第29話 砂浜の死闘

 タラップから飛び降りたエスパダは踵の蹴爪で地面を引き裂きながら勢いを殺して着地した。すると背後からバスッという発射音が響き、とっさにエスパダは横跳びしてそれをかわした。

 森の中に潜んでいたのはダークグリーンの甲殻を持つ汎用人型のフォートレス。これといった特徴は見当たらず、どこかわざと特徴を殺している印象を受けた。

 普通のパイロットなら自分の愛機だから磨き立てたり飾り立てたりするものだが、そのフォートレスはマスクも地味で印象が薄い丸みを帯びたヘルメットをつけたような外観をしていた。


「潜伏・特殊作戦用ってわけか……」


 おそらくユクシーの呟き通りなのだろう。

 特徴無く他国に潜入・潜伏することを目的とした特殊作戦用の機体だ。余計な装甲がついていないために当たれば脆いのだろうが、おそらくエスパダ同様に速攻・回避を得意とする軽戦術騎だ。

 ユクシーは左手のガンランスを構えようとしたが、すぐさま撃たれたので回避に専念した。避けたボムランスが立木にあたって爆発し、炎上する。しかし、そのフォートレスはお構いなしにさらにボムランスを放ってきた。


「足止めする気か!? だけど、運がなかったな!」


 そのフォートレスはエスパダを攻撃することに夢中になったばかりに周囲の観察を怠っていた。

 直上から巨大なウォーアックスを持ったグランディアが降ってくるなど、想像もしていなかったのだろう。

 グランディアは全体重をかけたウォーアックスで、フォートレスの脳天からボディを真っ二つに斬り裂いた。


『遊んでんじゃないよ! ユクシー!』

『遊んでねぇって……』


 嘘だろうと言いたくなる強引な登場の仕方に、ユクシーは思わず頭を抱えた。

 グランディアらしいといえばらしいのだが……。

 勝ち誇りウォーアックスを肩に担いだグランディアは、ふっ……と倒したフォートレスが持っていたガンランスに目をやった。

 直接ランチャーを装備することが多いガンランスだが、このフォートレスは珍しくも手持ち式のランチャーを持っていた。しかも、回転弾倉式である。


『こんなランチャー、見たことないねぇ……』

『バレンシア、後ろだ!』

『…ッ!?』


 恐ろしい勢いでダッシュしてきたもう一騎のフォートレス。

 グランディアはギリギリのところでその長剣を回避し、エスパダが長剣でそれを受け止めて勢いを殺した。

 一合、二合と刃が交わり、剣戟の音が響く。

 さらにもう一度その剣を受け止め、エスパダは強く押し返して間合いを取った。


『その剣の動き……辺境領姫のクセが見えるぞ!』


 おそらくアイオライトと模擬戦などを繰り返していたのだろう。

 細剣とは異なるものの剣の取り回し方に、どこか辺境領姫の匂いが感じられた。

 そう声をかけて動揺を誘ったが、その特殊戦騎は動じた様子も見られず剣を振るって斬りかかってきた。

 エスパダはその剣を受け流し、まんまと特殊戦騎をグランディアの正面に誘い出した。

 攻撃を受け流されてバランスを崩した機体はいい的だった。

 その隙を逃さず、グランディアはウォーアックスを振り下ろした。

 頭部ユニットが壊れ、ボディの半分をひしゃげさせたもののコクピットまでは破壊しなかった。これで捕虜にできれば情報も得られる。


『コイツは私が見ている。エスパダはバリシュを助けてやって!』

『了解!』


 ガンランスを撃ち合う音が響いているからバリシュの無事は確実だった。だが、あちらも二対一での戦いだから加勢がいる。

 ユクシーはエスパダを海岸に向かって走らせた。

 松林を抜けると白い砂浜が広がり、そこにあのクラゲかキノコの化物のようなフォートレスが上陸し、バリシュに向かって砲撃を行っていた。

 水陸両用なのだろうが、陸戦システムはオマケなのだろう。動きはかなり鈍い。

 エスパダを見つけると砲撃を止めて、ソレは傘を回転させはじめた。傘の周囲にぶら下がった触手が異様な唸りを上げて振り回される。

 下手に近づくとそれにやられることになるが、近づかなければどうということはない。

 エスパダは左腕のガンランスを構えた。すると一際太い触手――触腕が二本伸びて腕に絡みついた。


『なっ!?』


 冗談のような見た目をしているが、そこは戦闘兵器だ。近づかれないならそれなりの対策を持っている。

 触手が絡みつくや、そのフォートレスは目を輝かせ次いでエーテル・ジェネレーターをフル稼働させて赤色発光させた。直後、触手に電撃が放たれた。


『があああああああああっ!』


 コクピットのモニター映像が歪み、ノイズが走る。

 電撃はコクピット内にも走り、わずかながらユクシーの身体を痺れさせた。コントロールを失ったエスパダは砂浜に膝を突き、そのまま崩れ落ちるように座り込んだ。


「ユクシー!」


 膝から崩れ落ちたエスパダを見たアルフィンはボブと共に走り出し、そのまま後部ハッチから飛びだした。


「アルフィン! 僕を離しちゃダメなのだ!」

「分かってる!」


 エアバーストの魔法を地上に向けてボブは放ち、落下の勢いを殺す。白砂が辺りに舞い上がり、まるで一面が煙幕を炊いたようになったが、今は都合がよかった。

 その間に上空からはベルがミアンダー・フレイムの魔法を放った。

