第9話 アルフィン

 エタニア帝国にヤクト・イエーガーと呼ばれる重装歩兵部隊が存在する。彼らは人間が身に着ける機動甲冑――レリクス・アーマー――をまとい、フォートレス相手に肉弾戦を挑む強襲部隊だった。

 ネビルはかつて短期間だがその部隊に所属し、兜すら被らない最低限の重装で対フォートレス・ソードを操り、肉弾戦を挑み暴れまくったことがある。その時、彼を恐れた敵国の兵士たちが、その灰白色の顔の鬼相から『白面鬼』とあだ名したのだった。

 襲撃者の中にそんなネビルの噂を耳にした人間がいたか、あるいはその現場に居合わせた敵国人か……。襲撃者たちはその『白面鬼』という言葉に怯え、身体を竦ませた。


『ええいっ! 怯むな! 数はこっちが上だ!』

『そう叫んだ奴が負けるって知ってた?』


 怒りのこもった言葉と共にユクシーはエスパダを操り、引き抜いた剣で突きかかった。

 手近にいたのは人型六メートル級の重装フォートレスだった。そいつは咄嗟に身体を仰け反らせて剣をかわしたが、ユクシーはその行動を読んでいたようにエスパダの左手を振るいアイアンクローでその首を叩きつぶした。

 フォートレスの頭は基本、《虫》にマスクを付けたユニットで構成されている。その《虫》を叩きつぶされ、フォートレスの全身に電撃のようなものが走り、頭部だったものからブスブスと煙をあげてフォートレスは崩れ落ちた。


『次っ!』


 辺りを見回すと、出現したフォートレスの残りは三体。

 腕を四本も生やした異形の人型と、カマキリを思わす外観のフォートレス。そしてやたらと重装備をつけてフォルムが肥満体型となった人型。

 ネビルが腕四本に向かって突進していったため、彼を踏まないためにもエスパダの相手はカマキリと肥満型になる。

 ユクシーは大した照準もつけずに左手をふるってガンランスを構え、肥満型にボム・ランスを一発放った。


『狙って外すな!』


 そう叫び様に剣の刃を走らせカマキリに向けて斬り上げる。カマキリは左手の鎌でエスパダの剣を受けると、右手を薙ぎ払ってきた。しかし、右手にベルが放った《火球》が命中し、バランスが狂った鎌は空を切り裂いた。


「遊んでんじゃねえぞ!」


 ネビルは楽しそうにそういうや軽いステップで跳んで四本腕の剣をかわしていく。そして大きく踏み込んで跳んだ瞬間、足下にボブが放った《エアバースト》の魔法が炸裂し、その爆風を蹴ってネビルはさらに高く跳び、四本腕の腕を一本斬り落とした。


「あと三本だ!」


 肥満型はボム・ランスが全面装甲を直撃して炸裂したが、多少よろけた程度で傷を負うこともなくそのまま重い足音を響かせてエスパダに歩み寄っていく。

 近づく肥満型にエスパダは顔面を狙ってもう一度ボム・ランスを放つ。だが、モロに顔面で爆発しても、重装甲のヘッドガードをつけた顔に傷ひとつつかなかった。


『はっはっはっは! 我がカルテリコスの装甲の前ではボム・ランスなど子どもの火遊びに等しいわあああああっ!』


 無様にも肥満型のカルテリコスは、決め台詞の最後でクレーンのフックで引きずり倒された。


「ウチの動物を殺しておいて威張ってんじゃないわよ!」


 アルフィンは泣きながらクレーンを操作し、重いフックを振り回して引っかけたのだ。

 倒されたフォートレスほど間抜けなものはない。自重が重ければ重いほどダメージは受けるし、なによりも立ち上がるのに時間がかかった。


『よくやったアルフィン! あとは俺に……って、アルフィン!?』


 カマキリの刃をかわし、受け流しながら声をかけたユクシーは、信じられない光景に思わず我が目を疑った。


「よくも、やって、くれたわね!」


 アルフィンはネビルのような豪壮の戦士じゃない。であるにもかかわらず、立ち上がろうともがくカルテリコスに駆け寄っていくではないか。その手にはやや大きなバールが握られていた。


