第8話 白面鬼
ガン・オルタ遺跡の外縁から大森林にはいったアルフィンたちは、今まで以上に警戒しながら毛長牛のノンビリした歩調で先を進んでいた。
木々に遮られて見通しは悪く、森の枝葉で薄暗い地上の視界は最悪だった。
「伝説だと一晩でこの森林が生えたっていうけど、本当かな……」
話していないと心細くなる。
そんな森の雰囲気に気圧されたアルフィンは誰に話すでなく呟いた。
「うふふ。そうですねぇ……。私が生まれるずっと遙か昔のことで確証はないですが、精霊たちはそれは真実と伝えていますわ」
「これが一晩で……」
エスパダが斧を振るったとしても、斬り倒すことが困難に見える巨木の森。それ故に人間の大陸進出は思ったように進まない。
人間が大陸外縁部にしか住めない理由は、怪物たちが跋扈するためだけではなく、あらゆる自然が開拓の進行を阻害するように立ちはだかっているせいだった。
「人が住まえし楽園は大陸になく、人は黄昏の境界にしがみついて生きるしかなし……。伝導師――エヴァンゲリストがそんな詩を語っていましたわね」
「とはいえ、いつまでもそんな境界にしがみついてもいられねえだろ。古代遺跡の遺物を使ってでも、住む場所を広げねえと生きて行けねえんだからな」
「……しっ!」
手綱を取るネビルが応じた時、見張りを続けていたユクシーの声が飛んだ。
途端に一向に緊張が走り、それぞれの手が武器に伸び、ネビルは手綱を引いて荷車を停めた。
辺りは静寂に包まれていたと言いたいが、実際の所、鳥や得体の知れない生き物の声が響き、風で枝葉が擦れる音が聞こえ決して静かなわけではない。
その中でもユクシーは違和感を感じて警告を発した。
「出てこいよ。じゃないと射つ」
ユクシーは矢を弓につがえて構え、引き絞る姿勢を見せた。
すると――
「みぎゃっ! ちょ、ちょっと待つのだ! 今出て行くのだ!」
その声と共にユクシーが狙い定めた大木の背後から、両手を上げて体高八〇センチほどのサイアミーズな外見のケット・シーが姿を見せた。赤いベストを着て小さな杖を持っていて二足歩行していることを除けば、ほぼ完璧な猫の姿をした妖精種だった。
「オ、オイラはボブ・シー。敵じゃない、助けて欲しいのだ」
「猫さんがなんの用だ?」
「猫じゃねーし。オイラはケット・シーのボブ・シーなのだ。賞金稼ぎのメイヨンのパーティ・メンバーだったのだ」
「そのメイヨンはどこにいる?」
「死んだ……。殺されたのだ! だから……助けて欲しいのだ」
手を上げてユクシーに矢を下ろすようにジェスチャーし、後を継いでネビルが訊ねた。
「誰にやられたんだ?」
「盗掘者の集団だ。最低でも五機のフォートレスがいたのだ。オイラ、弾き飛ばされて……気を失っている間に……みんなが……」
話している間に仲間のことを思い出したのだろう。ボブはその場にへたり込んで泣き出した。
盗掘者とは、賞金稼ぎが見つけた遺物を横から掠うために武力で襲ってくる者たちの蔑称だった。
「ユクシーはコクピットにいけ。アルフィン、いつでも起動できるように準備をしておけ」
「分かった」
ユクシーは弓をしまってエスパダのコクピット・ハッチに向かい、アルフィンもその後に続いて起動準備に入った。
ネビルは荷台に手を伸ばしてケースから光熱石をひとつつまみ、大剣の柄頭を捻ってスライドさせ、そこに光熱石の筒をセットしながらボブに話しかけた。
「ボブ。お前に仇討ちする気はあるか? あるなら連れて行くが、ないならこのまま歩いて帰れ」
「オイラを……一緒に連れて行ってくれるのだ?」
「やる気があって裏切らないならな。なにができる?」
「オイラ、風魔法が使える!」
「いいだろう、乗れ。アルフィン、いいな?」
「もちろんよ」
「うふふ。歓迎するわぁ」
その瞬間、風を切って巨大ななにかが飛来し、地響きを立てて着地しざまに二頭の毛長牛の背を両断した。
『はっはっはっはっ! これで貴様らの足はなくなった! 大人しく投降しろ!』
飛来したのは六メートル級の人型をしたフォートレス。毛長牛の返り血を浴びた鬼面のマスクの奥の目を光らせて威嚇してきた。
「てめえ……生き物の生命は大切にしろって、親に教わってこなかったか? ベル任せる!」
ネビルは大剣の柄頭を押し込み、光熱石のガラス管を砕けさせた。すると大剣の刃が見る間に赤熱発光しはじめた。
「おい、俺と戦う準備はできてるか?」
「な……」
不敵な笑みを浮かべたネビルは御者台を蹴って跳んだ。ベルが彼の足下に向けて魔法を放ち、そこで爆発が起きるやその反動を利用してネビルはさらに高く跳ぶ。
そして赤熱発光する大剣の刃をフォートレスの背面から突き出したバインダーとエーテル・ジェネレーター目がけて叩き込んだ。
甲殻が砕け、肉や健が断ち切られ、機械が軋む音を奏でさせながら一気に大剣を振り抜く。
片肺を失って出力低下したフォートレスは、バランスを崩してその場に跪いた。
『くそっ!』
ぎこちない動きをしながら上半身を回してフォートレスは大剣を振ったが、その力は弱々しく簡単にネビルに受け流された。
その時、ふたつの破裂音が響き、エスパダが起動した。アルフィンがコクピットハッチを閉めるのももどかしく、固定ワイヤーを剣で断ち切ったエスパダは、立ち上がるや左手を構えてガンランスを構えた。
バシュッ! という発射音が響かせて放たれたボム・ランスはフォートレスの首元に突き立ち一拍置いて爆発した。
爆風で仰け反り横転したフォートレスのコクピットに赤熱発光する刃を突き立ててトドメを刺したネビルは、森林に潜みながら接近してきたフォートレスたちを睨めつけた。
「次は誰から死ぬ?」
対フォートレス剣を振るってフォートレスに肉弾戦を挑む胆力。灰白色でひげ面の大男。
その姿を見た襲撃者たちは、すぐさまひとつの言葉に辿り着いた。
『奴は……白面鬼のネビルだ……』
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