第25話 逃走
タイミングの良いアイオライトの登場を見たクラウツェン精霊首長国の兵士たちは、エスパダとエタニア帝国が手を組んだものと勝手に誤解し慌てふためいた。
少なくとも出撃させた九騎では足りないと、整備中でハンガーに置いた機体まで駆り出し、対応にあたろうとした。
少なくともアイオライトが単機でくるはずがなく、
先行していた九騎も、エスパダも強敵だがアイオライトはもっと強敵と見込んで隊を割って二隊に分けた。アイオライトに六騎、エスパダに三騎当てて、エスパダの動きを封じている間にアイオライトを六騎でなんとかしようという算段だった。
『すべては帝国の策略かあああっ!?』
アイオライトの最も近くにいたクラウツェンのフォートレスが剣で斬りかかった。しかし、アイオライトは身体をくるりと回転させて攻撃をかわし、がら空きの背中に細剣を突き立てた。
『無礼な……』
『ぶ、無礼……だと? 不意打ちを喰らわせていながら、なにが無礼だ!?』
『不意打ちだと?』
アイオライトから流れてくるカティンカの声には、あからさまに不快感がにじみ出ていた。
『私は今ここにきたばかりである。
『な、なにを……?』
『不届き千万な言語道断の行為。不意打ちをしたのは卿の部下の方であろうが! エタニア帝国東方辺境伯辺境領姫カティンカ! 我に向けられたる刃はすべて微塵の欠片と化すまで粉砕する!』
アイオライトは再び剣を眼前に掲げて剣礼を行や前傾姿勢で駆け出し、隊長騎との間合いを詰めた。
並みのフォートレスよりも細めの脚。しかも、その足先は鳥足の鉤爪ではなく、まるで女性の履くハイヒールその物という形をしていた。
そんな脚の形状であるにもかかわらず、その速度はエスパダをはるかに上回っていた。
『なああああっ!?』
隊長騎に反撃はおろか対応すらさせず、アイオライトの細剣の鋒は正確に胸甲と腹甲の隙間を突いてコクピットまでも貫通した。
隊長騎がなにひとつさせてもらえずに倒されたことで、残った四騎はパニックに陥った。
『次は誰か!?』
倒れた隊長騎から細剣を引き抜き、睥睨してきたアイオライトを前にして、兵士たちはもう戦意を保つことができず武器を捨てて潰走しはじめた。
当然、それを見た出撃しかけた整備中のフォートレスたちも動きを止めた。
完全整備済みで最も装備が良かった隊長騎が一瞬でやられたのである。こんな半端な機体で出て行ったところでなにひとつさせてもらえるわけがない。
誰しもがそう思い、ジリジリと後ずさっていった。
『だらしがない男どもだこと……』
そう言葉をもらしたアイオライトが次に目を向けたのは、エスパダとその足止めに向かった三騎だった。
時間稼ぎに終始しようとしていたクラウツェン側の騎士だちだったが、それをやるには機体性能差がありすぎた。
エスパダはハルバートを変幻自在に使いこなし、瞬く間に一騎の首を跳ね飛ばすし、さらに斬りかかってきた騎士の剣を柄で受け止め、そのままひねり込んで袈裟斬りに斬り倒した。
しかも、エスパダは必ずアイオライトと自機の間にクラウツェン機を挟むように動いていた。
『ふふふ……。一番の手練は彼か?』
そしてゆっくりとアイオライトが接近する間に、エスパダは残った一騎を打ち倒し、身構えた。
『見事だな……。卿の名はなんと言う?』
『卿……? そんな言われ方をするお貴族様じゃないよ。俺の名はユクシー。賞金稼ぎでしがない狩人さ』
『ほう……。フォートレスを駆る
『違う違う。本業は賞金稼ぎの弓使いさ』
『では、卿がバジュラムと戦って生き残った一人だな』
『…………』
ユクシーはその質問に答えなかったが、無言を
『語り合うは剣を交えてからということだな。辺境領姫カティンカ、参る!』
アイオライトが再び
『クラウツェン精霊首長国の騎士より、しがない狩人の方がよほど礼儀をわきまえているようね』
エスパダの身を捩らせながら、ハルバートで鋒を受け流して跳ね飛ばす。そんな芸当染みた動きでその閃剣を回避した。
「速度差は二〇キロくらいか? 速いな……」
ユクシーは思わず独り言で感想を漏らしたが、その顔は焦りに満ちており、その一撃で背中には冷や汗が浮かび上がっていた。
もしもエスパダが改修されていなかったら?
