第26話 戦後会見
消火のために着陸したドラグーン・トロンベに向かって歩きはじめたアイオライトは、クラウツェンの城門で動きが見えたために立ち止まった。
城門が開き、豪華な装飾を施した馬車が走り出てきたのだ。明らかにこの街の要人を乗せたものだろう。
「戦闘が終わったから詰問のために出てきたというところか……」
カティンカは侮蔑のこもった呟きをもらしたが、それは臆病な政治家に対する若さと武人貴族らしさの表れかもしれない。
そうしている間にも馬車はアイオライトの近くまでやってきて停まった。近くで見れば、悪趣味と言いたくなるほどに金銀や真珠などで豪奢に飾り立てた馬車だった。
他国の伝導師たちと比べても、その贅沢さの格が違いすぎる。
さらに馬車から出てきた伝導師の老人も、煌びやかな衣装に身を包み宝石をあしらった冠を被った大国の王侯貴族もかくやという姿をしていた。
「エタニア帝国東方辺境伯辺境領姫の乗騎アイオライトとお見受けする。私は外務長官を司るマラクである。乗騎より降りられて話し合いに応じられよ」
外務長官でその姿なら、首長はどれほど飾り立てられた姿をしているのだろう? 想像するだけでゾッとする思いがしたが、カティンカはこみ上げてくる侮蔑の思いを押し殺して無感情な声音で応じた。
『その場で待たれよ、マラク師。今、乗騎を格納庫に戻し、応対しよう』
カティンカはトロンベの格納庫のタラップを上らせ、中にアイオライトを戻した。
整備員たちが駆け寄って背面に搭乗タラップをかけると、コクピットハッチを開いて中からカティンカが姿を見せた。
「カティンカ様、お手を」
「すまぬ」
差し出された整備員の手を取ってコクピットから降り立ったカティンカは、すぐさま搭乗タラップを降りて、そこに集合していた兵の前に立った。
「陸戦隊第一小隊第二分隊隊長のユルゲン先任軍曹です。護衛として御供させていただきます!」
「ご苦労。よろしく頼む」
ユルゲンの敬礼に逢わせて、第二分隊の一〇人が一斉に敬礼した。カティンカはそれに答礼すると、踵を返して格納庫を後にした。それに分隊員たちが続く。
ぞろぞろと分隊を率いて格納庫から出てきたカティンカを見て、外務長官のマラクは若干及び腰になった。
当然マラクにも護衛兵はついているが、先ほどの戦闘の後である。自国の弱卒ぶりを見せつけられた後なのだから、それも致し方ないかもしれない。
「軍曹は一名を連れて私の傍に。それ以外はその場に待機せよ」
「はっ! クヌートは私と共にこい。最悪の場合、その身を挺して姫を御護りせよ!」
軍曹に名指しされた若い人族の兵卒は、パッと顔を明るくして敬礼し一歩前に出た。
カティンカは二人に頷いて見せてから再び歩き出し、マラクの前に立った。
「お待たせして申し訳ない、マラク師。何分、女は準備に手間取るものでな」
「前置きは結構。辺境領姫、貴女はこの状況をどう説明されるか?」
幾分怒気を含んだマラクの言葉にカティンカは芝居がかった様子で辺りを見回した。
「戦闘跡といったところだな」
「そうだ! 戦闘だ! 何故、辺境領姫は我が国の兵を攻撃したか!? 事と次第によっては本国に苦情を……」
「待たれよ。私が攻撃した……と?」
「違うとでも申されるか!?」
「先に手出しをしたのはそちらであろう? 私はただ単にかかる火の粉を払ったまでだ」
「なっ……」
口元に冷笑を浮かべて応じたカティンカに、マラクはさらに怒気で顔色を染めたが、カティンカは涼しい顔をして言葉を続けた。
「私が本気で戦闘をやる気なら、アイオライト単機を下ろしたりはせぬ」
カティンカは大仰に芝居がかった調子で腕を振り上げて格納庫の中を手で指し示した。
開け放たれたハッチの奥には、蒼騎士アイオライト以外に砂色の二騎のフォートレスが佇んでいた。その二騎がアイオライトに及ばずともクラウツェンの騎士たち以上の技量と性能の持ち主であることは、フォートレスに疎いマラクでも容易に想像できる。
「そもそも、先に私に斬りかかってきたのは、クラウツェンの騎士ぞ?」
「なっ……なにを……」
「嘘だと思うならそこで子鹿のように怯える貴国の兵たちに聞いてみるがよい。どちらが先に無体を働き、無礼打ちにされたのか……とな?」
「だが……」
「やりすぎとは言わせぬぞ。私に対して誰何も理由も問わずに六騎もけしかけてきた。むしろ貴国の方が国際法的に問題があろう?」
「くっ……」
マスクのせいもあってカティンカの表情が読めない。だがこの状況で彼女が嘘を言っているとはマラクも思えなかった。
「分かった。私の詰問は取り消そう。我が国の兵が無礼を働いたことを……どうかお許し願いたい」
「分かっていただければ私としては構わない」
「しかし、なぜこの時分に我が国に現れた? そして戦闘に介入したのか?」
聞きたい情報はそちらであろうとカティンカは内心で笑いつつ、表情は崩さぬまま話を続けた。
「これは異なことを……。私が私用でこちらに参ったところ戦闘状態になっており、その仲裁に降りたまで」
「あくまでも……仲裁だった……と?」
「もちろん。逃げたフォートレス乗りが想像以上に良い腕の持ち主であったので、部下にならぬかと勧誘したが即答で断られましたわ」
