第30話 陰謀の影

 海上では黒煙を上げながら不審船が逃走を図っていたが、それにダメ押しをするように二条のボムランスの白煙が撃ち込まれ、爆発炎上するのが確認できた。

 外輪船の弱点は片方でも水車が壊れてしまえば航行不能になることだ。一本のボム・ランスの爆発が左外輪を破壊し勝負はついた。というよりも、元々航空艦船に対して水上艦は弱いのだから完全な戦闘艦でもない限りは勝てるはずはない。

 そんな海上での戦いをよそに、浜辺では未だに緊迫感が含まれた空気が漂っていた。


「手を上げて出てきなさいよ!」


 ブレード・ウィップを構えながらアルフィンはコクピットに向かって叫んだ。傍に駆け寄ってきたボブもすぐに魔法を放てるように身構えていた。

 だが、いつまで経ってもコクピットを開ける気配が感じられない。

 二人がどうすべきか顔を見合わせた時、エスパダが近づいてきた。


『出てこないならコクピットハッチを強制排除する。二人は少し下がっててくれ』


 エスパダが水陸両用騎の軸から突き出たコクピットに手を掛け、そのハッチ部分を引きちぎった。

 勢い余ってハッチが飛んで海に落ちたが、コクピットから人が出てくる様子はない。

 不審に思ったユクシーはエスパダでコクピット内を覗き込んだ。


『死んでる……』

「えええっ!?」


 あわてて近づき中を覗き込んだアルフィンは、パイロットが口から血を流して死んでいるのが確認してため息をついた。

 パイロットは手に小瓶を握り締めて死んでおり、服毒自殺したことが推察できた。


「なにも死ぬことないじゃない……」

『こっちの奴らもおかしい。確認してくれ』


 スピーカー越しのバレンシアの声にアルフィンが振り返ると、二体の特殊戦騎を引きずったグランディアが姿を見せていた。

 一体の特殊戦騎はグランディアがコクピット諸共に破壊したからパイロットの生存は絶望的だったが、もう片方は綺麗なものだった。普通に考えればパイロットは生きているはずだが、この水陸両用騎から想像するに、同じように服毒自殺をしている可能性があった。


「今確認するわ」


 自殺をしていない可能性もある。アルフィンとボブが用心しながら近づくと、距離を見計らってグランディアがそのコクピット・ハッチを引き剥がした。

 エスパダより狭いコクピットの中では、同じようにパイロットが服毒自殺をしていた。


「なんなの……これ……」

「二人とも身分を示すものがなにもないのだ」


 水陸両用騎に乗っていたパイロットとこの特殊戦騎に乗っていたパイロットの服装に共通点はない。しかし、鍛え上げた肉体の持ち主でありとても一般人とは思えない体つきをしていた。


「体つきだけは共通点があるよね……」

「毒の小瓶も一緒……。成分までは分からないけど、即効性のなにかよね」


 中を覗き込む二人が気になったのだろう。バレンシアがグランディアから降りて、二人の傍にやってきた。


「軍人かい?」

「多分ね……。降りて大丈夫?」

「なに、いざとなったらエスパダに護ってもらうさ」


 一度降りるとハッチを一人で閉められないのがフォートレスの悪い所だった。そのため戦闘の可能性が高い時は降りないのが基本とされている。


「あの不審船が母艦だろうね。あのサイズなら三騎以上は搭載できないさ」

「そんなものなんだ」

「で、どうなんだい? 他に分かったことはあるかい?」

「全然……」


 水陸両用騎もこの特殊戦騎もどこにでもありそうな機体だった。よく発掘されるタイプというべきだろうか。水陸両用騎自体珍しいが、決してないわけじゃない。軍が欲しがるような水中でも陸上でもそれなりに使える機体が珍重されているだけだ。


