邂逅-2
取り敢えず入部の方法とかはよく分からないので、担任沖田に聞いてみることにした。
「数学研究会か、私はよく知らないですけどその辺りは西谷先生が詳しいと思うので職員室に行って聞いてみて下さい。」
西谷?誰だその先生は、初めて聞いたぞ。大体そいつは職員室にいるのか…まぁ、取り敢えず行ってみるしかないか。大体何で職員室が1年生の教室がある棟と職員室がある棟とが別にあるんだ、訳分からん。全くもって訳がわからん。俺が生徒会長だったからすぐに職員室を1年の棟に移動させるぞ。
そんなことを適当に考えながら俺は階段を下っていた。
「なので、このGはこの演算に対して群になります」
群…この高校群論を生徒に教えやがるのか…?いや、そんなわけない。だとすれば…数学研究会…か…?
取り敢えず俺は声のする方へ足を進めてみることにした。さて、どうなることやら。高校で群論いじくってるなんてさぞかし変人なんだろうな。
「ここか…」
空き教室、教室番号は見えない…というか段ボールが被せてあって「数学研究会」と書いてあるが勝手にこんなことして良いのか…というか元々なんの教室だったんだ、いや今はそんなことどうでも良い、この教室の中には、俺の居場所があるはずだ!
〈コンコン〉
取り敢えずノックをする
「今良いところだから黙ってて!」
まるで受験生が勉強に集中し始めたときに、母親が部屋に入ってきたときの様な返事が返ってきて俺はかなり驚いた。俺が一年坊主だったから良いが、先輩や或いは教師だったらどうするんだ、普通に怒られるぞ。
〈ガチョ〉
取り敢えず扉を開けることにした。せっかく見つけたこの好機を逃すわけにもいかないからな。
「ちょっと!今開けるなって言っt…」
黒板の前で『群論入門』と書かれた参考書をひだりてで持ち、右手に白いチョークを手指回内握りで持っていた一人の見覚えのある女子生徒がいた。
そう、白岡みよ、彼女だった。
「あれ、あなた同じクラスの人よね」
そうだとも。それにしても何だ、さっきあったときと性格が偉い違うじゃねえか。物凄く人見知りだと思ってたら…
「何よ…私は午前中はああだけど、午後は気が強くなるのよ」
彼女は少々怒りながらそう俺に言った。なんだそれ。
「で、何の用なの?何か変?数学やってて」
悪くはない、否、悪い訳がないだろ。俺だって数学がやりたくてこの教室までたどり着いたんだもの。変な筈があるか。…まぁ、世間一般から見たら変人だということは認める、大いに認める。寧ろ通常ですねと言われる方がむず痒い。
「実は俺も数学研究会に入りたくて」
「あっそ」
彼女はそうとだけ答えた。もう少しなんかあっても良いだろ「え?本当!?」とかさ。まぁ、何でも良いけど。
「なら、この問題を解いて合格点に到達したら入部ね」
と白岡がいうと一枚の用紙を渡された。まるで模試だな。というか、これは制限時間とかあるのか?
「制限時間とかはないわよ。計算問題もほぼないし、電卓とかネットとかその辺なんでも使って大丈夫。じゃあ、明日提出ね」
なるほど。結局制限時間はあるのか。で、この教室には他にも見慣れた顔が複数確認できるのだが、彼ら彼女らもこのテストとやらを受けたのか。
「受けてないけど」
何故そうなる。
「だってこの研究会はここにいる皆、川口、鶴瀬さん、大宮さんと私で作ったんだもの」
それぞれがそれぞれの名前を呼ばれると俺の方を見て、卒業式のときに来賓に礼をするような感じで座礼をしていた。
というか、作ったってお前らで作ったのかよ、行動力はすさまじいなこいつら。にしても、同好会にしろ部活にしろそんな一日で申請通るものなんだな、今日入学したばかりだからこの高校の学則をよく知らないもんで。
「申請なんていらないのよ」
なわけないだろ。
「我々はいわば非公認サークル!だから申請も顧問も監督も何も要らないのよ」
なるほど。よくわからないが、そういうことになったのか。まぁ、数学ができれば何でもいい。ただ内申に傷がつくようなことは起こさないでほしいがな。
「で、活動拠点はどうするつもりだ。この教室は許可もらって使ってるんだろうな?」と俺。
「この教室が活動拠点だけど。しばらく使われてなかったらしかったし。先生に頼んで教室の掃除と整理との引き換えにこの教室の使用権とこの鍵をもらったのよ」
随分都合が良いな。この小説の作者はその辺をもっと工夫できなかったのか全く。まぁ、無許可で使ってないならひとまず安心だ。
「さぁ、部員じゃない部外者は帰った帰った!早くそのテスト解いて出直してきなさい」
他の部員(仮)はそんな俺と白岡のやりとりを見て苦笑といった表情をしている。まるで、カップルがいつもの喧嘩を繰り広げるさまを友人たちが遠くから見つめるように。言っておくが俺はこいつと付き合ってもいないし、あんたらとはまだほとんど会話もしたことないぞ。
とりあえず、仕方なしにその日は帰宅の途につくことにして帰りながら白岡からもらったテストとやらを眺めていた。え~と何々?
