第13話 敗北

『なにをする気だい!?』

「バレンシア、お前は時間を稼いでくれればいい。メガエラもだ」


 ネビルは対フォートレス剣の柄頭を捻って引き抜き、そこに光熱石のガラス管を差し込み、再び捻り入れた。


「ベルは爆圧で俺を押し上げてくれ。ユクシーは跳んだ俺を剣の平でさらに高く上に押し上げろ。着地はボブ、お前の空気爆発に任せる」


 落ち着いた調子で指示を飛ばしたネビルは『いくぞ』の低いかけ声と共に走り出した。

 地面を蹴ったネビルの足下にベルの魔法の爆発が起こり、彼をさらに高く浮かせた。


『無茶しやがって!』

『ホントだよ!』


 ユクシーはエスパダを動かし、剣を伸ばしてその平にすくい上げた。

 その間にグランディアとメガエラはバジュラムの動きを留めるべく牽制する。


「上手いぞ!」

『言ってろ!』


 ネビルは柄頭をさらにねじ込み中に仕込んだ光熱石のガラス管を砕いた。その直後から刃が赤熱発光しはじめ、雨を受けて蒸気を放ちはじめた。それを見たユクシーは方向を見定めて細心の注意を払ってさらに高くネビルを放り上げた。

 高く跳ね上げられたネビル。だが、それでもバジュラムの頭頂に辿り着くのは難しかった。


「半端な高さしか取れんか……。ままよ!」


 ネビルはバジュラムの左脇腹を狙い、剣を叩き込んだ。

 一般的にフォートレスの胸部甲殻は前面だけに厚く硬く作られている。そのためフォートレスに肉弾戦を挑む帝国の装甲歩兵や起装狩猟兵たちは、関節やエーテル・ジェネレーターを攻撃するように指導されていた。

 ネビルが狙った場所は、腹部可動部分で比較的装甲が薄く作られた場所。その可動部の隙間目がけて赤熱発光する刃を振り下ろした。

 が――


「バカな!?」


 これまで幾度となくフォートレスの装甲を断ち斬ってきた対フォートレス剣の刃が、ゴインという音とともに跳ね返された。

 腹部甲殻にわずかな傷がついただけであり、バジュラムはその攻撃を意に介した様子もなく、ネビルを無視してグランディアの下顎を跳ね上げるようにハルバートの石突きを打ち上げた。

 落下するネビルの足下でエアバーストが爆発し、再び彼を跳ね上げて落下の衝撃を押さえる。ここにノコノコ留まっていてはただバジュラムに踏み潰されるだけなので、ネビルは舌打ちして安全圏に退避した。


「奴は化物か……」


 駆け寄ってきたアルフィンは、そう呟くネビルの顔に恐れの色が浮かび上がるのを初めて見た。それほどまでに、この巨大なフォートレスは恐るべき存在なのだとアルフィンは認識した。

 赤熱発光時の対フォートレス剣の熱量は、直接光熱石を叩きつけた時よりも若干高い。熱効率が良くなっているせいなど様々な理由が挙げられるが、ネビルの攻撃が軽くかわされた状態では、アルフィンが手を出してどうにかできる状況じゃないのは理解できた。

 じゃあ、どうすればこの化物を倒すことができるのか?

 レッドキャップたちがしつこく矢を放っていたが、なにひとつ意味のある攻撃になっていない。

 エスパダの数倍の怪力を誇るグランディアのアイアンクローすら通らないのでは、こちらに打てる策はなにひとつなかった。


「ユクシー! 逃げて!」


 アルフィンはそう叫ぶのが精一杯だったが、それを受けたユクシーはその言葉通りにいかない。

 石突きの跳ね上げでグランディアの巨体を吹き飛ばすような怪物が相手である。下手に後ろを見せればすぐさまあのハルバートの餌食になるだろう。

 エスパダを操り、繰り出されるハルバートの突きをかわし、時には剣で受け流し、隙をみてこちらも剣を突き入れるが、甲殻を上滑りするだけでまったく歯が立たない。


『くっそ!』


 飛び退きボム・ランスを全弾発射してみたが、やはり爆圧でも甲殻に傷がつかない。


『見た目だけかもしれん!』


 ボム・ランスの爆圧が甲殻の内側にダメージを与えているかもしれない。その可能性にかけてメガエラが突進し剣を突き立てようとした。

 だが、その動きを予期していたように、地面を這い進んできたバジュラムの尾の先端がメガエラの胸部を貫いた。

 さらにエスパダに向けてハルバートが振り下ろされた。


『しまった!』


 意外な方向からの攻撃に戸惑った隙を突いた攻撃だった。エスパダは咄嗟に身を捩ってその攻撃をかわしたものの、左前腕を叩き斬られた。

 断ち切られる激しい衝撃に前のめりになりそうになるエスパダのバランスを取りながら、ユクシーは懸命に操作し、跳ね上げられる次の攻撃を予測し剣で受け流す姿勢を取る。

 その予測は正しく、バジュラムは振り下ろしたハルバートを勢いよく跳ね上げた。

 金属が擦れ合う耳障りな音が響く。

 エスパダはその勢いを使って飛び退き、距離を取って着地して身構えた。


『くっそ……。よくも……やってくれた……ね……』


 跳ね飛ばされたグランディアもようやく身を起こしていたが、背面から叩きつけられたせいで何本かのエーテル・ジェネレーターがいかれたのだろう。動きも鈍く、さらに黒い煙を背面から上げていた。

 満身創痍もいいところだ。

 どの攻撃も通じず、逃げる事もままならない。

 八方塞がりな状況にユクシーは乾いた唇を噛んだ。

 その時、もはやここで抗戦は無駄と悟ったか、レッドキャップたちの生き残りが逃走を開始した。

 ネビルやユクシーたちを犠牲にすれば、自分たちは逃げられると判断したのだろう。

 だが、それは誤りだった。

 レッドキャップの逃走を目にしたバジュラムは、目を爛々と輝かせてその後を追い始めた。半壊したフォートレスに用はないという様子で……。

 ユクシーたちはなにもできず、その後ろ姿を見送るしかなかった。


『逃げた……。いや、逃がして……くれたのか……』


 剣を地面に突き立てそれにすがりつくように片膝をついたエスパダは、身体のあちこちから異音を発していた。

 その脇を抜けて、アルフィンとマイルズたちが、胸部を貫かれて擱坐したメガエラの元に駆け寄っていく。

 バジュラムの尾はメガエラの胸部を貫き、背面のコクピットハッチまで貫通していた。

 この状況では、中で操縦していたマイルズの弟、デービスの生存は絶望的だった。

 アレクトーも同じだ。

 上半身が蒸発し、遺体すら残っていない。

 独り残されたマイルズは頭を抱え、ぬかるんだ地面に膝を突いた。


「どうやったら……あれに勝てるんだ……?」


 伝説に語られるドラゴンと一緒だ。

 人が手を出していい相手ではなかった。

 だが、今回のように遭遇してしまったらどうすればいい?

 少なくとも、このガン・オルタ遺跡周辺をアレは徘徊している。

 賞金稼ぎとしてレリクスを探すことを生業とする者たちにとって、それは致命的な存在となってしまった。


「アイツを倒さなければ……俺たちの生活はままならなくなるんだな……」

「でも……どうやって……?」


 マイルズの発掘チームの誰かがそう呟いた。

 それは他人事ではなく、アルフィンたちの身にも降りかかった災厄の火の粉だった。

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