第33話 マイス遺跡

 バリシュの艦橋の地図台に広げられたマイス遺跡の図面をアルフィンは真剣な眼差しで見つめていた。

 図面はシーカーズ・ギルド特性のインクで描かれており、ギルド登録者が解読用の薬剤を噴霧しないと正確な図面が出ない仕組みになっている。そのためアルフィンがそれを噴霧するまで、図面になにが描かれているのか持ってきたネビルたちも分からなかった。


「これは……」


 縮尺がアテにならない図面とはいっても、そこに書き込まれた情報量から察するに、相当巨大な遺跡であることは分かっている。

 ひとつの巨大建造物らしいのだが、面白いことに遺跡の外周に沿う形で発掘調査が進められているが、中央付近はまったく手つかずの状態だった。

 図面には遺跡の発見年と最終調査日を書くことが義務づけられているのだが、発見は今から約百年前。シーカーズ・ギルドに届けられた発掘調査記録の最終調査日は、今から約一週間前。つまり、これが最新の図面であり、同時に百年も前から大して発掘が進んでいない遺跡ということになる。

 あるいは、この外周部分しか存在していないのか……。


「ダメね……。図面だけ見ていても肝心な建物の図がないのだから分からないわ」

「まあ、調査の手がかりにしかならんな……」


 図面をもらってきたネビルたちも、こんなスカスカな調査状態だとは思っていなかった。むしろ、武器庫的な場所と聞いていたので、あらかた調査が済んでいる遺跡だと想像していたが、その真逆だったことに驚きを隠せなかった。


「ということで、行くしかないわね」


 ここまできて誰も行かないとは言うはずもない。なにより、目的地がそこなのだから。


「第一ゲートの大きさから、フォートレスが入れると思う。だからユクシーはエスパダで同行して。姐さ……バレンシアのグランディアは、入れないかもしれないから、今回は徒歩で私たちと同行して」

「あいよ。ユクシー、荷物持ちは任せたよ」

「いつものことだよ」

「ネビルとランディ、ガリクソンは不測の事態への備えを。あと、ベルとボブは精霊の流れに異常がないかとか注意していて」


 こうして一行は図面に書き込まれた座標を頼りに、マイス遺跡へと船を進めた。


「本当にこっちでいいのか?」


 船を進めるにしたがって天候が荒れ始め、横殴りの雨が降り始めた。

 当然、そんな天候は不安をかき立てる。

 ランディが何度目かのそんな質問をした時、激しい閃光が辺りを包んだ。


「うぉっ!」


 稲妻が縦に走って間近の立木に落ち、轟音を轟かせた。


「ここは……。辺りを見てみろ……」

「あぁん?」


 ネビルが指さした方向をランディは目を凝らして見据えた。

 厚い雲のせいで辺りは薄暗いが見えないというほどじゃない。

 立木が地面に突き立った白骨のように、薄闇に浮かび上がって見える異様な世界がそこには広がっていた。


「みんな……木が立ち枯れているのか……?」

「雨でやられたんだろうな」


 白く見えるのは立ち枯れて雨に洗われ続けたせいだろう。中には黒く炭化して崩れているものもあったが、それは枯れた立木が落雷で燃えたものだろう。

 長く降り続く雨が地表を洗い流し、地面は木々の根が露出して、さながら死者の骨を積み上げたがごとき有り様になっていた。


「ずっと雷雨が降り続く場所……。ここで間違いないわ」

「ずっと雷雨が続くって最悪だねぇ……。気象も操ってるってことかい?」


 バレンシアの質問にアルフィンはベルとボブに目を向けたが、二人とも肩を竦めてみせた。


「魔法じゃ無理だわぁ……。こんな大規模な天候操作はねぇ……。そもそも、どこから魔力が供給されているのぉ?」

「同じく無理なのだ。そもそも嵐の精霊も渦巻いていないのだ」

「ってことは、魔法以外の方法で引き起こされている天気ってことね」

「古代超帝国の技術とでも言うのかい?」

「それは分かんないけど……」


 フォートレスなどという機動騎士を作り出した文明である。星の海を渡る力を持っていたとも言い伝えられているわけで、もしかしたら天候操作もお手の物だったかもしれない。そう考えつつもアルフィンの脳裏には、人在らずある物の力が関わっているような気がしてならなかった。


「大変動が引き起こした天変地異の名残……とか?」


 勘弁してくれとバレンシアが頭を振りかけた時、舵を取りつつ前方を見ていたガリクソンが声を上げた。


「姐さん! 前方になにかあります!」


 艦橋にいた全員の視線が前方に注がれた。

 曇った空の下に黒い影が聳えていた。時折走る稲妻によって浮かび上がるそれは、まるで巨大な墓石のような四角い異質な塔だった。


「あれ……か?」


 誰かがそう声を漏らした。

 その四角い塔の高さは城壁よりも遙かに高く、八〇メートル前後はありそうだった。なによりも、その塔の周りには様々なパイプが張り巡らされた異質な空間が広がっており、そのパイプの海の下に、また建造物が広がっていそうな様子だった。


「デケエ……な……」


 一キロ四方はありそうな巨大建造物。それがマイス遺跡だった。


「着陸用~意! 気を抜くんじゃないよ!」


 緊迫したバレンシアの声が、伝声管を伝ってバリシュの中に伝えられた。

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