「次の5×5行列は正則かどうか判定せよ。また正則だった場合は逆行列を求めよ、ただし途中式や変形の過程も書くこと。
A=[ -1 -15 3 -10 5]
[ -2 8 -10 -11 11]
[ -6 -11 11 9 13]
[-17 -4 -23 2 -8]
[-24 12 12 -7 -23]
」
「M_{n, m}(R)を各成分が実数であるようなn×m行列全体の集合とする。このとき、M_{n, m}(R)はHadamard積に対してmonoidとなることを示せ。また、群になるか。」
………
普通の高校生がこんな問題解けるとは思えないのだが。
まぁ、ネットとかも使用して良いらしいし、とりあえず頑張るかぁ。どうせあいつも、俺が大真面目に解いてくれるとはは思ってないだろうし、問題のレベルからして一問でも正解できればとりあえず合格点ってところだろう。
そんなこんなで、俺の一風変わった高校生活が始まることとなった。
帰宅、そして夕飯後俺は迷うことなく自分の部屋へ直行しテストとやらを受けることにした。見たいテレビ番組やネット配信も今日はないらしいので丁度好条件といえよう。宿題は、あった気がしたがあんなもんやったって意味もなさそうなので今はこちらの方へ集中しよう。大体大学レベルの数学ができれば、先生だって宿題ができていなくても文句は言うまい。知らんけど。
とりあえず本棚にある線形代数やら群論やら解析学やらの本をとりだし、ネットでそれっぽいpdfを複数落としてきて解くことにした。まぁ仕方がない、これもあの数学研究会とやらで市民権を獲得するためだ!
えっと、何々逆行列を求めるにはと…余因子行列を使うのは止そう、行基本変形を繰り返す感じで解こう。
えっと、群の公理はっと…これか、モノイドってなんだよまったく…これか
なんてことをやっているうちにあっという間に時間が過ぎ、俺は二、三問解いたところで就寝した。二、三問解いただけでもありがたいと思ってくれよ、白岡。
翌日
「おい白岡、昨日の例のテストといてきてやったぞ」
俺はいかにもやってあげました感満載の声と表情をむき出しにして白岡にいってやった。
「…あ、えっと…その…ありがとう」
彼女は微笑をその顔で美しく表現しながらもどこか困ったような表情にも見える非常に器用な顔でそのテストを受け取った。おいおい、昨日のあの覇気はどこへ行ったんだ、まさか風邪か、ならマスクくらいして来い。
「ごめ…んね…昨日はあんなこと言って」
あんなことって何のことだ。
「テストなんて…そんなん嫌だよね…。うん、点数はどうでもいいよ、入って」
彼女はにっこりと微笑んで俺の方を見て、目をまるでGペンで書いたくらいに細い線にして見せた。可愛い。正直惚れた。いや、というかじゃあなんで俺はこんなテストを宿題もやらないで必死こいてやったんだ。いや、というか宿題なんてあるわけないか、入学式当日に宿題は出されないか。ちゃんとプリントの類を見ておけばよかったし、沖田の話も聞いておけばよかった。
「ごめん」
そこには、とても昨日の午後強引に俺にテストを渡してきた白岡と同一人物とは思えない、とてもお淑やかで真面目そうな女性が座っていた。
まさか、お前、本当に午後と午前で性格が180度変わっちまうのか?俺は彼女にそう質問した。
「うん…そうなの…原因はわからないけど」
どうやら本当らしい。でもどっちが本当の白岡さんなんだろうか?
「両方とも私…どっちの記憶も私は共有しているけど、性格だけは共有されないの」
なるほど、よくわからんが取り敢えず理解はした。ただ、兎に角俺はあの数学研究会とやらに入会できるんだよな?
