第14話:提案

 ケープ・シェル郊外にある野外劇場は、今、熱気に包まれていた。

 伝導師――エヴァンゲリスト――のディーヴァが歌う精霊の賛歌に観客は酔いしれ、歓声を上げていた。

 その様子を後席の高台に設けられた個室観覧席から醒めた眼でユクシーとネビルは眺めていた。


「ねえ……。なんで俺がここに呼ばれているわけ?」

「アルフィンは整備で忙しい。ベルはボブの登録で走り回ってる。手が空いているのがお前しかいなかったからだ」

「いや、そうじゃなくて……」


 バジュラムの襲撃から逃れたユクシーたちは、敗残兵さながらのボロボロな状態でケープ・シェルに帰還した。エスパダの左腕は斬り落とされ、グランディアはガタガタ。一緒に連れ戻ったマイルズのパーティはすべてのフォートレスを失った状態。普通ならパーティの再建に頭を悩ませるところだが、幸いなことにネビルもバレンシアも人的損害は出していない。あとはなんとかフォートレスを整備すれば再び稼ぎに出ることもできる状態だった。

 そして再整備のためにアルフィンたちが走り回りだした時、街の有力者からネビルは呼び出しを受け、この場所に招待されたのだった。


「歌はいいと思うが……この人たちのように乗れないんだよなぁ……」


 ユクシーは頬杖をついて観覧席から歌姫のパフォーマンスを眺めていたが、どうしてそこまで彼女に熱狂できるのか分からなかった。


「まぁ、好みの問題だろ……。お前が好きな曲じゃないってことだ」

「そうじゃないけどさ……」


 なにもかも忘れて歌に没頭できるのはある意味羨ましくはある。


「真のギャンブルを知らないから、少ない娯楽でも熱狂できるのだろう」


 ユクシーの心理を読み取ったような言葉を放ちながら部屋に入ってきたのは、五〇代後半くらいの髪にやや白い物が混じりはじめた紳士然とした背の高いガッシリとした体格の男性だった。ただし、その目つきが普通の人生を歩んできた人間ではないことを物語っていた。


「初めてお目にかかる。バレンシアの父のイサークだ」


 ユクシーはあわてて立ち上がって思わず気をつけの姿勢をとってしまったが、そこは年の功というべきか、ネビルはゆったりとした調子で立ち上がり、右手を差し出した。


「こちらこそ、お嬢さんのお世話になりました。ネビルとユクシーです」

「これはご丁寧に。まあ、硬くならずにかけたまえ」


 握手をした後で着座を薦められたネビルが座るのを見て、ユクシーもゆっくりと椅子に座り、改めてイサークの様子を窺った。

 確かに顔つきはバレンシアに似ていたが、もっと鋭い印象があった。手入れの行き届いた口ひげを蓄えており、どこか怪しさも滲ませていた。


「それにしても、こんな場所に伝導師の歌を聴きにくる趣味がおありとは……」

「ここは場所柄、防音がしっかりしているのでね。余計な気遣いをせずに話をする場として調度いいのだよ」

「なるほど……」


 確かにどれほどディーヴァが歌声を張り上げ、観衆が声をあげようとも街に声が漏れない仕組みになっている。盗聴防止の観点から見ても非常に有効的な場所だった。


「きみたちが遭遇した相手――バジュラムについてだ。結論から言おう。アレはこの街にくると思うかね?」


 イサークの言葉は落ち着いていたが内容は危険極まりないものだ。

 バジュラムがケープ・シェルを襲う可能性は否定できない。実際、ガン・オルタ遺跡外縁まで近づいてきていた。

 ガン・オルタ遺跡からケープ・シェルまでは四〇キロ少々あるが、あの足の速さであればいつ現れてもおかしくはない。


「ヤツはレッドキャップをおいかけていたようだった。おかげで俺たちは助かった」

「そうらしいな。娘の見立てでは、ヤツは怪物狩りを最優先し、その次に人間を狩る」

「人間を……狩るのは確定なのか?」


 思わず口を挟んでしまったユクシーだったが、イサークは嫌がる素振りも見せずに話しに応じた。


「集めた限りの話を総合すると、バジュラムは生きているものすべてを刈り取ることを目的としているとしか思えない。遭遇して生存できた人間はいずれも途中で怪物が横切ってバジュラムの目がそれたからだと思われる」

「じゃあ、逆に言えば、怪物を追いかけてヒョイとここに顔を出しちまう可能性もあるわけだな?」

「その通りだ。怪物だけではない。キミたち賞金稼ぎを追いかけて、ここに到達する可能性もある」

「最悪だ……」

「まったくだ」


 イサークは歌に酔いしれる観衆をながめてため息をついた。


「元々娘が情報を集めていたのだが、バジュラムが発掘されたという場所は、ガン・オルタよりもはるかに東の内陸部の未発見の遺跡だったそうだ。いつの間にかベルゼ精霊殿がその場所と言われるようになったが、そうではない」

「なんでそれを俺たちに話す?」


 ネビルが不敵な笑みを浮かべつつ問い質すと、イサークは肩を竦めてみせた。


「頼れるのがキミたちしかおらんのだよ。キミたちと娘……か。仮にもバジュラムと遭遇して動ける形でフォートレスを残したのは、後にも先にもキミたちだけだ」

「だけど歯が立たなかった」


 悔しげなユクシーの呟きにイサークは小さく頷いた。


「その点についてはこれから考えるしかない。私はこの街の評議会員として、アレを止める手段を模索しなければならない」

「俺たち以外の手段も当然考えちゃいるんだろう?」

「もちろん考えている。だが、打てる手はすべて打っておかねばならないし、私の手札もそう多くはない」

「二手三手先をってことか……」

「分かってもらえているようだな。街を護るためであれば、娘に死んでこいと命じねばならんことくらいわきまえている」


 ネビルは冷たい言葉を言い放ったイサークの顔色を窺ったが、その表情からはなにも読み取ることはできなかった。

 バレンシアの父親のイサークはこの街の名士の一人だ。賭場や酒場、娼館の経営を手広くやっており、レリクスの買取店なども手がけている。まっとうな商売とは言いがたいが人の生活になくてはならない娯楽産業を支えている。


「私がそんなことを言うのは意外かね?」

「失礼ながら……意外ですなぁ」

「私とてこの街で育ったのだよ。捨てるには忍びないし、捨てられないしがらみが多数できてもいる。娘を自由にさせてきたのも、長い目で見ればこの街のためになると考えたからだ」


 ネビルはどうする? と訊くようにユクシーを見たが、事が事だけにユクシーもやるとは即答できなかった。だが、やらないという選択肢を選べないことも分かっていた。


「あの……俺たちに拒否権は……ないですよね?」

「いや。この街に住む気がないのであれば、拒否しても構わんよ」


 受けなければ事実上の追放ということだ。これは引き受けないという選択肢はない。


「引き受けたとしても、俺たちじゃ時間稼ぎにしかならんぞ。俺の対フォートレス剣も歯が立たなかった」

「その話しも聞いている。頭が痛いところだが、我々が提供できるものがあるとすれば、せいぜい強化型のエーテル・ジェネレーター程度だ。出力比が一・二倍程度にしかならんがないよりマシだろう」

「それで、死ねと?」

「いや、対抗手段を考えて欲しい。この街が滅ぼされる前にね」

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