第32話 盗賊都市の駆け引き

「あのババアはなんで最後にあんなことを言ったんだ!?」

「理由は簡単だ。俺たちの獲物をヤクザどもが狙っているか、誰かに俺たちの邪魔をしろと依頼されたかだ」


 シーカーズ・ギルドの裏口から出たネビルたちは、急ぎ足で店から離れようとした。

 裏通りの壁際に座り込む酔っ払い。フードを目深に被って歩く者。誰も彼もが怪しく見えてしまう。

 たったひと言〝お前さんたちから何かを奪おうとたくらんでいる〟という老婆の言葉だけで、世界が一変して見えるようになったから不思議なものだった。


「その両方なのだ!」

「嬉しそうに言うなよ……。まぁ、その通りなんだろうけどよ」


 ボブをたしなめつつ、その通りだとランディも頷いた。

 周りを気にしながらネビルは話を続けた。


「少なくとも帝国はあの武器が欲しい。それで追ってきてるはずだが、クラウツェンの目論見が皆目見当がつかん!」

「他のエヴァンゲリストたちに聞いてもダメか?」


 少し考えてネビルは首を振った。


「クラウツェンの奴らだけは特別だ。奴らが見つけた聖域から得られた情報は特別で、他の伝導師たちはそれを知ることはできねえ!」

「クラウツェンの奴らは姐さんとガリクソンを逮捕しようとした」

「話を聞く限り、おそらくはガリクソンじゃねえ。バレンシアとユクシーを逮捕する気だったんだ」

「なんでそうなる?」

「管理官は〝フォートレスのパイロット〟と思ってバレンシアとガリクソンを逮捕している。つまり、フォートレスでバジュラムに相対したバカを逮捕したいわけだ」

「そうか……。全部バジュラムにかかわってるってことか……」


 話しながら裏通りから表通りに出た瞬間、ネビルはそこにいた女と目が合った。ややウェーブがかかったショートカットの髪型をした二〇代半ばくらいの人族の女で、街中に立っている露出の高い女たちと異なり、身軽に動くことを前提とした服装をしていた。

 その女はハッとしたようにネビルたちを認め、そして手元にあるメモに目を落とした。おそらくそこに彼らの特徴が書いてあるのだろう。もう一度鋭い切れ長の目でネビルを見て、足音も立てずに近づいてきた。


「ネビル様、ランディ様、ボブ様ですね」

「様付けされるような人様じゃねえが、ネビル様だ。あんたは?」


 ネビルに睨めつけられても彼女は動じることなく艶然とした笑みを口元に浮かべて小さく頭を下げた。


「モスティア・ファミリーのアルゴスタの使いの者で、ジアーナと申します。お見知りおきを」


 モスティア・ファミリーと聞いてネビルとランディはウンザリしたように目配せをし合った。

 ベイ・フリップで海賊行為を中心にのし上がっているマフィアだともっぱらの噂だった。


「そのモスティアの旦那が俺たちになんの用だ?」

「あちらでお待ちです」


 ジアーナが手でジェスチャーした先には、酒場と思しき看板がかかった店があった。

 すでに周囲にはこちらを意識したように動いている人間たちがおり、取り囲まれているのは確実だった。


「いいだろう。会おう」

「ありがとうございます。では、こちらへ」


 ジアーナについて酒場に入ると、店内は閑散としていてひとつの丸テーブルにのみ客が座っているだけだった。もちろん、その客こそ、モスティア・ファミリーのアルゴスタなのだろう。

 年頃はネビルと同年代か少し上くらいの魔族の男性で、口ひげを生やし頬に深い傷痕が残る顔をしていた。


「おう。よくきたな、兄弟たちよ」


 にこやかだがどこかドスの効いた声をしているのは、その職業のせいだろうか? 筋骨隆々とした姿と筋肉を露骨に見せるような趣味の悪い服装をしていた。


「まあ座ってくれ。ここの酒は俺の奢りだ」

「すまんが、ベイ・フリップでは酒は飲まねえことにしている」

「ほう……」


 アルゴスタの顔が一瞬歪んだが、ネビルは気にした様子もなくふんぞり返ったまま言葉を続けた。


「あんただってそういう男だと見込んだから俺たちをここに呼んだんだろう? 毒を盛られることに警戒しないヤツなんざ、その辺のドブに流しちまえがこの街の諺だと聞いた事があるが?」


 その言葉にアルゴスタは目を見開き笑い出した。


「こいつはたまげた。俺たちの街の掟を知ってる他国人がいるとは思わなかったぜ。まぁいいだろう。用件と酒は関係ねえからな」

「そういうこった。さっさと本題に入ってくれ」

「いいだろう。おめえさんたちはなにをした? クラウツェンのエヴァンゲリストたちから追いかけて殺してくれという依頼が回ってきた」


 話を聞いていたランディとボブはやっぱりと言うように首を落とした。

 どういう理由かは未だに不明だが、クラウツェン精霊首長国の者たちはネビルらを付け狙っている。


「それで俺たちを招いてどうする気だ?」

「なにをしにおめえさんたちはここにきた? そしてクラウツェンでなにをした?」

「賞金稼ぎがすることなんざ決まってる。レリクス探しだ。そして、なぜかクラウツェンの占い師どもは、俺たちがレリクスを探すことを邪魔しようとしている。理由は分からん」