「うん」
彼女は困った様な顔をしつつ優しく首を縦に振った。
その後は特に何の事件などもなく学校は終了した。オリエンテーション的な何かをしたことだけは確かに俺の脳内に記憶として格納されているのがわかるが、何分やる気がなかったのでよく覚えていない。
放課後、迷わず俺は
〈コンコン〉
取り敢えずノックをしておく。
「どうぞ」
男声が返ってきた。てっきり白岡の声がすぐに飛んでくると思っていたから少しばかり意外だ。
「数学ですか」
川口がそう俺に聞いてきた。いっている意味が分からない。俺は数学なんて名前ではないし、第一あまりしゃべったことのない学友に対して今日初めに聞くことがそれか。こいつのことはとりあえず深く考えないようにしよう。うん、それが身のためかもしれない。知らんけど。
教室に入ると白岡が教室の角、窓際でパイプ椅子に座りながら昨日と同じ『群論入門』と書かれたやけに分厚い本を読んでいる。あいつ、読書感覚で群論の本読んでるのかよ。軽いホラーだな。ただ、あいつなら数学書の入門詐欺に引っかかることも少なそうで少しうらやましい。
「こんにちは、白岡さん」
「あぅ…こ、こんにちは」
少し顔を赤らめながら、顔の目の下半分を群論書で隠しながらそう俺にいった。やっぱり可愛い。というかまだ強気モードになってないんだな。確かにまだ時計の短針と長針が12の針を指しながら運命の出会いを一回しか果たしていないからな。いや、もうあと数分で正午だな。
「ご、ごめん…私お花を摘んできます」
「この辺りに花を摘めるような原っぱありましたかね」
川口がそう俺に聞いてきた。んなわけないだろ、厠だ厠。要するにトイレに行ったんだろ。
数分後、彼女は強気モードになって帰ってきた。
〈ガラガラガラ〉
「どうもーー、さっそくゼミやっちゃおう!」
阿保かこいつは。トイレから帰ってきたと思えばいきなりゼミか。せめて昼飯くらい食わせてほしいもんだ。
「昼飯なんてくってる場合じゃないわよ!ゼミゼミー」
なるほど、強気モードに変化するところは他人に見られたくないのか。無理にそのシーンを見ようとするのはやめておこう。
そんなわけでゼミが始まろうとしていたのだが…
〈ガチョ〉
「すまん、遅れた」
遅刻したにしては全く急いでいる雰囲気も悪びれる素振りもなく大宮が入ってきた。
「ちょうど良かったわ、今からゼミやるところだったのよ」と白岡。
「今日も〜?正直面倒くさいんだけど週1でやくない?」
全くもって同感だ。大体俺だって群論をやりたくて入ったんじゃあない。どっかの高校やら大学やらの受験数学を解いたり、授業で分からなかった箇所を共有したり質問したり、問題を作ったり解きあったりしたかったんだよ。そんなに群論が好きなら初めから群論研究会にすれば良かったさ。
「わ、分かったわよ…むぅ…」
案外聞き分けが良いんだな。白岡は少し拗ねたような表情を頬を膨らませることによって表現しつつ、チョークを置いた。
「じゃあ、あのパソコンでちょっと遊びましょ」
と白岡。なるほど、あのパソコンで遊びたかったのか、それですぐに方針を転換できた訳だ、取り敢えず納得。そういえば、この小説ではまだ特に触れていなかったというか、触れる機会がなかったので紹介していなかったが、この教室にはデスクトップのパソコンが一台だけ、教室の後ろ側の窓際の机の上にちょこんとおいてある。それはまるでホテルにおいてある花瓶や鳥の剥製の様にどうもよく収まっている感じもするし、異彩を放っているような雰囲気も漂わせている。
彼女はすたっと立ち上がると弓道の天才が射った矢の様に真っ直ぐにパソコンへ向かうとプラグを差し込み、電源ボタンを押した。…つかない。…また押した、…つかない。
「何よこれ!つかないじゃない!」
つかないらしい。
「先生は勝手に弄っちゃだめとはいってたけど、つかないとは言ってなかったわ!」
ならつかない方が好都合だ。というか、だめと言われたものをしようとするな。カリギュラ効果か知らんが、そんな子供じみた真似はしないでほしいね。
「どれどれ〜」と大宮もパソコン弄りに参加する。お前らが怒られるのは良いが俺は巻き込まないでほしいね。
「ほんとにつかないね」
そりゃ、そんな変な嘘は誰もつかんだろうよ。
「ちょっと私にまかせて!」
白岡がそういうと
「えい!」
コンピュータに斜め45度の方向から手刀でチョップを、鋭くも重たい御手本の様な形で入れてみせた。壊れたらどうする。
「あっれぇ〜?やっぱり壊れてるのかな?」
壊れてるんだとしたら、お前の手刀のせいで壊れたんだろうよ。それくらいモルモットでも分かるわ。どうやらさっきので懲りたのか、パソコンいじりは止めたらしく、コンセントも引き抜き白岡と大宮のご両人は拗ねた子どものように全く面白くない顔をしながら適当な席に座った。
川口はわれ関せずといった感じでひたすら塾の宿題っぽい問題を解いている。楽しそうだね全く。
「仕方ない、今日はもう帰ろ」
白岡がそういうと、全員特に文句もいうことなく部屋を出て行った。無論俺もそうであった。
時間と世界がある限り 豊多磨イナリ @satoshin_novel
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