第27話:戦いに備えたら

 クラウツェン精霊首長国の街を抜け、途中で一度地上に降りてエスパダを回収したドラグーン・バリシュは再び北に進路を取っていた。


「しかしあの状況でよくワイヤーが目に留まったもんだ」


 ウイングで周辺監視をしながらランディがユクシーを褒めていた。


「俺が斬った係留索だったしね……」

「まぁ、なんにしても無事に回収できてホッとしたよ。姐さんを護るために尽力してくれたお前とエスパダを置き去りに……なんてなったら、姐さんの名前に傷がついちまう」


 すべてのことにおいてバレンシアが第一というランディらしい発言だった。


「ユクシー。それにしてもお前、よく生きていたな?」

「まぁね。強運とアルフィンのお陰かな」


 話しに入ってきたネビルに、ユクシーは肩を竦めて謙虚な言葉を返した。


「アルフィンがエスパダを強化してくれていなかったら、あの動きにはついていけなかった」

「あとは、あっちがお前さんを舐めてたってこともあるだろうな」

「俺を舐めてた?」

「ああ、アイオライトは完全装備じゃなかった」


 それを聞いたランディが目を丸くした。


「おいおい、アレで完全装備じゃねえってのか? あのクソ速い脚で、バカスカとクラウツェンのフォートレスを喰ってたヤツが?」

「ああ。あれが噂の翼人型フォートレスってヤツだ。おまけにヤツの切り札であるスピン・ストックを使ってなかった」

「翼人型って……アイオライトに翼はなかったよ!?」


 アイオライトの背にはエーテル・ジェネレーターが二本とそれのカバーバインダーが装着されているだけだった。さすがに相対した相手の装備を見落とすはずがない。


「オプション化されていて着脱可能なんだろうさ。翼があって移動できるから、あんだけ脚が細いんだ」


 あのほっそりとした女性的とも言えるボディ形状の理由はそれだったのかと納得できる部分があった。ウエスト部分が極端にくびれて細い理由も、空中での機動を考えてのデザインなのだろう。


「あのヒール足もそのせいか?」

「ピンヒールがなぜそうなのかまでは知らんが、蹴りつけるためにつま先を尖らせているという話だったな」


 確かに鳥足鉤爪より、つま先が尖っていた方が地上の目標物を蹴るのに適していた。

 それにしても……とユクシーとランディの脳裏に浮かび上がる疑問があった。


「スピン・ストックってなんだ?」

「アイツが本来装備している細剣はユクシーとの戦いに使ったアレじゃねえ。刃の部分が回転してゴリゴリ削ってくるレリクス・ウェポンだ」

「はあぁ?」


 想像を絶する武器にユクシーもランディも眉間にシワを寄せた。


「ブレードの断面が角が尖った歪な四角形になってる細剣でな、ブレード自体が根元から回転してなんでも斬り裂いちまう最悪の剣だ」

「ドリル剣ってやつか?」

「突き専門じゃないのがポイントだ。触れただけで並みの甲殻や鉄剣は削られちまう」


 そんな物を初手から使われていたらハルバートの柄で刃を受け流すどころじゃなかっただろう。瞬く間にハルバートが削り折られ、エスパダもズタズタにされてしまったに違いない。