 ネビルの言葉を疑うようにアルゴスタは彼を睨めつけたが、当のネビルは嘘偽りなく言っているので涼しい顔をしていた。


「どんなレリクスを追っている?」

「武器だ。フォートレス用のできるだけ強い武器が欲しい」

「なるほど。それでマイス遺跡を狙ってきたってことか」

「そういうことだ」

「おめえさんたちは、クラウツェンでなにをした?」


 埒が明かないと思ったか、アルゴスタはズバリ本題に斬り込んできた。


「理由は分からんが俺のツレたちを逮捕しようとしたんで、目に物を見せてやった」

「ほう……」


 逮捕理由は? と訊くようにランディに視線を移した。


「まったく分かりませんでさぁ。なんせ、駐機場の管理事務所に入って、両国内通過申請をしている最中、いきなり襲ってきたもんでね」


 ランディはそう応え、ボブはそれに同意するようにカクカクと頷いた。


「で、どうしたんだ?」

「徹底的に痛めつけた」

「具体的には?」

「駐機場防衛隊を蹴散らし、そこのフォートレスを七、八騎ぶち壊して逃げた」


 ブッとアルゴスタは酒を吹き出しかけ、あわてて咳き込んだ。

 蒼騎士が出てきたから逃げたが、あのまま戦ったとしてもユクシーとエスパダは負けることはなかっただろう。まして、こちらにはグランディアもいたし、ネビルも白兵戦に混ざることができる。寄せ集め兵団のクラウツェンの正規軍など、数が揃わない限り相手にもならない。


「おめえさんたちは、何騎だった?」


 ネビルは笑って人さし指を一本だけ立てた。


「控えにもう一騎いたが、出る必要も無かっただろう。ウチのパイロットは若いが、あの蒼騎士と互角に戦えるやつだぜ?」


 ニヤニヤしたネビルの言葉にアルゴスタは思案するように自分の顎をつまみ考え込んだ。

 そこに畳みかけるようにネビルは言葉を続けた。


「俺たちはしがない宝探し屋だが、狙われたら当然牙を剥く。だが、助けてくれた人間の恩義は忘れない。そういう稼業だからな」


 ネビルは遠回しに協力するならその恩義は忘れないが、襲ってくるならそれなりの危険は承知するんだなと臭わせた。

 アルゴスタはクラウツェン駐機場騒乱についての情報はそれなりに得ており、少なくともかなりの数のフォートレスをクラウツェンが一方的に失ったことだけは知っていた。それはネビルがやったものだと思っていたが、その予想が外れたことになる。


「俺たちを殺せば、当然、俺の娘は報復に出るぜ? なにせ、装甲服もまとわずにフォートレスに肉弾戦を挑むバカだからな」

「お前に……娘……だと?」

「ああ、災害孤児の人族の娘を養女に迎えてな。そいつがお転婆で困ったもんだ」


 なにひとつネビルは嘘を言っていないからタチの悪い駆け引きだった。


「ちなみに娘はパイロットじゃねえ」

「…………」


 アルゴスタはしばらく考え込み、そしてもう一度ネビルを睨めつけた。


「おめえさんたちを助ける見返りは?」

「最高の宝をあんたにくれてやるよ」

「最高の宝……だと? それはなんだ?」

「あんたの生命だ」

「なに……」


 一瞬で場の空気が凍り付いた。

 ニヤニヤと笑っているのはネビルだけで、ランディは背中を流れる冷や汗に生きた心地がしなかったし、ボブに至っては微動だにせず、もしかした気を失っているかもしれない。


「俺たちが狙っているのはバジュラムという超帝国の負の遺産だ。そいつはあらゆる生き物を刈り取ることを命令でもされているのか、すべての生き物を殺しまくってここに接近してきている」

「なんだと!?」

「つまり、俺たちの邪魔をするってことは、自分たちの首を絞めることにつながるのさ。どうする? 親分さんよぉ」


 どうするもこうするもなかった。

 アルゴスタはネビルたちに消耗品の供給を申し出て、そのまま彼らを帰らせた。


「本当に帰らせてよかったのですか?」


 命令に従って部下たちに指示を出し終えたジアーナは、不服そうな声を漏らした。

 せっかくここまで引き込んだネビルたちになんの約束もさせず、消耗品を与えることまでして帰したことが不満で仕方なかった。


「生命はいつでも取れる。それよりもバジュラムについて調べさせろ。あの白面鬼が討伐すると息巻いていて、蒼騎士やクラウツェンの占い師どもが騒いでいる以上、何かがあるのは確実だ。美味い場所があればその時に喰い千切ればよい」

「承知いたしました」


 ジアーナは暗い笑みを浮かべて頭を下げ、その場を後にした。





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