第19話 追跡者

「ここにいたのか?」


 ドラグーン・バリシュの格納庫に設置されたメンテナンスデッキで、エスパダを前に四苦八苦していたアルフィンは、かけられた声に油で汚れた顔を上げた。


「ユクシー。なにか用?」

「飯だよ飯。食べに来ないから、ベルが作ってくれたぞ」


 コッペパンで作ったサンドイッチと、水筒に入ったコーヒーを掲げて見せ、ユクシーは整備中のエスパダを見上げた。背面の整備ハッチがすべて開けられており、戦闘中には決して見られない姿になっている。


「もうチョイで終わるから、そこのテーブルの上に置いておいて」

「いいけどさ……。根詰めすぎだぞ」


 ユクシーは顔をしかめて部品だらけのテーブルの上にサンドイッチの包みを置いた。その際、すべてのパーツに触らないように気を配ることは忘れなかった。どこになんの部品を置いているのか整備士たちが記憶しており、それをいじったがために過去にアルフィンに本気で怒られたことがあったからだ。


「バレンシアのお父さんが融通してくれたエーテル・ジェネレーターの結合装置が良かったんで、それを使って拾ったエーテル・ジェネレーターを取り付けたの」

「融通してくれたものじゃダメだったのか?」

「出力が二割増くらいになるから良かったんだけど、こっちの方が五割増だからね」


 ニッと笑ったアルフィンにユクシーは背筋に寒気が走るのを感じた。明らかにその笑みは、機械に生命と心を捧げた狂気的科学者そのものだった。


「お、おい。そんなのつけて大丈夫なんだろうな!?」


 操縦するのは俺だぞ? とは口にしなかったが、五割増にもなるようなジェネレーターを取り付けられたら操作感が狂うどころの話ではなく、爆発の危険性も考えられた。


「大丈夫よ。エスパダは丈夫だから。ジェネレーターのサイズも変わらないし」

「そりゃ……丈夫だけどさ……」

「機体強度がしっかりしてるから運動性は保証されているし、この出力増のおかげで機動性は飛躍的に増加するわ。多分、ユクシーが身体を動かすのとほぼ変わらない感覚でうごかせると思う」

「機動性に全振りか?」


 エスパダのような汎用人型のフォートレスにとって機動性と移動速度は、そのまま生命線に繋がる。敵の攻撃をかい潜って戦うことが身上だからだ。


「全振りじゃないよ。余剰パワーが有り余っているから、そのまま出力も上げているよ。多分、グランディアと組み打ちしてもパワー負けしないと思う。取っ組み合いの格闘戦はむりだろうけど」

「嘘だろ……」


 隣のメンテナンスデッキに並び立つ異形のフォートレスであるグランディア。腕の付け替えがなされたおかげで恐竜を思わす外観が一新し、翼を持つ竜人のような姿になっていた。特徴的だった巨大なアイアンクローは前腕部に折り返され、腕の先には剣を握りやすい手が着いている。


「もうちょっとで整備が終わるから、そしたらある程度の馴らしをお願いね」

「わ、分かった……」

「くれぐれも壊さないでよね。お父さんの形見なんだから」

「それは重々承知してるよ……」


 エスパダはかつてアルフィンの実父の乗騎だった。幼い頃に彼女の村が魔物の襲撃を受けた際、単身エスパダで村を護り亡くなった。擱坐した機体にすがりついて泣いていたアルフィンをネビルが保護し今に至っている。エスパダはその際に回収され、ネビルがアルフィンと共に修理して使えるようにした機体だった。


「でも、いざと言う時は乗り捨てていいからね。あんたの生命と引き換えにはできないんだからさ」

「分かってる。それよりもパンがカサカサにならないうちに食べろよ」


 アルフィンに軽く手を振り、ユクシーはメンテナンスデッキから下に降りてそこからエスパダを見上げた。基本、跪礼状態での騎乗だったし、整備中は横に寝かせて行うことが多かったため、起立したままの姿を見るのは久しぶりだった。


