第28話 挟撃

 霞が途切れがちになり日光が差し込んでくる。

 一気に温かく湿った風が艦橋に吹き込み、潮の臭いが鼻腔をくすぐってきた。


「沿岸街道に近づいたよ! 全員、警戒を厳にしな!」


 バレンシアの声に全員が気持ちを引き締め、周辺の監視に今まで以上に神経を研ぎ澄ませていく。

 遠くに青く煌めく光を見つけ、監視についていた船員が叫んだ。


「海です!」

「二時の方角に舵を切れ! 海上には出ずに沿岸ギリギリを飛ぶよ!」


 街道使用協定に照らし合わせた場合、この進路は違反行為に近かった。

 街道使用者に圧迫感を与えるため街道の直上を飛ぶことは禁じられていたからだ。しかし、わずかでも街道から脇にズレていた場合は、この街道使用協定に抵触しているとは言いがたく、苦情程度で流されることが多い。

 当然、街道に対する攻撃行為も禁止されており、街道上で戦うことも違反行為になる。

 つまり、山賊などが街道で出た場合、盗賊行為の犯罪の他に街道使用協定違反の罪に問われてしまう。そのため街道上で山賊行為を行う抑止力にもなる法律となっていた。

 もちろん、これも咎めるものがいれば……の話である。


「海と沿岸街道を挟んで航行。進路を北に取れ!」

「進路を北に! ヨーソロー!」


 バリシュは沿岸街道の陸側を北に向かって進みはじめた。

 左舷側には沿岸街道の石畳の道が続き、簡素な暴風林を挟んで砂浜が広がっていた。


「左舷に船影あり! 並走しています!」


 船員の声にバレンシアはウイングに飛びだし、自身の目で確認した。

 望遠鏡を使わずとも済む距離に船影が確認できた。しかもかなりの船足だった。


「臭いね……」


 バレンシアは艦橋内に戻り伝声管のひとつに顔を近づけた。


「左舷に帝国のものと思しき船影を確認。対艦戦用~意っ!!」


 その言葉は船内のすべてに瞬時に流れた。

 船室で休んでいたネビルとランディは飛び起き、対艦ガンランスを片手に左舷ハッチに向かった。それにベルとボブも続く。

 格納庫にいたユクシーはすぐさまエスパダのコクピットに飛び込み出撃準備に取りかかった。

 まだ交戦が始まったわけじゃないため、舷側のハッチも開けない。

 あくまでも怪しい船影があるというだけで、まだ戦う相手と決まったわけじゃない。


『先制攻撃はあっちにやらせな! あくまでもこっちは仕方なく受けて立ったという姿勢が望ましいんだからね!』


 バレンシアの注意が飛ぶ。

 そんなことは誰しもが分かっていたが、攻撃を待つというのはどんな時よりも時間が長く感じるものだった。

 それは左ウイングで監視に立つ船員も同じな上、彼の報告の遅れが重大な問題に繋がる。責任重大であり、自然と望遠鏡を持つ手に汗が滲んできた。


「くっ……」


 額にも汗が滲んできて望遠鏡から目を離した時、その視野に別の影が映った。


「左舷左後方八時に機影! ガンランスの発煙アリ!」

「なんだって!?」

「緊急回避! 内陸に寄ります!」


 艦が斜めになりバレンシアはとっさに机にしがみついた。

 ガンランスの鉄槍が白煙を上げてバリシュの鼻先ギリギリのところを掠め飛んで行く。


「撃ってきたヤツはなんだ!?」

「後方に潜っていたフォートレスです!」

「水陸野郎か……」

「再度ガンランス! 左舷、船影からです!」

「緊急降下!」


 ガリクソンがギリギリの高度にまでバリシュを下降させて鉄槍を回避させる。その瞬間、船体に爆発の震動が響き、手すりにつかまっていなかった者たちが床に投げ出された。


「なにごとだい!?」

「右舷から攻撃! フォートレスです!」

「挟まれたってのかい!」


 予想外の方向からの攻撃に艦橋のスタッフはあわてふためいた。

 幸い、不審船を攻撃しようとネビルとランディは左舷にいたために事なきを得たが、数名の船員が負傷し、火災も発生していた。


「アルフィン! 回せえええええっ!」

「エスパダ、出します! 後部ハッチを開いて!」


 そう伝声管に向かって叫ぶと、アルフィンは起動ハンドルを回してエスパダを起動させた。


「エスパダ起動!」

「頑張って、ユクシー!」


 油に汚れた顔を見せたアルフィンにユクシーは笑いかけ、親指を立てて見せた。それを見て同じように応えてから、アルフィンは背面のハッチを閉じた。

 エスパダが歩き出して開きかけのハッチへと向かう。

 ハッチから流れ込む風が舞い散る格納庫にバレンシアも飛び込んできた。


「私も出るよ! 準備しな!」

「グランディア起動準備ーっ!」


 整備員たちが慌ただしく駆け回りはじめ、グランディアの周りに集まっていく。

 その一方、完全に開いた格納庫の後部ハッチのタラップに足を乗せたエスパダは、地上との距離を測っていた。

 目算で高度一〇メートルまで降下していた。これなら着地できるが、待ち構えているフォートレスとすぐさま戦闘になるだろう。


『ガリクソンに伝えろ! グランディアを出したら高度を上げろ! 狙われるぞってね!』


 そう外部スピーカーから言い放つとエスパダはタラップを蹴って地面に向かって飛び降りた。


「反撃開始だ!」

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