「ミロとパウズの仇よ!」


 ネビル顔負けの俊敏さでようやく立ち上がったカルテリコスの足下に近づくや、その右膝関節の後ろにバールのクローを叩き込んだ。

 その瞬間ガラス管が砕ける音が響き、眩い閃光が放たれ、カルテリコスの甲殻が真っ白になるほどの高熱が発されて次の瞬時に膝頭が爆発した。

 バールのクローの先に、アルフィンは光熱石のガラス管を仕掛けていたのだ。

 光熱石は電気を通さずに酸素に触れると高熱と電流を出して消滅する。接続端子はその高熱に耐えられる金属で出来ているため、クローとアルフィンは護られる。光熱石について熟知しているアルフィンだからこその咄嗟の攻撃方法だった。

 片足が失われれば、もうフォートレスは立っていられない。重い地響きを立ててカルテリコスは右側に倒れ込んだ。


『アルフィーン!!』


 土煙が上がってアルフィンの姿が見えなくなり、カルテリコスに彼女がつぶされてないか心配になったユクシーは思わず名前を叫んだが、カマキリ型の執拗な攻撃にその姿を探すこともままならない。


『よそ見してるとは余裕だな!』

『うるさい! 黙れ!』


 鎌の攻撃をエスパダの剣とアイアンクローで押さえ込み、その胴体を足の爪で切り裂きながら、ユクシーは懸命に土煙の中で動く物を探した。

 見つけた!


『アルフィン!』

「これで終わりだと思わないでよね!」


 土煙で汚れたアルフィンは、そんなものも構わぬ様子で再びクローに光熱石を挟み込み身構えていた。


『あの……アルフィン……?』

「これで終わりよーっ!」


 アルフィンは、カルテリコスの背面にある起動ケーブルソケットに向かって光熱石を叩き込んだ。

 再び光熱石が爆発して高熱と過剰電流が走り、カルテリコスの背面にある片側のエーテル・ジェネレーターが赤色発光からさらに熱を増して白色発光へと変わり、そのまま蒸発した。


『あああああああああああああああっ! 私のカルテリコスがああああああっ!』


 エーテル・ジェネレーターが片肺になったカルテリコスは、重装甲故に自重を手足で支えることもできず、もはやぎこちなく手足を動かすだけの存在にすぎない。さらにエーテル・ジェネレーターの蒸発の熱でコクピット・ハッチの甲殻が焼き付き、操縦士が単独で脱出することは不可能になっていた。


「次はお前か!!」


 暴走とも言える戦闘を見せた直後のアルフィンに睨まれ、カマキリ型に乗っていた操縦士は一瞬戦いを忘れ、生身でフォートレスに肉弾戦を挑んだ彼女に恐れおののいた。

 ネビルのような豪壮な剣士にやられたのではなく、極普通の人族の少女に得体の知れない攻撃をかまされて地上最強戦力であるはずのフォートレスが為す術なく倒されたのだから、それも仕方ないことだった。

 だが、瞬間とは言え、戦いの中で己の戦いを忘れたのは彼の最大のミスだった。

 ユクシーはその隙を見逃さず、大きく剣を跳ね上げてその両鎌を斬り落とした。


『降参しろ! もう勝負はついた!』


 エスパダの剣をカマキリの頭部に当てながらユクシーがそう勧告すると、苦渋の選択という声で降伏の意思が伝えられた。


『分かった……。降参する! 降りるから生命だけは助けてくれ!』


 そしてカマキリの胴体部分の背面が開き、そこから両手を上げた操縦士が姿を見せた。

 ネビルが相手をしていた三本腕を見ると、二本腕となった上に操縦士が引きずり出され、勝負がついていた。



「さぁて、詳しい話を聞かせてもらおうじゃねえか……」


 盗掘者たち三人は、それぞれのフォートレスから引きずり下ろされて縛りあげられた。


「お前たちが稼いだ物はドコにある? あぁん?」


 すでに冷えた対フォートレス剣の腹で肩をトントンと叩きながら、ニヤリと笑うネビルの笑みは凶悪そのもので三人は震え上がったが、それ以上に赤く涙で濡れ腫らしたアルフィンの刺すような眼差しが、三人を最も恐れおののかせていた。


「俺たちのアジトは……」


 カルテリコスに搭乗していたはげ頭の中年男が言いかけた時、空から一機のフォートレス――グランディアが地響きを立てて地上に降り立った。


『ネビル! 助けにきてやったよ! 恩義に感じるなら私の……え?』


 格好良く着地してグランディアを立ち上がらせたバレンシアは、すでに事が終わってネビルたちの圧勝であったことに気づき、その声をか細く途切れさせた。


「遅えよ!」

「………………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る