それを考えるだけで冷や汗が止まらなくなる。
必死に改修してくれたアルフィンに感謝しかなかった。
さらに一合、二合と刃が交わされてゆく。
『ユクシー。私の幕下に入らないか? 私の初撃をかわせる騎士などそう多くはない。帝国の騎士として身を立てられるぞ』
『お断りだ』
『即答かね?』
『考える余地もない! 俺はただの賞金稼ぎで十分だ!』
おしゃべりをしながらも斬り合いは続き、剣戟の音は絶えなかった。
慣れないハルバートを振るってよくここまで耐えきれたとユクシーは自分を褒めつつ、ハルバートから剣に切り替える機会を窺っていた。
『良いのか?』
『なにがだよ!』
『卿の船が、卿を置いて離陸するぞ』
バリシュを背にしていたためにユクシーには見えなかったが、どうやら無事に飛び立ったようだった。
『動揺を誘っても無駄だよ! すべて計画通りさ』
『殿を置き去りにするのが計画とは……。嘆かわしいな!』
アイオライトが踏み込んだ瞬間を狙いエスパダはハルバートを投げつけ、同時に後ろ飛びして剣を引き抜いた。
削られてボロボロとなったハルバートを細剣で跳ね飛ばし、アイオライトはさらに前に出ようとした。
その瞬間を狙い、バリシュから二発の対艦ガンランスが放たれた。
撃たれたのはボムランス。
二騎の間で二発のボムランスが爆発し、爆炎を上げた。
『くっ!』
撃たれた瞬間にキックバックしてアイオライトは身体を仰け反らせながら回避し、間一髪のところで直撃を逃れたが爆風でさらにバランスを崩すことになった。
その隙を突いてエスパダは走り出し、クラウツェンのフォートレスの残骸を踏み台にして跳び上がった。
『跳べ! エスパダアアアアアッ!』
『翼もなしに飛べるものか!』
エスパダは驚異的な跳躍力を発揮し、自分の身長ほどの高さまで跳び上がった。
だが、バリシュはもっと上空を飛んでおり届くはずもない。
しかし、エスパダは空中に留まり、バリシュの上昇と共に空に上がり続けた。
『バカなっ!!』
ユクシーが狙いエスパダに掴ませたものは、金属ワイヤーに変質化された係留索だった。
『あのフォートレスは……自重を片手で支えられるのか!?』
普通なら自重を支えきれずに腕が抜けてしまいそうなものだが、エスパダはしっかりとワイヤーを片手で掴み、ぶら下がっていた。
『逃がすものか!』
アイオライトは上空待機しているトロンベを仰ぎ見た。
トロンベは承知したように舷側ハッチを開き、そこに対艦ガンランスを構えた兵士を二〇人二列横隊で並ばせた。
前列が片膝をついて二〇人の一斉射撃の構えを見せた時、バリシュの後部ハッチからグランディアが半身を覗かせ背中のバインダーに装備されたガンランスを発射した。
無誘導弾と言えども十二発のボムランスを至近弾で受けてはたまらない。二発ほどがハッチ内に飛び込んで爆発し、射撃員たちを吹き飛ばした。
『おのれ……』
火災発生の警報がトロンベから鳴り響き、それを尻目にバリシュは上昇を続け、北への進路を取っていった。
『着船せよ! 追撃は良い! 消火を急げ!』
そう命じてカティンカは外部スピーカーのスイッチを切り、そしてこみ上げてくる笑みを抑えることなく笑い出した。
「良いぞ、ユクシー。次は必ず卿を倒す」
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