敵対している人間をその場で勧誘する。そんな武人の行動をまったく理解できずマラクは首を振ってため息をついた。
「さて、問題がなくなったことでお聞きしたい。なぜ、クラウツェンはあの者たちと争いになったのか?」
「ぬ……」
言葉に詰まる様子を見てカティンカは畳みかけた。
「あの者たちのドラグーンには係留索がつけられていた。それはつまり、正当な手続きでこの駐機場に入った証拠。であるにもかかわらず、管理局の建物は半壊し、繰り出した貴国のフォートレス隊は全滅。なぜです?」
全滅した理由の半分はお前にあるだろうにと叫びたいのをなんとか堪え、マラクは叫び出しそうになる声を抑えながら応えた。
「あの者たちを逮捕しようとしたためだ」
「賞金稼ぎが賞金首にでも?」
「そなたなら存じておろう? あの者たちはバジュラムを追う愚か者たちだ」
「ほう……」
あからさまに知らぬフリをするカティンカにマラクはさらに苛立ちを募らせた。
「辺境領姫。私用と申しておったが……そなたの目的は?」
「あくまでも私用です。バジュラムが出たと聞いた。しかし辺境伯は海峡の護りがあるから動かれぬという。果たして動かぬことが正しいのか、それを確認するために私的に訪問したまで……」
「辺境伯は……動かぬ……と?」
疑い深そうなマラクの言葉にカティンカは頷いた。
「貴国に問い合わせたところ問題ないという回答を得た。しかし、私はその回答に疑問を憶えてここに参ったまで」
「どのような疑問を?」
「貴国の街の造りです」
「なに……?」
クラウツェン精霊首長国は、南門は駐機場が建設された関係もあってガラリと空いているが、東西北の門周辺は流民が勝手に街を形成し、掘っ立て小屋のようなバラックであふれかえっている。巨大な都市国家の城壁の周りに新たな街が形成されているわけだが、彼らを護る外壁はない。
「バジュラムは魔物を駆逐するが人も襲う、言わば人の手を離れた自動人形。それが沿岸域に達すれば、当然貴国にも被害が出る可能性がある。貴国はどうそれを防がれるおつもりか?」
「決まっておろう。我が都市の市壁は生半可なフォートレスでは破れぬ造りになっておる。例えバジュラムが襲いこようが、市壁の中に身を潜めていれば生き延びられよう」
クラウツェン精霊首長国の市壁の防備を舐めるなと言う蚊のように、マラクは身体を仰け反らせて笑い出した。
「忘れたわけではあるまい? 我が国がまだ永世中立を唱えぬ頃に、貴国が追い返された歴史を」
「ええ、歴史の教えで存じております」
三百年以上も前の話しだが、エタニア帝国が大陸侵攻を唱えて沿岸地域に出兵した歴史がある。その際、クラウツェンはその市壁の防御に頼って籠城戦を行い、エタニアの遠征軍を撃退したのだった。
「あの時代にもフォートレスがあったが、この市壁を越えることは叶わなんだ」
「つまりバジュラムは市壁を越えられないと? しかし、市壁の外にいる民衆はどうされるおつもりですか?」
「民衆?」
マラクはわざとらしく大仰に市壁の外に広がるバラック街を振り返り、面白いことを聞いたと言うように嘲笑った。
「あやつらは税を納めておらぬ流民よ。市壁内に入れて護る義務もないわ」
その返事にカティンカは目を据わらせたがマスクのおかげでマラクに悟られることはなかった。
「市壁の外には五万余の流民がいると思われるが……見捨てると?」
「では、海峡を渡る船をつけてエタニアが引き取るかね? 我々もあの流民には困っているのだよ」
流民による犯罪はどの都市国家も抱えている悩みだった。
今の辺境伯領ではさすがに五万余の流民を喰わせていくことはできないし、仮に喰わせられたとしてもそれだけの移民を受け入れれば帝都から余計な勘ぐりを受けることになる。
「ふふ……。では、流民の始末をバジュラムに任せる……と?」
「そうは言っておらぬ。逃げられる者には逃げるように告知はする。なるべく都市から離れるように……とな」
「なるほど……」
バジュラムが流民を追ってクラウツェン精霊首長国から遠のく可能性も視野にいれているのだろう。例え襲われてもあの市壁の護りで防げるという自信もあるのだろう。
「それを聞いて安心しました。貴国は存続されるようだ」
「疑問が解決したと?」
「もちろん。では、これにて失礼します」
「これからどこへ向かう?」
「せっかく本国を出たのですから、南にでも行って、少しは羽を伸ばそうと考えております」
「では、せいぜい気をつけてな。よい旅を」
「マラク師もお健やかなることを」
カティンカが護衛の二人を引きつれて分隊のところに戻ると安心したのかマラクも背を向けて馬車に乗り込み、城に帰っていった。
肩越しに馬車を見送り、カティンカは傍らを歩く軍曹にだけ聞こえるように呟いた。
「老人どもは民衆を犠牲にし、市壁と生命を共にするおつもりだ」
「バジュラムがあの市壁を突破できないと思っているのでしょうか?」
「思っているのだろうな……。私のアイオライトでも、あの城門を突破することは容易いというのにな……」
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