「あのクラゲとキノコのオバケみたいなタイプ……クヴァレ・タイプとかって呼ばれるヤツだけど、意外と港町では見かけるものだしね……」


 クヴァレ――そのままクラゲと呼ばれているタイプだが、水中戦もできて陸上戦がちょこっとできる機種だった。ほぼ陸戦はオマケ程度で、できないよりはマシというものだった。あまり好評な機体ではないのだが、とにかく発掘数はそれなりにあるので流通はしている。だからどこの国や団体が使っていてもおかしくはない。

 同じく特殊戦騎の方も、汎用人型であり特徴ある装甲など一切つけていなかった。唯一、共通する部分は、非常に軽快な動きをするように作られており、ボディカラーも森林に溶け込むような色調にされていることだ。


「逆に特徴がないのが特徴よね。こんなの軍が特殊潜伏作戦用に作ったものって簡単に想像がつくわ」

「やっぱりそうか……。持っていた武器が特殊すぎるしね。グランディアが担いでいるランチャーがそれだ」

「えっ!? どれどれ!」


 特殊すぎる武器という言葉に嬉々として反応したアルフィンに、少し引き気味になりながらバレンシアはグランディアが肩掛けした武器を指さした。

 フォートレスが肩掛けできるよう、ベルトストラップがつけられていることも珍しかったが、そもそも剣などと同様にフォートレスに〝持たせる〟という発想を持つガンランス自体が特殊だった。

 一般的にガンランスは発射エネルギーをエーテル・ジェネレーターに依存する。そのため腕部など、フォートレス本体に直付けするのが基本だった。しかし、このランチャーは手持ちできるようになっている。


「小型のエーテル・ジェネレーターがランチャーに内蔵されているのね……」


 特殊作戦用らしい仕様だった。これで本体のエーテル・ジェネレーターの能力のすべてを機動性に振り分けられる。さらに射出前にエーテル・ジェネレーターの稼働率が上がり、騒音も抑えられる。


「まぁ、ありがたく頂戴しておくんだね。おい。気持ちは分かるが、こっちのフォートレスに思考を戻しな!」

「え? ああ、はいはい。忘れていませんよ。特殊戦騎ですね」


 玩具と取り上げられた子どもみたいな顔をしてアルフィンは特殊戦騎に目を戻した。


「さらに共通点があるのは、駆動音を減らす工夫ね。エーテル・ジェネレーターも可能な限り小型の物をつけるようにしているから、一般的なフォートレスが稼働している隣りに潜まれても分からない工夫をされているね」

「その分、パワーが足りないってことかい?」

「そうね……。本来なら細剣や刺突剣を持つのが合っていると思うけど……」


 敢えてそれを使わなかった。辺境領姫との繋がりを見せることを恐れたのだろう。ユクシーと特殊戦騎の戦いを見ていたバレンシアにもそれくらい理解できた。


「東方辺境伯軍のもんだねぇ……」

「でしょうね」


 どこにもそうだと明言する証拠が残されていないからこそ、辺境領姫の部下たちであることが推察できた。


「それにしてもコイツらはいったいなにを抱えているんかねぇ……。捕虜になるより自殺を選ぶ。私らの知らない得体の知れないことを知ってるんじゃないのかい?」

「少なくとも辺境領姫が動いているだけでも異常なのよ。オマケにクラウツェンの動きも怪しいよね」


 自分たちが探す獲物を横から掠いたいだけが目的と思っていたが、それ以外になにか問題があり、自分たちの及び知らぬところでなにかが暗躍している。


「私らが考えても考えつかないところで暗躍するジジイどもがいるんじゃない。まぁ、正体が分かってから蹴り飛ばしてやりゃあいいんだよ。それよりさっさとコイツらをバリシュに運び込むよ!」


 まだ燻る煙を薄らと上げつつ着陸してきたドラグーン・バリシュを見て、バレンシアはユクシーに合図を送り、アルフィンにグランディアへの搭乗の手助けをさせた。

 邪魔になるものが無くなった今、最短距離でベイ・フリップに向かうしかない。

 撃破したフォートレスの残骸を積み込み、傷ついたバリシュは北への進路を取って再び進みはじめた。

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