 想像するだけで背筋がゾッとして、ユクシーは思わず自分の両腕を抱きかかえた。


「あの細剣だって私とグランディアだったら、ものの五分も保たずにやられてたよ。改めて礼を言っておくよ。助けてくれてありがとな、ユクシー」


 話を聞いていたのだろう。艦橋内で地図を睨んでいたバレンシアがそう声をかけてきた。

 確かにパワーで押し切るタイプの戦いを得意とするバレンシアとグランディアでは、アイオライトのようなフォートレスは苦手なタイプだろう。


「さて、おしゃべりはそれくらいにして聞いとくれ! もうちょっと進んだら舵を西に切って沿岸沿いに戻らないとならない」

「森林域を進むのはまずいのか?」


 ユクシーの質問にバレンシアは格納庫の方を指さした。


「ウチの銭ゲバ主計官の計算だと、このまま魔物とやり合いながら進むと、ベイ・フリップに辿り着く前にボム・ランスの在庫が尽きるそうだ」


 銭ゲバ主計官と言われて、全員の頭にアルフィンの顔が浮かんだのは言うまでもない。


「そんなに頻繁に魔物と交戦してたか?」

「クラウツェンを出て二時間余りの間に六回。ほぼ二〇分に一度のペースで遭遇戦になってる」


 バレンシアは艦橋中央の机の上に広げた地図に交戦ヶ所を標しづけていた。確かに森林地帯に入ってから異様なほどの戦闘になっていた。

 しかも相変わらず瘴気のように立ち込める霞のせいで視界が悪く、船側も思ったほど出せない状態だった。


「この状態だといくらこっちの船足が速くても先回りされちまう。弾薬が尽きた状態でそれは御免被りたいだろう?」

「まぁ……な……」

「でも、姐さん。絶対にあの水陸野郎が待ち構えていますぜ?」

「水陸野郎がいるなら水陸野郎を陸上に引きずり出して倒してやればいいってやつさね。ジリ貧で戦うよりも千倍マシだろ? 分かったらユクシーはフォートレス戦に備えて休憩しな! 他のみんなは監視に集中しな! 沿岸街道を北上に切り替えるよ!」


 弾切れでは話しにならない。

 クラウツェン精霊首長国で補充できればまだよかったが、あの状態ではそれも叶わなかった。


「それにしてもなんだって奴らはお前らを逮捕しようとしたんだ?」


 今さらながらのネビルの質問に誰もマトモな答えを出せる者はいなかった。


「大方、帝国の奴らと一緒でさあ。俺らがお宝を探すのを邪魔して、横取りしたい腹なんだろうよ」

「ふむぅ……」


 ランディの言葉にネビルは不服そうにしかめ面をし、腕組みして考え込んだ。

 なにか引っかかりがあるのだが、それがなんなのかネビルも言葉にできないのだ。それは船を仕切るバレンシアも同じだった。

 なぜ、船を降りるまで待っていたのか?

 そしてあの時、死んだ管理官はフォートレスのパイロットの所在を確認した。つまり、確実にバレンシアとユクシーという、バジュラムと相対した者を確保しようとしたのだ。

 とっさにバレンシアは嘘をついたために、ユクシーの顔が知られていたわけではない。手探り状態ながら、バジュラムと戦った者を確保しようとしたのだろう。


「クラウツェンの弱卒では、バジュラムと戦うのに不安でもあった……か?」


 思わず独りごちたが、そう漏らしたバレンシア自身、それが正しい答えだとは思えなかった。


 一方、アルフィンをはじめとする整備員たちは凄まじい作業量を目を回す思いでこなしていた。

 グランディアとエスパダのボム・ランスの再装填。

 さらにガタガタになったエスパダの修理も頭の痛い問題だった。慣らし運転なしでアイオライトと戦ったわけで、各所にかなり無理が出ていた。

 関節パーツの交換にはじまり、エーテル・ジェネレーターの調整など次の戦闘がいつはじまるか分からない状態でやることが色々とありすぎた。

 そんなてんてこ舞いの状況の中で、艦橋から伝声管を伝って伝えられた言葉が、


『あー……多分、戦闘になる。よろしく』


だったのだから堪らない。


「どういうことよ!」

『沿岸街道に戻るんだ仕方ないだろ! あんたが弾薬がなくなる、なんとかしろというからなんとかするように舵を切っただけよ! 文句なら待ち構えている帝国の水陸野郎に言ってやんな!』


 さすがにバレンシアも悪いと思っているのか、啖呵にいつもの歯切れの良さがない。


「わかったわ。文句を絶対に言ってやるんだからね!」

『え……? あ、ちょっと……アルフィン!?』


 アルフィンは伝声管のバレンシアの言葉に応えず、掌に拳を当ててボソリと不安な言葉を漏らした。


「目に物見せてやるんだから……」


 その呟きを聞いたバレンシアは空恐ろしさを感じ、取り返しの付かないことを言ってしまったのではないか……という気分にさせられたのだった。

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