 エスパダにトドメを刺そうと上陸してきたフォートレスに向かって、七つの大人の拳大の炎が蛇行しうねりながら、加速して飛んでいく。

 フォートレスにぶつかるや激しい閃光を放って爆発し、その視界を奪った。

 大した威力はなく、あくまでも時間稼ぎにしかならない。

 その時間が今は必要だった。


「ユクシー! 待ってて!」


 砂に足を取られながらエスパダに近づいたアルフィンは、外側から手早くエーテル・ジェネレーターを確認した。

 火花が飛び散るほどの電撃を受けたにもかかわらず、まだエーテル・ジェネレーターは生きていた。しかも稼働している。


「ユクシー! 起きなさい! 起きて!」


 ドンドンとコクピットハッチを叩くが、中から応答がない。

 電撃で意識を失ったのか、あるいは……。

 嫌な想像がアルフィンの脳裏を過ったが、頭を振ってその想像を振り払った。


「起きなさいよ! ねぼすけ! 起きないと整備代を取るわよ! 起きろーっ!」


 どうしても金の話に絡むのがアルフィンのザンネンなところだった。

 そうこうしている間に再びあの水陸両用フォートレスが動き始めた。

 このままじゃどうしようもなくなる。


「アルフィン! 逃げて!」


 ボブが懸命にウィンド・ブラストなどの風魔法を放つが、それらはフォートレスには無力だ。簡単な足止めにしかならない。


「ボブ! 私を援護してアイツの背中に飛び乗らせて!」


 そう言うが早いか腰に下げた剣を引き抜きアルフィンは走り出した。

 その行動に驚かされたのはフォートレスのパイロットだった。装甲歩兵でもないのに、生身の――しかも少女が肉弾戦をフォートレスに挑んでくるなど聞いたことがなかった。

 そのためらいの瞬間を逃さずアルフィンはフォートレスのギリギリ限界まで近づき跳んだ。その直後、足下でエアバーストが炸裂し、アルフィンの身体と砂を空に舞い上げる。

 アルフィンは引き抜いた剣をブレード・ウィップに変化させ、亀の甲羅に似たフォートレス上部に叩きつけた。

 カッカッカッカッ! という音を立ててブレードが甲殻に突き刺さり、それがブレーキとなってアルフィンを甲羅の上に無事に取りつかせた。


「くっ……」


 白兵戦でコントロール・ユニットを破壊しようとしたのだが、アルフィンの目算は見事にはずれた。頭頂部と思われる傘の上は亀の甲羅のように六角形の模様が描かれている装甲板しかなく、頭部ユニットとして使われるコントロール・ユニットがそこには存在していなかった。

 熱を逃がすために外に露出させる必要があるのだが、なにも必ずしも頭部として使わなければならないという理由はない。


「アルフィン! 傘の裏側にヤツの頭があるのだ!!」


 ボブの叫びに自分がコントロール・ユニットを頭部として使うという人型の肯定観念に縛られていたことに気づいた。

 アルフィンは滑り降りて傘の下のコントロール・ユニットを破壊しようとしたが、回転する触手が邪魔をして下手に動けない。


「あぁんっ! アルフィンったら~!」


 バリシュの格納庫から見ていたベルは、ガイデッド・ファイア・ブリットの魔法を唱えた。

 燃え盛る七つの火球がベルの周囲に出現し、彼女の指示に従い誘導された火球は孤を描いて傘の下に潜り込み次々と爆発していった。

 爆圧で水陸両用騎はバランスを崩して触手を回転させている状態ではなくなり、その回転を止めていた。しかし次々と襲いくる火球の爆圧に耐えられず、身体を大きく仰け反らせた。

 引っかけていたブレード・ウィップにしがみついて振り落とされるのを防いでいたアルフィンは、腰から鞭を掴み、停まった触手に絡みつけてブレード・ウィップを自由にした。

そしてもう一度ブレード・ウィップを振るい長い触腕にそれを一度絡みつけ、一気に引き斬った。

 小さな刃が連続して触腕を傷つけ、その根元からスパークが飛んだ。

 もう片方の触腕も同じようにして半分千切れさせてからアルフィンは鞭を解き、傾いた甲羅状の上部から砂浜に駆け下りた。

 飛び降りたアルフィンを見てボブがあわててエアバーストの魔法を放ち、彼女の着地を和らげた。

 砂浜を転げるようにして受け身を取ったアルフィンはすぐさま立ち上がり、さらに横跳びした。そこに触腕が振り下ろされて砂煙が舞い上がる。


「千切れかけてるのに、それでもその触腕を使うのね!」


 水陸両用騎は再び触腕を振るったがアルフィンは再び跳んでそれを避けた。その後押しをするように再びエアバーストの魔法が放たれ、空気の爆発が彼女をより高く遠くに運んでいく。

 並みのフォートレスだったらすぐに追いつかれていただろう。だが、これは陸上では動きが鈍い機体だった。


「バカね。周りに気を配らないから、終わりよ!」


 そう再起動したエスパダが立ち上がり、水陸両用騎に迫った。あわてて触腕を振るおうとしたが、一本は振り上げた瞬間、根元からスパークを散らして引きちぎれた。

 もう片方の触腕をソードストッパーで受け止めて傘の下の潜り込んだエスパダは、そこにあったコントロール・ユニットに剣の鋒を突き入れた。

 コントロール・ユニットを失ったフォートレスはデク人形も同じだった。ダラリと力なく触手を垂らし、水陸両用騎は活動を止めたのだった。

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