第12話 雨中の死闘

 稲妻で薄闇の中に浮かび上がった漆黒の影――

 その巨体は二〇メートルにも達するかというほどの体高を曇天の空に鎌首をもたげた蛇のように持ち上げていた。全長がどれほどの大きさなのかは分からないが、持ち上げた体高よりも短い訳がない。

 人型の上半身を持ち、大蛇の下半身を持つ。魔物そのものという姿のその巨体は、雨に射たれてシュウシュウと水蒸気を発する赤熱したエーテル・ジェネレーターとそれを覆うバインダーで形成されたものを、まるで翼のように広げていた。


「バジュラム……」


 本当にそれがバジュラムなのか、誰も見たことがないために確証はない。

 だが、そう呼ぶ以外の名前を誰も思いつけなかった。


 あまりの巨体に愕然としていた。そのために誰もが出遅れた。

 長大なハルバートを振り上げ、それはフォートレスとは思えぬ、聞く者に怖気をもよおさせる耳を劈くような甲高い奇声を発した。まさにそれは、伝説に聞くドラゴンズ・ロアそのものだった。

 皆が耳を塞いで蹲るなか、真っ先に動いたのは鈴を鳴らして集まっていたレッドキャップたちだった。レッドキャップたちは動きを鈍らせたものの、全員が地面を蹴って思い思いの方角に散り始めた。

 だが、バジュラムを逃げるレッドキャップたちの背後から、鈍色のハルバートを横薙ぎに振るい、立木ごと大轟音を響かせて粉砕した。

 大量の木片に混じって、千切れたレッドキャップの四肢が飛び散り、あちこちに鎧の金属片や武器が散乱した。


「レッドキャップを追いかけてきたのね……」

「奴は……味方か……?」


 アルフィンとランディは必死に起動ハンドルを回し続けた。バジュラムが味方であろうが敵であろうが、フォートレスを起動しておかねば不測の事態に対応できない。


「起動!」


 若干ズレた三人の叫びに続き、エーテル・ジェネレーターの回転音が鳴り響いた。

 そのエーテル・ジェネレーターの起動音にバジュラムは顔を向け、ゆっくりとエスパダ、グランディア、アレクトー、メガエラを赤黒く光る眼で見据えた。そして反撃を開始したレッドキャップを小うるさげに睨めつけた。

 バジュラムの顔は人間の鼻梁と頬を護るように作られた兜と同じようなデザインをしており、目元周りは暗く陰っている。しかしその奥には、血を輝かせたように赤黒く双眸が、まるで憎しみの炎を燃え上がらせているようにも思えた。


『先行する!』


 アレクトーとメガエラがウォーアックスと大剣を取り、歩を進めるとバジュラムの眼差しがその二騎に据えられた。


『待て!』


 まだ交戦が決まったわけじゃない。

 しかし、動き出した二騎にバジュラムは身構えた。

 ハルバートを右手で支え、左手を前に突き出して手首を下ろした。次の瞬間、なにかが前腕からせり出し、シャオンという空気を引き裂く奇妙な音が響いた。

 なにかが焼け焦げる臭いが周囲に立ち込め、バジュラムの背面のエーテル・ジェネレーターがさらに赤熱して激しい水蒸気を上げていた。いや、背面だけじゃない。前に突き出した左前腕からも蒸気が立ち込めていた。


「なんだ……あれは……ッ!?」


 ネビルも思わず息を呑んでいた。

 その直後、上半身を消滅させたアレクトーが膝から地面に崩れ落ち、その背後の森が燃え上がっていた。

 バジュラムの胸部外殻の一部が開いて蒸気が吹き出し、今まで雨を蒸発させていた凄まじい水蒸気に加えてほぼその全身が包まれていた。


「あれが……遺跡の廃墟を溶かした正体よ! 腕を構えたら注意して!」


 目に見えない攻撃。

 バジュラムの左腕になんらかの高熱を発する兵器が備わっていることにアルフィンは気づき、警告を発したが、その声はメガエラには届かなかった。


『この……化物め! よくも弟を!』

『落ち着きな! ランディ! ネコとお嬢ちゃんをしっかり護るんだよ!』

「姐さん、任せといてくだせえ!」

「ネコじゃねーし!」


 敵味方の識別はついた。

 重騎のアレクトーの上半身を一瞬で蒸発させられ、逆上したメガエラは大剣の鋒を向けて突進した。

 小うるさげにレッドキャップの放った矢を薙ぎ払い、突進してくるメガエラを見据えるや、バジュラムは大ぶりにハルバートの矛先を振り込んできた。

 メガエラはその矛先を大剣で受け流しながら、大きく身体を捻って突き入れた。


『巧い!』


 援護に回ろうとしていたエスパダからユクシーは思わず声を漏らした。

 逆上しているように見えて、メガエラは戦いを忘れていなかった。

 だが、その突きはハルバートの柄で弾かれ、その勢いでメガエラは吹き飛ばされて巨木に叩きつけられた。

 さらにトドメとばかりに振り下ろされたハルバートを、間一髪のところでエスパダが受け流して難を逃れたが、エスパダでは体格差がありすぎて段違いのパワーについて行けない。 つんのめりそうに鳴りながらも体勢を保ち、次の攻撃に備えるので精一杯だった。


『速く立ってくれ! このままじゃこっちも保たない!』

『すまない!』


 新たに振り下ろされたハルバートを再びエスパダが受け流した時、ようやくメガエラは立ち上がった。

 バジュラムが二騎諸共に薙ぎ払おうと大ぶりに振り上げた時を見計らってグランディアが体辺りをかまし、胸部の排気口目がけてアイアンクローを叩きつける。だが、寸でのところで排気口が閉じ、アイアンクローが甲殻を削る嫌な音が響いた。


『くっそ! 傷ひとつつかないなんて、なんて硬さだい!』


 傷ひとつつかないどころじゃない。アイアンクローの方が削れて鋒が欠けていた。

 三騎のフォートレスが束にかかっても歯が立たない。

 いや、三騎どころか、まだ十数体のレッドキャップが矢や槍、鉈で攻撃を加え、さらに遠方からはマイルズたちがガンランスで砲撃を加えていたが、それらも一切の傷をバジュラムに与えていなかった。

 唯一の弱点とも言える《虫》を使ったコントロール・ユニットは頭部に設置される可能性が極めて高く、その位置はエスパダの体高の三倍上にあった。とてもじゃないが届かないし、逆にエスパダの頭部はバジュラムから丸見えと言ってもいい。弱点を晒しながら戦っているようなものであり、振り下ろされるハルバートで一撃粉砕される可能性があった。


「ユクシー! バレンシア! 援護しろ!」


 唯一まともに攻撃が通る可能性は、ネビルの持つ対フォートレス剣しかなかった。

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