引き抜き、左手に持った鉄パイプを思いっきり強くドアノブに押し付けていく。激しく火花が飛び散り、金属が削れる音が室内に響き渡った。それでもお構いなしに押し付けていくと、やがて金属音は収まり、回転音も止まった。
ドアノブは高速回転するリング状の刃物であり、それを握った者の手を奪うトラップだった。
アルフィンはもう一本持っていた鉄パイプをリングの中に差し込み、完全に回らないようにしてから、そのパイプを持ってドアを開いた。
「さあ、先に進もう」
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