「見た目もずいぶんと変わったな……」


 アイアンクロー仕様だった左腕は、グランディア同様に折りたたみ式クローに変わり、ソードストッパーと兼用になっていた。今までのつもりで左腕を動かすと、より激しい動きになりかねないので注意が必要だろう。

 そんなことを考えながら戻りかけた時、格納庫内に警報が鳴り響いた。

 あわててユクシーは艦橋に向かう階段を駆け上がった。


「なにがあった?」

「落ち着きな。まだ攻撃じゃないよ」


 やや食い気味に艦橋に飛び込んできたユクシーをバレンシアはたしなめながら、艦橋脇のウイングから下を眺めるベルに目をやった。

 魔法を使っているため彼女の髪がわずかながらに光を帯びていた。


「海中に熱源がありますねぇ……。たぶん、フォートレスだと思いますよぉ」


 場違いなゆるいベルの言葉にバレンシアは眉間にシワを寄せつつ、艦橋中央に広げられた地図に目を落とした。


「ケープ・シェルから沿岸伝いに北上開始したばかりだってのに、帝国はもうここまで先遣隊を出していたってことかい……」

「腐っても軍隊だからな……」


 同じように地図を睨んでいたネビルも困った様子で顔をしかめていた。

 宣託を得たのは二日前。かなり急いで出港準備を整え、フォートレスの追加整備は格納庫で行うことにして無理やり詰め込んだ。それだけ急いで出発したにもかかわらず、もう眼下の海には追跡隊と思しきフォートレスが迫っていた。


「しかし火炎系の魔術師だってのに、水中の熱源感知まで出来るなんて知らなかったよ」

「うふふふふ。火も熱も同じものですわぁ」

「そ、そうだな……。それで、ネビル。どうする?」

「バリシュに対艦武器はあるのか?」


 ネビルの質問にバレンシアが目線をランディに向けると、ヘイヘイという仕方なさそうな表情を見せながらランディが答えた。


「有線式の対艦ガンランスが二本ありまさぁ。元々、この船は民間船なんで、そんなに武装はないんすよ」

「ケーブル付きのアレか……」


 ゲンナリしたネビルにランディも同意するように肩を竦めて見せた。


「まぁ、外殻に傷を付けちまえば水中機なんざ潜れなくなる。どうする? 艦長はバレンシアだ。攻撃するか、内地に逃げるかのどちらかを選択してくれ。俺たちはそれに従う」


 腕組みして考え込んだバレンシアの目線は、地図の上を走り回った。

 問題はエタニア島のハーナムとの距離だ。

 帝国の水中部隊が露骨に動いて見せたということは、それだけの単独行動である可能性は低い。おそらくかなり近くまで追跡部隊の本体が接近していると見ていいだろう。


「おそらく水中のヤツは足止め部隊だね……」

「だろうな。俺もそう思う。だが内地に誘い込むための陽動の可能性もあるぜ?」

「内地に?」


 ハーナムから出た帝国のドラグーンがわざわざ大回りをして内地に罠を張るだろうか?

 それなら出航直前にケープ・シェルを急襲してもよかったはずだ。ケープ・シェルは自治を許されているとはいえ、帝国の領内である。帝国艦が強制入領してもなんら問題はない。


「時間を考えればそれはあり得ないだろう。おそらく足止めだね。このまま内地に向かう! ガリクソン。面舵切って二時の方向に進みな! 内地の森林地帯上空を行く。各自、森の魔物に注意するんだよ!」

「アイサー!」


 ドラグーン・バリシュは面舵を切って沿岸上空から内地の森林地帯へと向かって動きはじめた。

 そのバリシュの動きを海中から追いかけていた物は停止した。やがて水上に亀の甲羅のような丸い物が浮かび上がった。亀の甲羅と海面の間の隙間には赤い眼のようなものがふたつ光っており、内陸部に飛び去っていくドラグーン・バリシュの姿を追い続けていた。

 そしてその姿が見えなくなると、再びソレは海中へと没していった……。

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